それでも幸せだったよ

今日で太宰さんと出会って六日目だ。
つまり明日で全てが終わってしまう。
あまりにも短すぎる七日間と云う期限。
願わくば此の先もずっと彼と一緒にいたい。
けど其れは贅沢な望みだと痛い程分かっているから私は云えない。
彼に抱いてしまった"好き"の感情を伝える事は出来ないのだ。
太宰さん自身、私の事など何とも思っていない。
実際あの雨の日、本人に直接云われてしまった。
此れが現実だ。
出来る事ならこのまま時間が止まってしまえば良いのに。
そうすればずっと私は彼の恋人であり続ける事が出来る。
偽りでも嘘でも構わない。
ただずっと傍にいたいのだ。
知ってしまった恋心を私には如何する事も出来ないから。
神様如何か私から太宰さんを奪わないでください。
其の為なら何を犠牲にしたって構わないから。

泣き出しそうな顔をしたまま彼の前に行く事なんて到底出来る筈もなく。
出来るだけ別れの事は考えないようにしようと思ったが、結局一時間あまり部屋に籠ってしまった。
部屋から出た頃には太宰さんの姿はなく、珍しく出掛ける旨を書いた簡潔なメモが残されていた。
何時からだろう、こんなにも涙腺が弱くなったのは。
太宰さんの字を見ただけで泣いてしまうなんて。
嗚呼、別れの日なんて来なければ良いのに。
ストーカーの元恋人を永遠に撃退しなければ良いのに。
そうすればずっと彼といられるかも知れない。
如何すれば彼を繋ぎとめられるのか、ずっと其ればかりを考えていた。

太宰さんが帰って来たのは其れから数時間後だった。
何をしていたのか聞こうかとも思ったが、其れを聞いた処で如何なるわけでもないと何も聞かなかった。
若しかしたら恋人に会っていたのかもしれない。
そう考えると悲しくて余計に聞きたくなくなってしまう。
帰宅した彼は私に手招きをし、されるがままに傍まで行くと座るように促され黙って従った。

「君を悩ませていたストーカーは私が退治しておいたよ。もう二度となまえちゃんの前に現れる事はないだろう。これで君は安全だ」

やっぱり神様なんていない。
此処は喜ぶべき処の筈なのにちっとも嬉しくない。
本当に此れで何もかも終わってしまう。
貴方の事が好きだから此れからもずっと傍にいて、と云えば彼はいてくれるだろうか。
寂しいと云えば繋ぎ止められるのだろうか。
何でも良い、ただずっとずっと彼といたいだけ。
例え私の事を好きでなくとも構わないから、傍にいて。

喉までで出掛かった色々な感情を押し込めながら必死にお礼の言葉を述べた。
ちゃんと笑えているだろうか。
泣きそうな顔をしていないだろうか。
迷惑でしかないこの気持ちを伝えるのは矢張り無理なようだ。
好きだとか、傍にいて欲しいとか。
結局全部私の我儘でしかない。
そのせいで嫌われてしまったらと思うと怖くて堪らない。
何とも思われていなくても良いが、嫌われるのだけは厭だった。
それならこのままの関係でいた方が幾分かはマシだ。

優しくされたり貶されたり突き放されたり。
たった六日間の出来事だったが、其の全てに幸せを感じる事が出来た。
彼と出会って本気で恋をして。
人生で一番幸せな瞬間だと云っても過言ではない。
だからあの時、何も思われていないと知って凄くショックだった。
好きでなくとも良いなんて云ったが矢張り其れは無理なようだ。
愛がない恋愛なんて虚しいだけ。
そんなの恋愛とは呼べない。
私の事を何とも思っていないのなら、私達はこのまま別れるべきなのだろう。
それが私の為でもある、と思う。

あれこれ考えているけれど、全部悲しさを紛らわす為の言い訳だ。
私の為だとか、このまま別れるべきだとか。
本当はそんな事思ってないくせに。
御託を並べていた方が辛くないとでも心の何処かで思っているのだろう。
如何してこの人を好きになってしまったのか。
絶対に好きになんてならないと決めていたのに。
あの決心は何処へやら。
国木田さん、私は太宰さんを好きになってしまいました。
もう如何しようもないくらいに。
諦められるのなら、そんな方法があるのなら。
如何か教えてくれませんか。
この想いを消す方法を。

「悲しいだけの恋なんてしなければ良かった…」




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