▼ 02

「それからどうなったの?」
 お伽話の続きをねだる子どものように、茅野が尋ねる。
「それから? 会長が十枚選んだよ」
 答えながら佐久間は、腕枕した恋人の髪を指に絡めた。細くふわふわとしたその感触は、茅野の好きなところを述べよと言われたら真っ先に挙げる点の一つだ。もっとも生徒会会計という役職柄恋人がいることは公にしていないので、そんな質問をしてくる相手はいないのだが。
「どんな内容だった?」
 寝返りをうち佐久間と向かい合った茅野の目には、純粋な好奇心が浮かんでいる。
「うーん、半分くらいは恋愛相談かな。誰々に恋人がいるか知りたいとか、誰々との仲を取り持ってくれとか。浮気調査もあったけど」
「生徒会に頼む内容じゃないね」
 呆れた顔をする茅野に、佐久間も渋い顔で頷いた。
「ほんとにね。あ、あとは寮をペット可にしてくれとか」
「それはさすがに無理でしょ」
「どうかな、副会長が食いついたから」
「副会長? 動物好きなの?」
「ペンギン飼いたいんだって」
「ペンギンって飼えるの?」
「どの種類にするか真剣に悩んでたよ。ワシントン条約がどうとか言ってたけど大丈夫なのかなあ」
 ふふ、と笑い声を上げ、茅野は佐久間の裸の胸に身を寄せた。
「気が早いなあ。飼えるって決まったわけでもないのに」
「週明けに理事長に直談判に行くってはりきっちゃってさ。何で今まで思いつかなかったんだろうとかぶつぶつ言ってたよ」
 応えて抱き寄せながら、佐久間も笑う。
「そういえば噂で聞いたことあるけど、副会長の部屋ってペンギンのぬいぐるみだらけらしいよ」
「はは、そんな好きなんだ」
「知り合いが前に行ったことあるらしいんだけど、萎えちゃってできなかったんだって」
「え、そうなの?」
 佐久間はふと、じゃあ九時に僕の部屋でいいかな、と言った相馬の声を思い出した。枕元の時計は既に十一時を指している。はたして神田は大丈夫だったのだろうか。





要望:屋上の柵が壊れていて危ないです。直してください。1-B石井
回答:情報提供ありがとうございます。今週中に修理してもらえるようです。ところで屋上は立入禁止ですので、ぜひご留意ください。(三嶋)

要望:オカルト研究会です。同好会にも部費をいただけないでしょうか。3-G杉尾
回答:予算会議に上げてみますが、現状の予算では同好会への分配が厳しいのでまずは部員と顧問を集めて正式な部活動にすることをご検討下さい。(佐久間)

要望:どうすれば神田さんみたいにモテますか? 1-F藍沢
回答:筋肉を鍛えろ。(神田)

要望:食堂のウェイターさんに恋をしてしまい、夜も眠れません。僕はどうすればいいでしょうか。1-C冴島
回答:不眠にはラベンダーのアロマがお勧めです。一度試してみてはどうでしょうか。(三嶋)

要望:ストーカーから助けてほしい。
回答:早急に対応したいと思いますので、どうかお近くの生徒会役員か風紀委員に実名を添えてご相談ください。(三嶋)

要望:寮をペット可にしてほしいです。3-E国生
回答:素晴らしいアイディアをありがとうございます! かくいう僕もかねてからペンギンを飼いたいと思っておりまして、もし飼うとしたらケープペンギンかコガタペンギンがいいかなと考えていますが、(中略)、現在理事長と交渉中ですので少々お待ちください!(相馬)

要望:数学の伊藤先生に恋人がいるか調べてほしい。3-A羽山
回答:本人に確かめたところ特定の恋人はいないそうです。頑張ってアプローチしてみてください。(三嶋)

要望:部活の先輩に片思い中です。ちなみに野球部の宗方さんという人です。仲を取り持ってもらえませんか。2-A緑山
回答:承知しました。宗方くんにさりげなく聞いておきます。(三嶋)

要望:佐久間くんってフリーですか? 一晩貸してください。3-D安川
回答:本人に打診しましたが、残念ながら拒否されてしまいました。力になれず申し訳ありません。(三嶋)

要望:好きな人に彼氏がいます。どうすれば振り向いてもらえるでしょうか。 2-D結城
回答:個人的な意見ですが、略奪愛はお勧めしません。いい友人のポジションを保ちながら別れた隙を狙うのはどうでしょうか。(三嶋)





 週明けの昼休み、食堂前の掲示板には人だかりができていた。その後方からそれを眺める三嶋は、予想以上の反響に満足気な笑みを浮かべている。
「でもさあ、実名出しちゃうのはどうなのかな。あれじゃ晒しものだよ」
 一方不満げにそう言ったのは佐久間である。三嶋は、一つ年下の後輩を不思議そうに振り返った。
「別に恋愛は恥ずかしいことじゃないだろう。誰を好きだろうが堂々としていればいい」
「そりゃあそうかもしれないけどさあ」佐久間はため息をつく。「宗方くんにさりげなく聞いとくとか書いてるけど全然さりげなくなくない? バレバレじゃん」
「ああ、あの二人はもう付き合い出したから大丈夫だろう」
「えっ、いつ?」
「土曜日の昼すぎだったかな。宗方くんに確かめたところ両思いだったから、事情を説明したら喜んで飛んでいった」
「……マジで? 仕事はえーね」
「我ながらいい仕事をした」
 自画自賛する三嶋を、佐久間は複雑な表情で見上げる。
「でもさあ、それならあれ貼らなくて良かったんじゃないの?」
「確かにその通りだな」
 三嶋は頷き、ポケットから取り出した紙切れを佐久間に差し出した。
「これと貼り替えておいてくれ」
「え? 何これ」
「十一枚め」
「マジ? いいの? 十枚って約束だったじゃん」
 つい佐久間が向けた視線の先で、相馬は神田と身を寄せ合い笑顔で何やら耳うちし合っている。どうやらペンギンは神田の邪魔にはならなかったらしい。
「てか何で俺が? 自分でやってよ」
 諦めて再び移した視線の先、人だかりの増えた掲示板にはおいそれとは近寄れそうになかった。げんなりした表情を見せる佐久間の肩をぽんと叩き、三嶋は言う。
「悪いな。風紀のところに行かなきゃならないんだ」
「え? 何で?」
「読んでいいぞ、それ」
 そう言って爽やかに立ち去る三嶋の背中を見送った佐久間は、ため息をつきながら手の中の紙を開いた。そこにはこう書かれている。

要望:会長へ。風紀委員長と仲良くしてください。匿名希望
回答:鋭意努力します。が、よろしければ理由をお聞かせください。(三嶋)





 食堂前の喧騒を抜けた三嶋は、校舎一階の風紀分室を訪ねた。本来の風紀委員室は生徒会室と同じく校舎最上階にあるが、風紀に限っては何か困ったことがあれば気軽に相談に行けるように、あるいは有事の際にすぐ駆け込めるようにと一階に分室が設けられているのである。
「瀬名はいるか?」
 扉をノックしながら、三嶋は室内を覗く。真っ先に振り返ったのは入り口付近で弁当をつついていた風紀委員らしき一年生で、そこからさらに奥へと視線を移すと目的の人物の姿が見えた。
「瀬名」
 入室し、歩み寄りながらもう一度声をかけると、委員長席に座っていた瀬名が顔を上げた。
「三嶋か。どうした、珍しいな」
「見てほしいものがあって」
 答えた三嶋は、ポケットから投書用紙のコピーを取り出した。
「これなんだけど」
 瀬名に手渡したのは、無記名で投書されたストーカーへの対処依頼である。
「もし風紀に相談に来たら話を聞いてもらえないか」
「ああ」ちらりと覗きこんだ瀬名は、室内奥の扉を顎で指した。「それならもう来た。今そっちで聞いてる」
「そうなのか」
 予想以上に早い展開に、三嶋はかすかに目を瞠る。
「悪いな、こっちに持ち込まれた案件だったのに」
「礼には及ばねえよ。ストーカーならそもそもが風紀の仕事だろ」
「そうか、ありがとう」
 目礼した三嶋は、一つ咳払いをする。
「それで、あともう一つ、これなんだけど」
「あ?」
 二枚目のコピー用紙に、瀬名はうっすら眉を寄せた。
「何だこれ」
「……どう思う?」
 三嶋が若干躊躇いながら尋ねると、瀬名はコピー用紙から視線を上げた。
「どうって?」
「なぜその匿名希望の彼は俺達に仲良くさせたいんだろう」
「んなの俺が知るわけねえだろ」
 鋭く言い捨てられ、三嶋は居心地の悪い思いをする。
「それはそうだけど……と言うかそもそも何で俺達は仲が悪いんだ?」
「あ?」
「だって変だろ。俺達は一応生徒会と風紀のトップなわけで、仲が良い方が何かと円滑に仕事が進むんじゃないかと思うんだけど」
「……」
 三嶋の言葉に瀬名は一瞬口を噤み、再びコピー用紙に目を落とした。そして不意に、ふ、と笑い声をもらした。
「鋭意努力する、か」
「え? ああ、うん」
「俺と仲良くしてえの?」
「うん」
「どういう風に?」
「……え?」
 突然がらりと様子を変えた瀬名の声音に、三嶋は困惑し眉を寄せる。
「どうって」
「例えばこんな風に?」
 瀬名の細められた目、うっすらと形作られた笑顔のようなものに見入っていた三嶋は、不意に思わず体を跳ねさせた。いつの間にか伸びてきていた瀬名の指先に、手の甲をなぞられたからだった。す、と一瞬、さりげない触れ方だったが、しかしその指先はやたらと性的なにおいを漂わせていた。
 口をつぐんだ三嶋は、こくんと唾を飲み込んだ。瀬名の薄い唇の端が、ついと引き上げられる。蛇に睨まれた蛙のような心持ちになった三嶋は、思わず後ずさろうとした。しかし、それより早く手首を掴まれ、反対につんのめるように一歩前に進んだ。進んだ先には委員長席に座ったままの瀬名の足があり、膝と膝がぶつかる。
「瀬名」
 自分の声が普段よりやや上ずっているのに気づき、三嶋はまた居心地の悪い思いをする。掴まれた腕を引こうとするが、インドア派の三嶋の筋力では風紀委員長として普段荒事にもなんなく対応している瀬名に対抗しようもなかった。閉じた口を指の腹でなぞられるひんやりした感触に、三嶋は思わず眉を寄せた。
「こういうおトモダチなら俺は別にいいけど?」
 からかうような声音に、三嶋は首を横に振った。
「そうじゃなくて、」
 言いかけた言葉は、瀬名の親指が唇を割ったことで押しとどめられた。口内の粘膜との境目をなぞられ、そのじわりと濡れた感触に背筋があわだつ。
「そうじゃなくて?」
「……」
 返事をしたいが、声を出したらおそらく舌が瀬名の指に触れてしまう。困ったまま見返すと、瀬名は不意に目つきを鋭くした。口内の指が抜かれ、三嶋は心中胸をなでおろす。
「何で風紀と生徒会が仲悪いか分かるか?」
「え?」
「俺らがお前らのワリ食ってっからだよ」
 瞬間、がらりと雰囲気を変えた瀬名の鋭い眼光に、三嶋は小さく息を呑んだ。
「風紀の仕事ってのは本来学園の風紀を正すことだ。制服はきちんと着ろ髪を染めんなハンカチちり紙をちゃんと持てってな。まあここにゃそんな校則ねえからいくら奇抜な髪にしようが耳に山ほど穴開けようがどうだっていいんだが。もちろん酒煙草の類は法律で禁じられてっから見つけりゃ取り締まるが、現状俺らの仕事の大半はトラブル仲裁だ。ケンカすんな弱い者をイジメんな暴力強姦刃傷沙汰は以ての外。さて三嶋、昨年度風紀が処理したトラブルで最も多いのは何か分かるか」
「え、ええと」
 突然の長口上に、三嶋は目を白黒させたまま頭をなんとか回転させようとする。だが瀬名は返事を待たずに続けた。
「八割近くが親衛隊の制裁、しかもそのうち七割が生徒会絡みときてる。残り二割がくだらねえイジメだの痴情のもつれだのストーカーだの。ヤンキー連中の喧嘩なんて全体の一パーセントにも満たねえ可愛いもんだ。なあ、どう思うよ三嶋。お前らがチャラチャラ色気振りまいてあっちこっちで楽しくつまみ食いしてる後始末をよ、何で俺らがしてやらなきゃなんねえんだろうな?」
「それは、その」
「まさかテメェらの代には関係ねえとでも思ってんじゃねえだろうな? なら引き継ぎからこっちお前らの親衛隊がどんだけ問題起こしてっかデータで見せてやろうか?」
 三嶋を一睨みした瀬名は、乱暴に椅子を引いた。パソコン画面に向かってマウスを握る瀬名を、三嶋は慌てて引き止める。
「い、いい。分かったから」
 自分の声が弱々しく震えたことに気づいてはいたが、しかしだからと言ってどうしようもなかった。三嶋は今まで荒事とは無縁な毎日を呑気に過ごしていたし、他人にあからさまな敵意を向けられることも生まれて初めての経験だったので。
「悪い、そんなに迷惑をかけていたとは思わなくて……」
 俯き声を震わせる三嶋に、瀬名は重ねる。
「悪気がなきゃ許されるとでも思ってんのか?」
「……ごめん」
 室内の空気はすっかり重くなっていた。三嶋はうつむき、「出直す」と呟いてきびすを返した。
 風紀委員室の扉がぱたんと静かに閉まる。それを見つめ、瀬名はまた一つため息をついた。

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