逃避行 | ナノ
暗い階段の踊場に着いた途端、きつく握られていた手を勢いよく離されて、私は床に転がる。あー、膝打った。腕も痛い。
「あんた何なの?柳くんに取り入って」
「屋上で密会の後は教室で見せつけてるわけ?キモいんだよ!」
密会って。…密会って。
あまりにもおかしくて笑ったら髪の毛鷲掴みにされた。うっわ、唾飛ばすなよ、それでも女?
「ていうか、お前らこそ何?柳の彼女?それとも愛人の会か何か?」
「…はあ?何彼女面してんだよ!」
いやいや、それお前らの方じゃん?
愛人の会って何だ、って自分でも思ったんだけど彼女らにはそれを考える思考力すらないらしい。そんなんじゃ柳に相手にされないよ、って親切心で教えてあげたら遂に私の横腹を踏み始めた。
「キモいんだよお前!」
「デブってるからお腹細くしてあげるー!」
ぎりぎり、私のお腹が悲鳴を上げる。
いやデブではないだろ、なんて思いながらもさすがに言い返すことはできなくて、ただ油断していたな、とだけ考える。
本当に、油断していた。
予鈴が鳴ると、彼女たちはあっさりと去っていった。調子乗ったらまたやるから、と一言残して。
お腹が痛んでとてもじゃないけど授業を受けられそうにはないので、とりあえず保健室で一時間休んだ。
「藍川、」
「さっきはごめん」
「いや。何故保健室に?」
「何か気分悪くて」
「…そうか」
「うん」
勘が良くて頭も良い柳のことだからちょっとは気がついてるのかもしれない。けれど、私が必要以上に干渉されるのを嫌うことを知っている柳は、何も言わない。うん、それで良いんだ。
そう思っていたのに、柳は次の日も変わらず話しかけてきた。