▼ 04

 さてその夜、三嶋は床に掃除機をかける瀬名の邪魔にならないようにソファーの上で膝を抱えていた。ぼんやり待っていると、あらかた片づけを終えたらしい瀬名が隣に腰を下ろす。肩を抱かれて引き寄せられたことで我に返った三嶋は、唇をガードしながら「ちょっと話がしたい」と口を開いた。
「何、愛の告白?」
 茶化すような瀬名の口調に、三嶋は口をとがらせる。
「そうじゃなくて。皆に相談したんだけど」
「何を」
「瀬名の性欲が減る方法」
「は?」
 目を見開いて固まった瀬名の顔を見て、三嶋は思わず頬を緩めた。瀬名は不服そうに三嶋の肩を小突く。
「何笑ってんだよ」
「いやごめん、見たことない顔だったからつい」
「外でそんな話してんのお前。まあ逆よりはいいけど」
「逆?」
「俺が勃たねえって話なら不名誉だから言いふらされたくはねえけどってこと」
「ああ、なるほど」
「で? なんかいい方法あったの」
「瀬名が嫌がることしてみたらって。何かあるか?」
「いや別に、お前がすることなら何でも可愛いだろうしな」
 不意をつかれ一瞬口をつぐんだ三嶋だったが、しかし瀬名の真面目くさった顔を見るに別段からかわれている様子でもなさそうだった。気を取り直し、話を続ける。
「ちなみに神田は女装はちょっとって言ってた。佐久間はスカトロって」
「へえ。相馬は?」
「別にないって。どんなプレイでも対応可能だそうだ」
「あいつ本当にヤベェな。どう育ったらああなるんだ」
「環境的には俺とほとんど変わらないけどな。物心ついた時からずっと一緒だし」
「あいつの隣でまっさらのまま育ったお前の方がすげえのかもな」
 笑いながら瀬名は三嶋の髪を撫で、そして楽し気に目を細めた。
「で、どうすんだ。今日なんか変わったことしてくれんの?」
「いや何も思いつかなかったんだけど。で、あの二人にも相談したんだけど。猫探しの」
「あいつらにまで聞いてんのかよ。何て?」
「断固拒否の姿勢をとるしかないって。強い意思が大事ですって言ってた」
「ふーん」
 今度は一転、瀬名は面白くなさそうに三嶋の顔を覗き込む。
「断固拒否してえの? そんなに俺とヤりたくない?」
「そうじゃないけど……」
 三嶋は口ごもりながらそっと目を伏せた。初手から既に押し負けているのだったが、しかし思い直しておずおずと視線を合わせた。
「せめてちょっと頻度を減らしてほしい」
「どのくらい?」
「……月一?」
「却下。少なすぎる」
「月二」
「俺は毎日したい」
「じゃあ週一。ちょっとは譲れよ」
「本当は一日二回がいい」
「増やすな」
 と言っても一日二回では収まっていないのが現状だったのだが、しかし譲歩にしてはささやかすぎた。口をとがらせた三嶋は、ふと昼間の会話を思い出す。
「今日聞いたんだけど、たとえ夫婦間でも同意のない性行為は厳禁らしいぞ」
「なんだそれ、同意もねえのに俺に無理矢理ヤられてるって言いてえの?」
「そこまでは言ってないけど、ちょっとは俺の意見も聞き入れるか妥協点を擦り合わせてほしい。今後も一緒にいるなら」
「……」
「……」
 無言の攻防は一瞬だった。何か考え込むように目を伏せた瀬名が、先に口を開いた。
「俺とこの先もずっと一緒にいる気があるってことか?」
「もしかして期間限定のつもりだったか?」
 三嶋は思わず眉を寄せたが、
「いや、お前と同じ墓に入るつもり」
 瀬名の即答に内心そっと胸を撫でおろした。「墓の話は気が早すぎるけど、それなら尚更もうちょっと話し合いの余地があってもいいと思う」
「確かにそうだな。お前の言う通りだ」
 瀬名が頷き、三嶋はもう一度胸を撫でおろす。そんな三嶋に、瀬名は質問を重ねた。
「ちなみにもう一つ確認なんだが」
「うん」
「俺のことが好きってことでいいのか?」
「……まあ、うん」
「まあって何だよ」
「いや恥ずかしいだろ」
「恥ずかしくねえよ。ちゃんと言って」
「俺だって言われてない」
「言ってるだろ」
「セックス中の言葉はノーカウント」
「いい加減相馬理論は捨てろ。俺は思ってもないことは言わねえよ」
「じゃあ俺のことが好きってことか?」
「好きに決まってんだろ。愛してるよ」
「愛……」
 予想を飛び越えてきた言葉に一瞬目を瞠った三嶋だったが、もちろん悪い気はしなかった。むしろじわじわと喜びがこみ上げるがそれを表に出すのはやはり気恥ずかしく、同時にふと疑問もわいた。
「ちなみにいつからなんだ。この前俺が会いに行ってから?」
「いや、もっと前」
「いつ?」
「……言いたくない。長すぎて引かれるから」
 気まずそうに口ごもる瀬名の様子が珍しく、三嶋は目を瞬く。
「そんなに? 俺瀬名に嫌われてるとばっかり思ってたけど」
「嫌いなんて言ったことねえだろ」
「でも仲良くしてくれなかったし」
「そこは複雑な男心ってやつだよ。分かるだろ」
「いや分からん。結局いつからなんだよ。引かないから教えてくれ」
「嫌だ。墓まで持ってく」
 言い切った瀬名を見て、三嶋は口をつぐんだ。瀬名の本心がどうあれ今まで良好な関係を築いていたとは言い難かったが、瀬名との付き合いは初等部入学まで遡る。長年の付き合いから、ごねてもおそらく口を割らないだろうことは想像がついたので、大人しく引くことにした。
「じゃあ墓で聞くかな」
「……つまり俺と同じ墓に入る気があるってことか」
「あのさ、そういうことを一々口にだして確認するなよ。恥ずかしいだろ」
「恥ずかしくねえって。なあ、俺のこと好きならちゃんと言って」
 瀬名にねだられ、三嶋はこっそり唾をのんだ。
「あの、」
「うん」
「……」
 なかなか出てこない言葉を急かすように唇をついばまれ、舌先でそっと撫でられる。思わず迎え入れようと口を開くが、焦らすように外側をなぞられるだけで捕まえらない。焦れる三嶋の腰を抱き寄せながら、瀬名は囁いた。
「三嶋、俺のこと好き?」
「……うん」
「ん?」
「す、」
「……」
「……」
「おい、黙るな」
「改めて待たれるとちょっと……」
「恥ずかしがるなって。俺なんか愛してるとまで言ってんだけど」
「そ、そうなんだけど」
 三嶋は両手で顔を覆うが、すぐに瀬名の手で引きはがされてしまった。至近距離で熱い視線を浴び、三嶋はついに観念してきつく目を閉じた。
「す、好き……」
 震えてしまった声に、返事はなかった。代わりに、胸元に瀬名の額が押し付けられ、強く抱きすくめられる。おそるおそる目を開けた三嶋は、瀬名の黒髪を見下ろし呟いた。
「なんか言えよ……」
「いやちょっと感極まってるから」
「……そうか」
 広い背中に手を伸ばす。抱きしめ返すと瀬名が顔を上げるが、その目元がうっすら赤くなっているのに気がついて三嶋は思わず頬を緩めた。いかつい強面がいつになく可愛らしく見えるのが不思議だったが、これは恋だの愛だののせいなのだろうか。自問してはみたが、いかんせん恋愛経験の乏しい三嶋にはまだ答えを出せそうにない。分からないままやわらかく微笑む三嶋の頬を、瀬名の手がそっと包む。
「やっぱり今日してえな。同意して」
「ダメって言ったら我慢するのか?」
「まあ……うん、そうだな。頑張る」
「そっか」
 少し拗ねたような顔を見て三嶋は笑い、そして瀬名の頬に両手を添えて引き寄せた。
「いいよ。俺もしたい」
「本当に?」
「うん。でも一回だけな」
「善処する」
「善処じゃなくて絶対。約束しろ」
「分かった分かった。ちなみに一回って俺がイくまで? お前がイくまで?」
「俺」
「じゃあ俺は何回イってもいいってことか」
「まあ……いや、なんか嫌な予感がするな。お互い一回ずつ?」
「嫌な予感? 考えすぎだろ」
「いや一回ずつ、普通に」
「ハハ、了解」
 笑った瀬名が三嶋を抱き上げる。温かい腕に抱かれ、三嶋は満足気に目を閉じて瀬名の胸元に頬を擦り寄せる。かすかに聞こえる瀬名の心音が耳に心地よく響いていた。

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