逃避行 | ナノ





教室の扉に手をかけようとした時、俺は教室内に誰かがいることに気付いた。よく見ようと目を凝らした瞬間、俺は、自分で言うのも何だがそれこそ珍しく目を見張る。

あれは、誰だ。一体何をしている?


「…おい」


声なら聞こえたはずだ。あいつなら更にその声が誰のものかさえ理解できているだろう。しかし彼女は振り向かない。


「藍川」


名前を呼べばようやく藍川が振り向いて、やけにはっきりとした目で俺を見る。しかし視線を下げると、その目に不釣り合いな光景があった。


「柳くんか」

「何をしている?」

「…見れば分かるでしょ?」


見れば分かる、と彼女は言うが、表情はその行為に似つかわしくはない。だから確認したのだが、どうやら事故でもなく、他人による行為でもなく彼女の意思による行為だったらしい。


「保健室へ行くぞ」

「何で?床なんて汚さないから大丈夫だよ」

「…失血死という言葉を知らないのか」

「これくらいで死ぬの?」

「放置すればな。行くぞ」


全く動こうとしない彼女の右手を掴んで立たせようとするが、「嫌」と拒否された。


「…ならば包帯をもらって来よう」

「いいよ。柳くん部活中でしょ?早く行きなよ」

「藍川、」

「ていうか私死んでもいいんだ。生きたいと思ったらもらいに行くからさ」


「…見つけてしまった以上死なせる訳にはいかない、そこで待っていろ」


自分でも声が少し荒れた気はしたが、仕方がない。とりあえず今は包帯が優先だ。背後から聞こえた溜め息を肯定ととって、教室を出る。まずは言い訳を考えなければ。






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