だから最後の『ただいま』を言った

「逃げたければ逃げてもいいんだよ。
人間なんて弱いんだからさ」
真っ直ぐに私の目を見てそんなことを言った。
あの人は、今は全く違う香りをその身に纏って。
もう、いつかの様に怒っては居なかった。
「でも、いつもいつもそれじゃあダメなんだよ」
それは、私が強いたそれよりもずっと、優しくて。
その“逃げるな”の意味を、
ずっと変わらずにあったはずのその言葉の意味を、
大人になってようやく理解した。
きっとそれくらいには私はヒトに成ったし。
私をヒトとして見るあの人は紛れもないただのヒトだった。
そんな私たちの仲直りは、なんとも“らしい”形で成った。
二人とも笑っていた。みんなで笑っていた。
おもちゃみたいで笑ってしまうあの小さな建物が、
四人暮らすには嘘みたいに小さかったあの箱が、
かつて生まれて育った、窮屈だったあの場所が、
長い月日を経てやっと、私の家“だったモノ”に成った。
為り損ないの檻ではなくなった。
「また来るね」
だから別れ際にはそう言った。
いつまでも忘れはしない。もう縛られもしない。
狭苦しいキッチン。おんぼろのストーブと、
その上に鎮座するオレンジ色の小鍋。
みんなで座る場所もない。一緒にご飯も食べられない。
それでも一緒にテレビを見て笑うことが出来た。
それだけでよかったんだ、最初から。
きっとおんぼろが新品に成り代わる時が来ても、
鎮座するオレンジ色が赤や青色に変わっても。
私たちは変わらずにテレビを見て笑うのだろう。
四畳半のおひさまの部屋、私たちのリビング。

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