逃避行 | ナノ





部活中のことだった。

俺はデータノートがもう最後の一ページになってしまったことに気付き予備のノートを取り出そうとして、それを教室に置いて来てしまったことに気付いた。…予測はしていたが、ついにやってしまったか。


「精市、すまないが…」


俺のテニスにはデータノートが必要不可欠であることは最早皆分かっているようで、精市に言えば「珍しいね」とだけ笑って取りに行くように促された。

予測していたとはいえ、俺も精市の言葉と同じ心境だ。普段の俺ならまず予備のノートなど鞄から出すことすらしないはずであり、ならば次にいつ俺は鞄に入れてあったノートを机に入れたというのかという疑問に至る。
そう問われれば、心当たりなど一つしかない。
隣の席の彼女。もとい藍川に妙にはぐらかされたような感覚が、どうしても頭を離れなかった。恐らく自分は彼女について考えていた時に、ぼんやりしたままノートを机に入れてしまったのだろう。

正直、興味があるといってもそれは月並みのものだった。道端に咲くあのきれいな花は何というのだろう、今度精市にでも聞いてみようか。その程度の興味。少なくとも俺の頭を占領するようなものじゃなかったはずだ。
あの妙なはぐらかし方。何も言葉を遮ってまで俺から離れたことではない、その前の受け答えすら、彼女は適当にはぐらかしていた。彼女のそれが何を意味していたのか、気になって仕方がない。

…どうも、俺らしくないな。






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