ぬくもりは裏切らない

大きなくしゃみと共に目覚めた朝。
体がとんでもなく怠い、そして頭痛がするし寒気もする。
これはひょっとしたらひょっとするのか。
今まであまり病にかかった事のない私としては慣れない体の異常に戸惑うばかりだ。
お察しの通りめでたくも風邪をひいてしまった。
全然めでたくはないが。
殆ど使用した事がない体温計を使ってみると、小さな数字で三十八度五分と記載されている。
何だこの体温は、今まで見た事がないぞ。
通りで死にそうなくらいしんどいわけだ。

眩暈のせいで世界が回っているような錯覚に陥りながら会社に休みの連絡を入れた。
寝れば明日には治るだろうと思ったが、よくよく考えると普段風邪をひかない私の家に風邪薬がある筈がない。
そんなもの買った記憶もない。
つまりはこの家に薬は存在しないと云うわけである。
買いに行くにも薬局まで無事に辿り着ける自信がない。
絶対に途中で力尽きて倒れてしまう。
けれどこの高熱だ、薬なしで太刀打ち出来るとも思えない。
頑張れ私の免疫力、風邪なんかに負けるな。
と、応援してみたところで治る気配は全くなかった。

次に目を開けた時、先刻まで窓から朝日が差し込んでいたのに、今は太陽は高く昇っていた。
何時の間にか寝ていたのだろう、しかし体はしんどいままだ。
私を見下ろす人影に気づいたのは目覚めてから少し経った頃だった。
人影の正体は一人しかいない。
そう太宰さんだ。
何時もの胡散臭い笑みは浮かべておらず、じっと私の顔を覗き込んでいるようで。
堪らず声を掛けた。

「太宰さん、如何かしましたか…」
「何で熱があるって直ぐに私に云わなかったの?」

彼の近くにはお粥と薬が置いてあった。
わざわざ用意してくれたのだろう。
慌てて起き上がろうとする私の体を優しく抱き起してくれる太宰さん。
今日はいつも以上に優しい。
自分で食べられると何度も云ったのだが、如何やら一人で食べさせてはくれないらしい。
お粥を掬ったレンゲを口元まで持って来ると私が食べるのを待っているのか、じっとしたまま動かない。
これは食べざる得ないと諦めた私はレンゲを口へ入れた。
朝から何も食べていない身としてはどんな料理よりも美味しく感じた。

結局全て食べ終わるまで一度もレンゲを渡してはもらえず。
ただひたすら太宰さんから与えられるお粥を食べ続けた。
非常に恥ずかしいがお世話してもらっている以上何も云えない。
薬を飲み終え、再び横になると彼は私の手をぎゅっと握り締めた。
確かに普段も優しいが。
今日は特に優しい、怖いくらいに。
性格が悪いのかもしれないが何か裏があるのではないかと疑ってしまう。

「そんなに見つめて、添い寝でもして欲しいのかい?」

段々近づいてくる顔に思わず目を閉じてしまった。
リップ音と共に軽く触れた太宰さんの唇。
離れた後も私の唇には彼の感触が残っていた。
もう一度欲しい?なんて云われたが真っ赤になった顔を隠すように毛布を深く被った。
体温が上がったのは熱のせいか将又太宰さんのせいか。
自分でもよく分からない。
どきどきする心臓の音が五月蠅くて安眠なんて到底出来そうにない。

暫く毛布を被っていたが、あろう事か太宰さんが中へと入って来た。
驚いて思ず毛布から顔を出した。
本当に太宰さんが添い寝をしている。
これは夢なのか。
実はまだ眠っているのか。
頬を試しに抓ってみると確かに痛みを感じた。
如何やらこれは現実のようだ。
こうしたら安心するとか、寒くないとか、いろいろと抱き締めながら云っているようだが、そんな科白が今の私の耳に入るわけがない。
ただただ先程よりも激しく脈打つ心臓の音を聞いているだけだった。

「おやすみ、なまえちゃん」




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