▼ 03

 瀬名に連れられ三嶋が訪れたのは、部室棟の片隅、部活としての基準は満たさないが空き部屋の使用を許可された面々が集う雑多な一角の、一番端の部屋だった。ノックに応えて扉を開けたのは黒髪の一年生で、室内ではもう一人、茶髪の二年生が出迎えてくれた。春川と名乗った一年生がコーヒーの準備をする傍ら、秋山と名乗った二年生が三嶋と瀬名に椅子を勧める。
「これなんだが」
 大体の事情説明は事前に瀬名から済んでいたようだったので、三嶋は早速本題とばかりに件の投票用紙を手渡した。その表裏を興味深げに眺め、秋山はへえと頷く。
「猫探しですか」
「落とし物を探したりしてくれると聞いて。猫も範囲内か?」
「探したことはないですね。でも最近猫の鳴き声がするって噂を聞いたので、そのあたりを探してみます。人手が少ないので保障はできませんけど」
「助かる。それでお礼なんだが、どういう形なのかな」
「ああ、何でもいいですよ。気持ち程度で」
「気持ちって言うと」
「今まで貰ったのは食堂のタダ券とか、雑誌とかDVD、あとは面倒な宿題を代わりにやってくれたりとかこっそり特ダネを教えてくれるとか。肩たたき券とかもありましたね」
「マッサージはわりと得意だけど」
 三嶋が考え込みながら呟くと、秋山は人好きのする笑みを浮かべた。
「会長にマッサージしてもらうのは恐れ多いですね。親衛隊にお仕置きされちゃうかも」
「気にするかな」
 三嶋の問いかけに、瀬名は出されたコーヒーカップに口をつけながら肩をすくめた。
「沢渡達なら謹慎中だからそれどころじゃねえだろ」
「謹慎?」
「謹慎寮に監禁されて罰課題中。もうカメラもねえしお前が何したってバレない」
「それならいいか」
「でも俺が気にする。他の男に触るな」
 瀬名のふてくされたような声に、三嶋は目を瞬いた。視線が合った秋山も驚いたように一瞬口を開き、それから堪えきれなかったようにくすくすと笑い出す。
「噂通りの溺愛っぷりですね」
「噂なのか?」
「そりゃまあ、あれだけ堂々と仲良く歩いてれば」
「噂なのか……」
 三嶋は遠い目をしてぽつりと呟いた。ちらりと視線をやれば、瀬名は一転満足気な顔をしている。三嶋が抗議しかけた時、しかし瀬名の携帯が鳴りだした。画面表示を確かめた瀬名が「風紀から」と一言残して席を立つ。頷いた三嶋は口をつぐんだ。
「いいですね、ラブラブで」
 瀬名が携帯を片手に出て行った後、秋山は微笑まし気な視線をくれたが、三嶋は首を振った。
「別にそういうわけじゃない」
「あれ、違うんですか?」
「というか……」
 曖昧に頷いた三嶋は、ふとそこで思い出した。
「そういえば悩み相談も受けてくれるんだったか?」
「まあ場合によっては。悩んでるんですか?」
「ああ、瀬名のことでちょっと」
 話し出しかけた時、扉が開き瀬名が顔を出した。振り返った三嶋に「悪い急用」と片手を上げる。
「ちょっと出るから帰る時連絡しろ。迎えに来るから」
「いいよ別に。忙しいんだろ、一人で帰れる」
「物騒だろ。一人で出歩くな」
「謹慎中なんだろ? 危ないことなんかないと思うけど」
「とにかく連絡しろ。絶対勝手に帰すなよ」
 最後の言葉は秋山に向けて言い残し、扉が閉まる。頷いて苦笑した秋山は、三嶋に向き直った。
「愛されてますね」
「うーん……」
「会長はあんまり本意じゃないんですか」
「……と、いうわけではないんだけど」
 三嶋は口ごもる。
「初対面でするような話ではないかもしれないんだけど……」
「いいですよ。秘密は守ります。な、ハルちゃん」
「はい」
 頷きあう二人を見て三嶋はありがとうと眉を下げ、心を決めた。
「実はちょっと体力に差がありすぎるというか」
「体力?」
「何ていうか……あー……夜の、頻度を、ちょっと減らしてもらいたいんだけど全然聞いてくれなくて、どうすればいいかというか」
 言いながら本当に初対面でする話ではないなと思った三嶋はあけすけな言葉ではなく曖昧な言葉を選んだが、秋山は「夜?」と一瞬首を傾げ、それから「ああ」と笑った。
「なるほど。委員長強いんですか」
「そう。何かいい方法ないかな」
「うーん……」
 身を乗り出した三嶋を見て、正面の二人は顔を見合わせた。腕を組み考え込んだ秋山の代わりに、春川が口を開く。
「時間が解決するんじゃないですか? 最初は盛り上がってもさすがに一生は続かないでしょ」
「そんなものか?」
「付き合いが長くなっていくとマンネリになるって言うじゃないですか」
「え? ハルちゃん俺に飽きてんの?」秋山が驚いたように口をはさむ。
「俺の話じゃないです。というか秋山さんとはマンネリになるような関係じゃないんですけど」春川が切り捨てる。
「俺には一生飽きないってこと?」
「そうじゃねーよ。まず付き合ってないんですけど」
「俺は一生ハルちゃんに飽きないと思うなあ。ハルちゃんにも飽きさせないようにがんばるからずっと仲良しでいようね」
「聞けよ」
 呆れた顔をする春川とそれを意に介さずデレデレと相好を崩す秋山を見比べ、三嶋は口元を緩めた。
「仲がいいんだな」
「それはもう」「いや全く」
 正反対の返答が重なり、春川はため息をついて肩をすくめた。
「僕達のことはおいといて」
「おいとかないでよ」
「秋山さんは黙ってて下さい。とりあえず断固拒否の姿勢を取るしかないんじゃないですか」
「取ってるつもりなんだけどな」三嶋は眉を下げる。
「押し切られちゃうんですか?」
「うん。なんだかんだ言いくるめられてる気がする」
「強い意思が大事です。僕のように」
「ハルちゃんはもうちょっとガード緩めてくれてもいいと思う」
「秋山さんは黙ってて下さい。大体同意のない性行為はたとえ夫婦間でも許されることじゃないですからね。泣き寝入りしちゃダメですよ」
「そうか」
 頷いた三嶋だったが、しかし瀬名を言いくるめる自信は全くなかった。
「ちなみにそれでもダメなら?」
「うーん、あとはそうですね……性欲が強すぎるなら他で発散してもらうとか?」
「他で発散か……」
 三嶋は眉を寄せる。
「でもその場合は会長以外の人とも寝ることになっちゃうので、それを許容できればですけど」
 黙り込んで検討した三嶋は、しばらくして結論を出した。
「……それは無理だな」
「愛してますねえ」
 秋山が微笑み、春川も頷いた。「相思相愛だ」
「いや……」
「俺達みたいだね。ね、ハルちゃん」
「どこが? 秋山さんさあ、一回聴力検査とか行った方がいいんじゃないですか」
「生憎耳はいいんだよね。ハルちゃんのかわいい声を聞くために」
「じゃあ脳の検査してもらってきてください」
 打てば響くような二人の会話に笑いながら、三嶋は立ち上がった。
「ありがとう、参考になった。猫が見つかったら連絡もらえるか。今日のお礼も近日中にする」
「えっ帰るんですか? 委員長に連絡しないと」
「別に大丈夫だって。忙しいのに煩わせられないし」
「いや無理無理! 俺らが絞られちゃいますよ。ハルちゃん連絡して」
「もうしました。五分で来るそうです」
「さすが仕事早いな。じゃあその間会長は俺秘蔵のハルちゃんの寝顔コレクションでも見て待っててください」
「は? アンタ何を秘蔵してんですか。ちょっと見せてください、つうか没収させろ」
「やだ!」
 どこまでも仲睦まじい二人に三嶋はまた頬を緩め、大人しくその場に座り直したのだった。


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