▼ 5.きみを呼んでる
――視界が開ける。
「──その水は、きみを清めてしまう。だから、浴びてはいけないよ」
「ドゥロロ……」
彼は、立っていた。無傷で、無表情で、だけど、少しだけ慈愛を滲ませている。珍しく長袖のシャツで、いつもの涼しげな服装ではなかった。
目が合うと、ちょっと困ったように笑っていた。
「……でも、左足は、もう、だめだろうね」
左足、の意味がわからない。少し、痛みが落ち着いてきたのは確かだ。セイは立ち上がることもせず、顔だけを向けて聞いた。
「どうして、いるんだ?」
「茸をね、探しに来たんだよ」
嘘だ、と思った。
同時に、胸が痛かった。
それから、フレネザを思い出した。彼女は、今、どうしているんだろう?
「笑わないでくれよ、耳が、ほら……増えたんだ」
ちょっと俯いて、耳を見せると、そのときに流れた前髪が、前より顔にかかるのが気になった。髪が伸びたみたいだ。
「うん。わかってるよ」
ドゥロロはいつになく、笑わなかった。ただ、悲しそうにこちらを見ていた。
どうしてそんな顔をするのだろう。
腕を引っ張られて、ようやく立ち上がる。左足とのバランスが取れなくて、右側からよろめいた。そして気がつく。左足が、人間のものではなくなっていたのだ。
まるで、何かの植物のような、しっかりした弾力のある、少しゴツゴツした、剥き出しの足。獣のそれでも無かった。
「……何、何で、どうして」
「──ごめん。今まで、ぼくは、黙っていた。ぼくは、ずっと、きみを裏切っていた」
「何を、言ってる?」
わからない。謝られても、彼が、彼だけが、心から悪いと思ったことなんてない。
ドゥロロは、セイの疑問には答えなかった。
ただ、淡々と一方的な話をする。どうしてしまったのだろう。
「ここの森の水を介して、育った植物を食べた生き物を、食べて育ち、一定の年齢を過ぎたら、最後は、森の植物に取り込まれて、一部になっていく。それが、きみたちだ」
「植物の、一部……」
「きみたち自身の、肉を、血や、骨を栄養として、ここは育ってきたんだ。そして──この《森にとっての栄養》とは、つまりは、きみたち《自身の栄養》だ。より多くの、ここの生き物を摂取する体質が──」
やめろ、とセイは遮った。自身のことは、もう聞きたくなかった。聞くのが辛かった。
「意味が、わからないよ。どうしちゃったんだよ。フレネザは、あいつは、どうしたんだ? なんなんだよ。いきなり、そんな話……」
セイはとにかく、混乱していた。漠然としたなにかが怖かった。自身の変化や、周りの変化に怯え、戸惑っていた。
ドゥロロは変わらなかった。ずっと、変わらずに、変わっていた。そう思っていた。
彼は、聞くまで止めないという態度で、話を再開した。
「数年に分けて栄養を摂取し続けたこの森は、思ったよりも、力を持ちすぎてしまったんだ。──そしてある日、化け物を産み出した。ぼくは……そのひとつに過ぎない」
そう言って、ドゥロロは一旦言葉を切る。
裏切ったという話と、どのように繋がるのか、とセイには掴めなかった。
ただ、黙って聞いていた。
prev /
next