逃避行 | ナノ
それからの毎日、相変わらず柳は話しかけてくるけれど眠れなくなるようなイライラはなくなった。…というか、悔しいけど正直柳の話はそれなりに面白い。何ていうか、話し方がうまいのか、内容が素直に頭に入ってくる。
いつからか私は屋上に行くのを諦めて大人しく教室で話を聞くようになった。ただ、まだ悔しいから返事はしてやらない。
「藍川、今日は何か知りたいことはあるか?」
今日は珍しく話す前にそんなことを訊いてきた。しかしいざそう訊かれるとすぐには思いつかないもので、今までの流れをくんで果物路線で行くか、それともいっそ柳自身のことを聞いてみるか、なんて柳の顔を見ながら思考を巡らせる。
と、そんな時、柳の後ろに少しだけ見覚えのある女子たちの姿が見えた。あー、嫌な予感がする。
「藍川?」
「ねー、藍川さん、少し話したいことがあるんだけど、いいかな?」
…ああ、油断していた。
「別にいいよ」
「…おい、藍川」
「ごめん柳、明日話して」
「ごめんね柳くん、何か邪魔しちゃって」
柳に向ける彼女たちの視線で、ああやっぱりそういうことか、なんて妙に納得する。柳が好みそうなナチュラルメイクでキメた彼女に引かれた手が、血が止まってしまいそうな程熱かった。