▼ 01

 ある夜三嶋は、自室のダイニングテーブルに頬杖をついて瀬名を眺めていた。少し前に隠しカメラや盗聴器の類が大量に発掘され青くなったのは記憶に新しいが、風紀の調査や業者の清掃が入った上でセキュリティーも強化され、絶対安全のお墨付きをもらいようやく帰宅がかなった部屋だった。ちなみに瀬名は、帰ってくるなり三嶋がまた元通りに好き放題散らかした部屋を甲斐甲斐しく片付けているところである。崩れた雑誌の山を積み直し、脱ぎ散らかされた衣服類をまとめて洗濯機に投げ、空き缶を集めて袋に詰め込みと忙しく働く瀬名は、三嶋の視線に気づいたのかふと顔を上げ、呆れたような笑みをこぼした。
「すごいよなあお前」
「何が?」
「尽くされるのに慣れてるというか」
「別に慣れてない。というか俺に尽くしてるのか?」
「そんなつもりじゃねえけど、でも実際そうだよな。掃除手伝おうなんて思ったことねえだろ」
「手伝った方が良かったか」
「な、そういうとこだよ。当然のように甘やかされてるっつうか、王者の風格」
「苦情か?」
「いや違う。そういうとこも可愛いなっつう話」
「……どこが?」
 三嶋は思わず首をひねる。瀬名は折に触れて可愛い可愛いと言うのだが、三嶋はどうしても自分がその言葉で形容されるにふさわしい人間であるとは思えないのだった。しかも今回の流れではますます意味が分からない。釈然としない様子の三嶋を見て笑い、瀬名が片付けの手を止める。「今日はもう終わり」とソファーから手招かれ大人しく隣に移動した三嶋だったが、間髪入れず抱き寄せられ唇が重なる寸前、瀬名の口を自分の手で押さえた。
「今日はしたくない」
「何で」瀬名が眉を寄せる。
「言ってるだろ、毎日はきついって」
「でも結局は気持ちよさそうにヨガってんだろ」
「だから嫌なんだ」
「じゃあ一回だけ」
「いつもそう言うけど一回じゃ済まないだろ。いや待て、ちょっと、っ……」
「な、お願い。ちょっとでいいから触らせて」
 ソファーに押し倒され、唇を指の腹でなぞられて三嶋は口をつぐんだ。瀬名の親指が唇を割る。口内の粘膜との境目をなぞられ、そのじわりと濡れた感触に身を震わせた時にはもう、声は出せなくなっていた。
 瀬名との行為はいつも同じ始まり方をする。覚えこまされた感触に、体の奥が条件反射のように甘く疼きだしてしまう。うっすら涙の溜まった目でおそるおそる見上げる三嶋の視界で、瀬名が愛おしげに頬を緩めた。





「三嶋」
 ベッドの中で名前を呼ばれる度、三嶋はまるで自分が夢の中にいるような気がする。恋愛経験のなかった三嶋にとって誰か家族以外に特別優しくされるのも甘やかされるのも初めてで、突然降ってわいたような関係が未だに信じられないような気持ちだった。
 どろどろだな、と三嶋は熱に浮かされたような頭でぼんやり考える。物理的にも体の色々な部分が色々なもので濡れていて、精神的にも自分が溶けてしまっていっているような気がする。
 手を伸ばすと、大きな手に強く握りこまれた。指を絡め、握り返す。半ば反射的な自分のその行動がまるで縋りつくようで恥ずかしくなるが、しかし実際その通りであることは自覚していた。
 日中は頑なにはぐらかして明確な言葉を口にしない瀬名は、ベッドの中でだけは三嶋が望む通り、いや望む以上に饒舌だった。好きだ可愛い大好き顔も声も何もかも最高と歯の浮くような言葉でどろどろに甘やかされて溶かされて、そして何か別の新しいかたちに作り替えられているようなそんな気がしてしまって、目の前の瀬名に縋るしかないのだった。それが別段嫌ではないことが最初は意外な気持ちがしていた三嶋だったが、しかし回数を重ねるごとにむしろその逆であることは既に受け入れてしまっている。
「瀬名……」
「うん、どうした?」
 名前を呼ぶと、普段の強面からは想像もできないような優しい顔で瀬名が答える。心や体のどこか、今まで自分でも気がついていなかったような隙間の部分が満たされたような気持ちに襲われるが、しかしそれはそれとして三嶋には一つ悩みがあった。
「もう無理……」
「悪い、もうちょっと」
「一回って言った……」
「全然足りねえ。なあ、頼む。あと一回だけ」
「いや本当にもう、ふ……っ」
 三嶋は瀬名の体を押しのけようとしたが、すっかり力の入らなくなった腕は何の役にも立たなかった。反対に体内に居座ったままの屹立がさらに奥へ押し進められ、甘い吐息が漏れてしまう。思わず自分の口を塞いだ三嶋の手をそっと絡めとり、瀬名は目元を緩めた。
「まだ気持ちいいだろ?」
「でも、っ、あ、だめだって……」
 抵抗の言葉は瀬名の口内に吸い込まれた。思い返せば最初の時から同じだった。体力に差があるのかそれとも役割のせいなのかは三嶋には分からなかったが、途中で音を上げて抵抗するも結局流されて押し切られてしまう。行為自体が嫌なわけではないのだが、頻度と回数と、それから最終的に限界を超えて責められた後、理性を飛ばしてぐずぐずにされた時に晒してしまっているだろう醜態は、決して三嶋の本意ではなかった。
 しかし結局今日も抵抗できずに流されてしまった。諦めて舌を差し出しながら、三嶋はきつく目を閉じた。





 三嶋は朝に弱い。五分おきにセットしたアラームの六回目でかろうじて目を覚ますがまたすぐに眠りにつき、八回目で俯せになり、十回目でなんとか腕に力を入れて体を起こす。が、すぐに重力に負けて枕に顔を伏せ、十二回目でようやくベッドから転がり出る。
 というのが今まで何年も繰り返されていた流れだったが、最近は少し違っていた。まず、一回目のアラームが乱暴に消され、揺り起こされる。一度目を開けるが、睡魔には勝てない。再び目を閉じ眠りにつきかけたところで布団をはがされる。クーラーの冷気が寒いので寝ぼけたまま布団を探すが手の届くところにはなく、代わりに温かい体温を見つけて擦り寄る。がっしりした体に抱きついたところでもう一度揺さぶられ、不機嫌に目を覚ます。
「まだ眠い……」
「起きろよ。目覚まし鳴ったぞ」
「あと一時間」
「長い」
 夢うつつに会話をするうちにぼんやりと目を覚ました三嶋は、隣に瀬名の姿を見つけ、驚いて飛び起きる。
「何でいるんだ」
「なあ、このくだり何回やればいいんだ?」
 という一連の流れが、三嶋の新しいルーティンだった。
「ああ、そうか、そうだったな……」
 寝起きでまだぼんやりとした頭を振り、三嶋は目を擦る。目の前に広がっているのはいつもの散らかった光景ではなく、瀬名が来るようになってから瀬名の手によって整えられるようになった寝室である。昨夜、大きな声では言えない行為のせいでとっ散らかったはずのシーツやベッドカバーもいつの間にか取り換えられ、きちんと整えられている。昨夜の名残などどこにもない、清潔で爽やかな朝だった。
「何か食うか」
「いらない……」
 対照的に、瀬名の問いにぼんやりと答える三嶋の声は昨夜を引きずって掠れていた。苦笑した瀬名が、寝ぐせのついた三嶋の髪を一撫でして立ち上がる。
「じゃあコーヒーは? それとも水がいいか」
「牛乳」
「了解」
 立ち上がる瀬名の寝起きの良さを羨ましく眺めながら、三嶋はまたベッドに潜り込んだ。洗い立てのシーツの中に、一晩三嶋を抱き込んで寝ていた瀬名の香りがふわりと混ざっている。こっそりと息を吸い込みながら、三嶋はまた目を閉じる。

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