▼ 10.進む道、刻む道
気付いたら、ここに来なきゃって思っていた。まるで、呼ばれているみたいに。そう、彼女は答えた。
聞いて、ドゥロロは丸い目をさらに丸くした。
「……その名前!」
まさか。そう思った。
彼女は頷く。
「フォルグネーレは、セイの、もう一人のお母さんよ。この森を『守る』って言ってね、ある日、木になったの。信じられないでしょ。人が、木になるなんてね。……でも、それっきり、帰って来なかった」
ドゥロロは、何も答えられなかった。ただ俯き、泣きそうになるのを堪えた。それから、話題を意図的に変える。
「──……セイは、今、この森に、入りました。それから、人間がおそらく、二人……」
「人間って、その──許可されていない人間ってこと?」
「はい」
ドゥロロが頷く。
とたんに彼女は血の気がひいたような、青い顔をした。柵を挟んで、丘の上と下、で会話をしていたが、彼女は、ドゥロロのいる下まで、慌てたように降りて、隣に来る。そして訴えるように言った。
「大変……あの子を、狙っているんだわ! さっき見たんだけど、町中に、あちこち、貼られていたの。《獣種の生き残り》を探してる、って紙が」
──それを、知った人だとして、偶然セイを見かけて、後を付けて入ってしまったのだろうか。
「……ぼくが行きます。──だから、あなたは、家で待っててください」
「小さな子どもが、こんなところに入ったら、危ないわ!」
ナリエが、先に進もうとするドゥロロの腕を掴む。
──しかし、それは、固く、すでに、木の肌のようだった。
思わず、彼女は手を離し、驚きを隠せずに、ドゥロロを凝視した。
「あなた──いったい!」
「この森は、ぼくの友達なんです。 人間を食べてしまってからでは、もう声が届かないかもしれないけど、今なら、ぼくが止められるかもしれない」
ドゥロロは頑なに主張し、それから、着ていた長袖をまくる。
木だった。腕の形をした、ざらざらした、木の肌。
指が自在に伸びて、それがゆっくりと、優しく彼女の腰に巻き付き、掴む。
すっかり『体』になってしまった木の指は、彼女を持ち上げると、丘の上に丁寧に戻した。
「大丈夫です。待っていてください。ぼくは、いつものように──彼を迎えに行くだけです」
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