きみの優しさが苦しい

今日はエイプリルフールだっただろうかと思わず頭を捻ってしまった。
否、エイプリルフールはとっくの昔に終わっている、筈。
ならば此れは嫌がらせの類なのだろうか。
若しかしたら寝ぼけているとか。
とにかく「恋人になる」など云っていない。
そうだ、そんな話は聞いていない。
屹度何か間違いなのだ。

国木田さんも私と同様、口をぽっかりと開けているばかり。
どうやら理解が追い付かないようだ。
当然私の頭も追い付いていない。
まるで太宰さんだけ異国の言葉を話しているような気がしてくる。
あれ恋人って何だっけ。
コイビト、とは一体何ぞや。
私が想像している"恋人"と違うのか。

「あの、恋人と云うのはつまり…その…」
「私が君の彼氏になると云っているのだけれど?」

矢張りそうなんですね、そう云う意味で捉えて良いんですね。
ぐるぐると回る頭に目が眩みそうになる。
助けて欲しいと云ったのは確かに私だ。
だが、恋人になって欲しいとまで頼んだ覚えはない。
もっと普通の方法で力になってくれるのかと思っていた。
まさか恋人になると云われるなんて一体誰が想像したのだろうか。
ストーカーに追われ、助けてもらった人は武装探偵社の社員。
そしてその人からの恋人宣言。
何を云っているか分からないと思うが、私にも分からない。
今日は本当に色々な事が起こり過ぎである。

「勘違いしないで欲しいのだけど、本物の恋人になるわけじゃない。恋人のフリをするだけだよ。相手だって君に新しい恋人が出来たと知れば若しかしたら諦めてくれるかもしれない」
「でも、逆に諦めてくれなかったら太宰さんも危険な目に遭うんじゃ…」
「其れは心配ない。こう見えても私は武装探偵社の一員だ。あんな奴は小指の先で一捻りだよ」

フリ、という言葉に少し安堵するが。
しかし奴の恨みが私ではなく太宰さんに向けられる可能性も高くなると云う事でもある。
あまり乗り気にはなれない。
けれど自分では如何する事も出来ない案件だと云う事実に変わりはない。
動いてくれるか如何か定かではない警察よりも、今目の前で力になってくれようとしているこの人達を頼るのが賢明だと思う。
其れにこうして私の為に動いてくれようとしている善意を無下にしたくない。
如何云う形であれ私は武装探偵社を信じよう。

「期限は七日。七日以内に君を悩ませるストーカー君は何とかしよう」
「よろしくお願いします」

こうして私と太宰さんの偽りの恋人生活は始まったのだ。

幸先が良いと思ったのも束の間。
一旦家に帰ろうと事務所を後にしたのだが、何故か太宰さんが後ろからついて来る。
初めは私の身を案じての事だと思った。
実際そうだったのだが、しかし。
此処で思わぬハプニングが発生。
何と恋人期間中は私と彼は同じ屋根の下で生活をするらしい。
確かに其の方が安全だと思うし、私も安心だ。
けれど流石の私も出会って間無しの男性と生活を共にすると云うのは些か不安を覚える。
太宰さんが悪い人だと云っているわけではない。
偶然出会った私をこうして助けてくれたのだ。
むしろとてもいい人だ。
けれど其れと此れとは話は別、だと云いたい。

「本当に一緒に暮らすんですか…?」
「勿論だとも。私がいない間に奴が乗り込んで来たら困るからね。何心配は要らない。君は私が全身全霊を傾けて守ると約束しよう」

男前に男前な科白を云われてしまっては何も反論出来なくなる。
少女漫画の中くらいしかないと思っていた。
まさか自分が云われる日がくるなんて。
今日は厄日だと思ってたが良い事もあるものだ。
本当に惚れてしまいそうになる。
しかし国木田さん曰く、太宰さんは女好きらしい。
つまり私以外の女性にも似たような科白を甘く囁いているわけだ。
女たらしとは本当に最悪だ。
この外見と科白で何人もの女性が泣いたとも聞いた、だからお前も気を付けろと。
国木田さんは一応忠告してくれた。
安心してください国木田さん。
私はもう変な男に惚れないと心に誓いました。
だから大丈夫です。

「私から頼んでおいてとやかく云うのも何ですけど、せめて寝る部屋は別にしてくださいね」
「えー同衾した方が仲も深まると云うものだろう?」
「いや、仲を深めなくて良いですから。ストーカーの件が片付くまでの付き合いなんですから」

つれないことを云うねえ、と肩を落とす太宰さんだったが。
私にだって譲れないものはある。
同じ部屋で寝るなんて御免被る。
子犬のような眼をして此方を見つめてくるが、そんな手に乗るほど私は甘くない。
軽い女だと見くびってもらっては困る。
駄目なものは駄目だと言い張ると、漸く諦めたらしい太宰さんは渋々承諾した、たぶん。
はっきりと承諾の意思を見せたわけではないが、ボソッと小さくそれらしい事は云っていた。
寝室に入って来た日には窓から投げ捨てる。
絶対に捨てる、私は許さない。

窓が如何とか、捨てるだとか喚いていると太宰さんはお腹を抱えて笑い始めた。
女性に窓から捨てられて最後を迎えるなんてなかなか素敵だ、なんて可笑しな事を云い出した。
一体何なのだろうかこの人は。
若しかして私はまた変な男に捕まってしまったのか。
まあ良い、太宰さんとは七日間の付き合いだ。
其れが終わればもう関わる事はないだろう。
何にせよいちいち私に過剰に優しく接してくるのも何とかして欲しい部分の一つではある。
そういった事に慣れていない私にとっては息苦しさを感じるのだ。
しかしこれ以上我儘を云える立場ではない以上は七日間を終えるまで耐えるしかないのだ。
頑張れ私、負けるな私。

「七日間、よろしくねなまえちゃん」




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