▼ 02

 放課後の生徒会室で、ふと仕事の手を止めた三嶋は室内をぐるりと見回した。各々パソコンや書類に向かっている役員仲間のうち、一番話を聞いてくれそうな幼なじみに声をかける。
「相馬」
「なに?」
「ちょっと相談にのってほしいんだが」
「いいよ。どうしたの、何か厄介な案件?」
 顔を上げた相馬が三嶋の手元の書類に視線をやるが、相談内容はそれではなかった。手にしていた書類をデスクに放り出し、三嶋は弱りきった声で言った。
「瀬名が絶倫すぎる」
 途端に佐久間が飲みかけていた炭酸飲料を勢いよく噴き出した。
「ごほっ、なに会長、急にごほっなに言ってんの!?」
「アハハやっぱりそうなんだ。いいなあ」
 笑った相馬に、三嶋は首を振った。
「全然良くない。困ってる」
「なんで? いいじゃない愛されてて」
「でも毎晩だぞ。限度がある」
「なくていいよ限度なんて。行けるところまで突き進みなよ」
「行けないところまで連れていかれるから困ってるんだ。性欲を減退させる方法はないのか?」
 弱りきった目で見つめられ、相馬は「うーん」と腕を組んで考えこんだ。
「知らないなあ。逆しか考えたことなかった」
「神田はどう思う?」
「どうでもいいです」
 片手にダンベルを持った神田は切り捨てたが、
「そう言わずに考えてあげてよ」
 相馬に嗜められ、もう一度口を開いた。
「風紀委員長が萎えそうなことしてみたらどうですか?」
「なるほど。例えば?」三嶋は身を乗り出す。
「それは本人じゃないので分からないです」
「神田は何かないのか、相馬にされたら嫌なこと」
「別にないです。相馬さんなら何されたっていい」
「熱烈だなあ」相馬が満足気に笑う。
 神田は応えて微笑み、それからふと「あ」と声を上げた。
「でも強いて言うなら女装ですかね」
「嫌いなの?」
「嫌いってわけじゃないですけど、男の相馬さんが好きなので。というか全部脱がせたいし」
「そっか」頷いた相馬は続けた。「でもコスプレが好きな男もいるもんね。瀬名の好みによってはむしろ興奮しちゃうかも」
「そうだよな。じゃあ佐久間は? 何かされたくないことないか?」
 話を振られた佐久間は、ようやく喉の調子が落ち着いてきたところだった。テーブルを拭きながら首をひねる。
「うーん、まあ、スカトロとか……?」
「ああ、確かに」相馬は納得したように頷き、
「確かに上級者向けかも」神田も同意した。
「なるほど」
 三嶋は形のいい眉をわずかに寄せて検討したが、しかし結局首を振った。
「さすがに漏らしたくはないな」
「まあそりゃそうだよね」佐久間が頷く。
「瀬名が上級者だったら最悪だね。漏らした上に興奮されたらどうする?」
 他人事のように楽し気に笑う相馬に、三嶋は視線を移した。
「相馬はないのか。いいアイディア」
「ない。僕はどんなプレイでも対応可能」
「さすがだな」
「あ、でも逆はあるな。ぬいぐるみに怯んだ子はいた」
「ぬいぐるみ?」三嶋は首を傾げ、
「あっペンギンでしょ? カヤちゃんが言ってた」
 思い当たる節のあった佐久間が声を上げた。ちなみに以前瀬名の発言で恋人の存在がバレて以来、生徒会内ではオープンに話すようになっているのだった。
「え、もしかして僕佐久間の彼氏に手出してたっけ?」
「ううん、カヤちゃんの友達。副会長の部屋行ったけど萎えちゃってできなかったって」
「良かった、友達か。危ないところだった」
「危なくない。俺のカヤちゃんは副会長の誘いにほいほい乗ったりしないもん」
「ラブラブだなあ。ご馳走様」
「神田は全然平気だったの?」微笑ましいものを見るような相馬の視線を振り切り、佐久間は神田を見る。
「驚きはした。圧がすごすぎて」神田が頷く。
「そうかな、かわいいのに。でも三嶋も試してみたら?」相馬が尋ねるが、
「これ以上物増やしたら瀬名に怒られる」三嶋は力なく却下した。
「ああ、そっか。三嶋の部屋もヤバいもんね。あれで萎えないなら効かないか」
「ヤバいんですか?」神田が尋ねる。
「ゴミ屋敷」相馬が頷く。
「そうなんだ……」佐久間が呟く。
「そこまではない」三嶋が否定する。「最近は瀬名が片付けてるし」
「マジ? 委員長に片付けさせてんの?」
「頼んでるわけじゃない。勝手にやってるだけ」
「いい彼氏だなあ。というか通い妻?」
「結婚した覚えはない」
「冷たいなあ。セックスくらい好きにさせてあげたら?」
「……でもそれとこれとは別問題だろ。掃除の対価みたいなのはちょっと」
 渋る三嶋に、相馬は目を瞬き、そして満面の笑みで大きく頷いて同意を示した。
「そうだね。セックスはあれこれ考えずに純粋に性欲をぶつけ合う場であるべきだよね」
「え? 愛情表現でしょ?」佐久間が口を挟むと、相馬はまた目を瞬く。
「ピュアだなあ」
「というか副会長がビッチすぎるんだよ」
「心外だな。今は一応神田くんだけだもん。ね?」
「そうですね。一応ってのが気になりますけど」
「恋愛感情は? 一切ないの?」佐久間の問いに、相馬は首を傾げた。
「僕は愛とか恋とかあんまり考えたことないな。神田くんは?」
「俺は相馬さんのこと好きですよ。一生独り占めしたくなりました」
「熱烈だなあ」
 感心しつつも全く響いていない様子の相馬に呆れながら、佐久間は黙ったままの三嶋を振り返った。
「会長は? 委員長のこと好きになった?」
 三嶋は一瞬視線を泳がせ、そして答えた。
「……黙秘していいか」
「えっ、マジ? 好きになっちゃったの!?」佐久間が立ち上がる。
「初恋だね、おめでとう」相馬が手を叩く。
 そして神田はダンベルを投げ捨て三嶋に詰め寄った。
「いつから? 何で? 何がきっかけで?」
「も、黙秘だってば」
「どうやったら俺も相馬さん落とせますか?」
「いや近い近い」
「教えてくださいよ三嶋さん!」
「何とかしろよ相馬」
 三嶋は思わず助けを求めるが、相馬は「必死だなあ」と他人事のように笑うのみなのだった。





 要望:こっそり寮で飼っていた猫がいなくなってしまいました。探すのを手伝っていだけませんか。

 また別の日、手持ちの書類仕事を終えた三嶋は目安箱の中身に目を通していた。慣れた手つきでセクハラ紛いの投書用紙をはじき、風紀委員会に回した方が良さそうな物騒な案件は瀬名に渡し、それ以外を自分の手元に積んでいるうち、一枚の用紙で手を止めた。 
「猫探しは風紀案件か?」
 背後の瀬名に尋ねると、「違う」と返事が返ってきた。ちなみに現在の三嶋はソファーに腰を下ろした瀬名に背後から抱きこまれている状況だが、室内の生徒会役員達は二人の距離の近さにすっかり慣れてしまい完全に日常風景の一部として受け入れている。
「俺らの仕事は猫探しよりもペットを持ち込んでるこいつへの厳重注意だな」
「じゃあ見なかったことにしてくれ」
「もう見た。名前見せろ」
「個人情報だから」
 紙を取ろうと伸ばされた瀬名の手を避けながら、三嶋はふと首を傾げた。「そういえば相馬、寮でペット飼う話はどうなったんだ。ペンギン飼いたいんじゃなかったか」
 デスクから振り向いた相馬が、悲し気に眉を下げる。
「理事長の許可が下りない。学園長まではいけたんだけど」
「そうなのか。何が問題なんだ?」
「アレルギーと騒音と清掃とその他諸々」
「まあそうか。道理だな」
「でも本当は奥様が犬に夢中で構ってくれないからペット全体を憎んでいるという説もある」
 憎々しげに手元の書類を握りつぶした相馬を見て少し笑い、三嶋は手元の投書用紙に視線を戻した。
「ペット探しってどこに頼むんだろうな」
「探偵じゃない? ペット探しとか浮気調査とか」佐久間が答える。
「頼めば来てくれるかな」
「無理でしょさすがに」
「浮気調査もしてくれるなら需要ありそうだけどなあ」
 集まってくる要望の中には恋人の浮気調査依頼や片思い相手に恋人がいるかどうか知りたいというものも少なくない。事実、猫探し依頼の次に三嶋が取り出したのは恋人の浮気相手を特定してほしいとの依頼だった。掲示板に公開しないでくださいと添えられているその紙を、三嶋の肩に顎を乗せた瀬名が覗きこむ。
「心当たりがなくもねえけど」
「探偵に?」
「探偵ではないけど、まあそれ紛いのことをしてる奴らがいる」
「校内に? 生徒か?」
「ああ。主には害虫駆除とか落とし物探しとか悩み相談とか、人助けのようなことをしてるらしい。金銭授受の噂があったから一回しょっぴいたけど」
「猫も探してくれるかな。金がかかるのか?」
「今は大人しく食券とかでやってるらしいぞ」
「へえ」
「連絡してみるか?」
「頼む」
 頷いて振り向いた三嶋の唇をさらい、瀬名は立ち上がった。三嶋も手元の投票用紙をまとめて立ち上がる。二人が連れ立って出て行った後、佐久間はぽつりと呟いた。
「普通にキスしてたね今」
「何を見せつけられてるんだろうなあ僕達は」
「本当ですね」
 残された三人は頷きあうが、しかしそれも含めて既に日常の光景になっていた。


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