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Reason  




 どうしてだろう、と考える。私の部屋に中原さんがいて、お酒を飲んでいること。
 いつもは酔っぱらった中原さんが太宰さんや坂口さんの部屋に押しかけて乱闘騒ぎになるのだけど。あの人たちの部屋の窓ガラスを修理する手間が省ける分、喜ぶべきかもしれない。しかし、私もあの人たちのように中原さんから喧嘩を売られたら無事では済まないだろう。
 さらに困ったことに、お酒を飲みつつ中原さんはさっきから一言も喋らないのだ。勝手に部屋に入っておいて、と怒るよりも、黙ったままでいるその様子が気になった。飲むペースはいつもより速いように思う。少し顔が赤くなっているのが少年のように見えて、かわいらしい。もちろん、そんなことを口に出したらろくなことにならないから黙っておく。
「色気のない部屋だ」
「がっかりさせたなら、すいません」
「君にそういう期待はしてないよ」
「知ってます」
 そんなに一気に飲んで大丈夫かと心配してしまうほど、中原さんは休む間もなくお酒をぐびぐびと飲んでいる。コップに注ぐのも面倒なのか、ビンから直に。こういう飲み方をするとき、大抵彼は何かに苛立っている。太宰さんの怯えた態度、一向に変わることのないこの生活、あるいは今日の天気といった小さなことにさえ。
 それは、嵐に似ていた。突然やってきて、突然消え去る。ビンの中に半分ほど残っていたお酒はあっけなく飲み干されて、「もう、ないのか」とふてくされたように彼が呟く。
「そりゃあ、お酒は飲んだらなくなりますよ」
「食堂から持ってきてよ、名前」
「嫌です。私の部屋で酔い潰れられても困りますし」
「ふぅん」
 気のない声を出してビンを床に放り投げ、中原さんはごろんとベッドに寝転がった。傍若無人な態度に今さら腹が立つこともない。そういうものだと割り切っているから。
「くだらないな」
「え?」
 心底うんざりしたような中原さんの表情は、いつも酔っぱらっているときとは違ってどこかやけになっている風に見えた。そして私の顔を穴のあくほど見つめながら、「くだらない」と再び小さな声で独りごちる。
「なんのことですか?」
「さあねぇ」
 中原さんは素っ気なくそう言って、私に背を向けた。言いたいことだけ言ってろくに説明もしないのは特に珍しいことではないから放っておくとしても、このまま私のベッドで寝られてしまうと、私が床で寝る羽目になってしまう。しかも布団なしで。それは避けたいところだ。
「中原さん」
 つんつん、と背中をつっついても反応なし。いっそキレて殴りかかって来られた方が、いい。黙っている中原さんの相手をするほど精神的に疲れることはそうそうないから。沈黙の裏にあるのは、大抵ろくでもないことなのだ。これは個人的な経験則から考え出した仮定。
「中原さん、ってば」
「…………」
「あの、っ……!?」
 不意に起き上がった中原さんの背中に、頭がぶつかる。私が一瞬ふらつくのを見こしていたかのように、間髪入れず腕を強く掴まれて、わけのわからないままベッドに放られる。頭をあげれば、鋭い彼の視線とぶつかる。いわゆる押し倒されている格好に、戸惑う以外の反応ができない。
「俺が何に怒ってるか、わかる?」
「…いえ」
「そういうとこ」
 意味を飲み込めないまま、彼の顔が近づいて、唇が重ねられる。抗おうと中原さんの肩をつかんで引き離そうとしても無駄だった。熱い舌に口内をかき回される感触に背筋が粟立つ。息が切れそうになって思考が止まりかけたときにようやくその暴力的と言える接吻は終わった。それから私の横に寝転がって、中原さんは怒っているような、あるいは今にも泣きそうな、どちらかわからない奇妙な表情を浮かべていた。
「怖い?」
「……少しは」
「それは良かった」
 彼の指が私の髪に触れて、不器用な手つきで梳く。言葉と行動がちぐはぐになっているような、いや、そもそも私と彼の全てがかみあっていないような、そんな気がした。私が勘違いしていただけで、今までもずっとそうだったのかもしれないけれど。
「名前が、俺のことを怖れて、俺のことだけ考えて、俺のことに心を動かされてるっていうのは、悪くない」
「心臓に悪いです」
「結構なことじゃないか」
 微笑んでいながらも、その瞳はまっすぐ私を見つめている。言葉にされていないのに伝わってくる。伝わってきてしまう。求められていること。そして私は決して逃げないと、彼が知っていること。
「もっと俺でいっぱいになってよ」
「期待してない、って言ってたじゃないですか」
「そうだね。だから、実力行使」
 そういうの嫌い? と聞いてくる中原さんの様子から、悪気は微塵も感じられない。実際、彼からしたらこんなことは大したことじゃないし、自分の思い通りになるなら手段の如何を問わずそれで万々歳というところだろう。髪に触れていた手はいつのまにか私の手に重なり、指を絡められていた。恋人つなぎ。恋人じゃないけど。
「ひどい人ですね。…でも、嫌いじゃないです」
 私の返事を聞くや否や苦しいくらいに強く強く、抱き寄せる彼の腕。いつだって、振りほどいて逃げることはできたはずだった。今でさえ。でも、そうしようとは思わなかった。
 どうしてだろう、と考える。答えはもう、出ていた。


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