▼ 02

 思わず目を開け、その瞬間息が止まるかと思った。何が起こっているのかは状況から既に察してはいたが、実際に目の前で伏せられている長い睫毛を目の当たりにして、ようやく自分が三崎先輩にキスされているという現実が実感を伴って追いついてきたのだ。
 思わず身をよじると、重ねられていた唇は予想に反してすんなりと離れていった。目を開け、ぱちりと瞬きをした先輩がふわりと目元を緩ませる。

「かーわいー」
「なっ」

 言葉を返すようだが、俺は決して可愛くはない。身長も筋肉もそれなりにあるし、普段三崎先輩を取り巻いている、小柄できゃぴきゃぴしていてお前ら本当に生物学的に男なのかと問いただしたくなるくらいある意味可愛らしい親衛隊員達とは全く異なっているはずだ。が、まるで彼らを扱うのと同じように熱のこもった目で見つめられ、優しく目元を撫でられると、意に反して顔中に熱が集まるのを感じてしまう。
 だがしかし。

「なんでそんな目うるうるさせちゃってんの。そんなに良かった? ファーストキス」

 語尾にハートマークでもつきそうなくらいに弾んだ三崎先輩の言葉に、顏に集まろうとしていた熱はさっと引いていった。

「お、お、お、」
「ん? 何?」
「おれのファーストキス……」

 いや別に、ファーストキスとやらにそこまで夢を見ていたわけではない。夜景の見えるホテルでとか夕日の沈む海でとか、そんな風な恥ずかしいビジョンがあったわけでもない。だが、こうして生徒会室備えつけの給湯室なんかで、しかもチャラいだのタラシだのと評判の前会長に遊び半分で奪われるという未来予想図もさすがになかった。

「なーんだよ、そんなにやだった?」
「いや別に嫌ってわけじゃないですけどね……」

 どことなく不満げな声に、大して頭の働かないまま適当な返事。確かに人生初めてのキスだからといって、別にものすごいショックというわけではないのだ。ただひたすら脱力しているだけで。
 だが、それがいけなかった。
 ふーん、と俺の耳元で笑った三崎先輩の声に何となく嫌な予感を覚えたと同時、もう一度顎をとられて振り返らせられた。俺の顔を覗き込む三崎先輩の目は、嬉々として輝いていた。

「そっか、嫌じゃなかったんだ」
「えっ、あ、いや違う、そういうわけじゃ」
「じゃあもう1回しよっか」
「いや、いや待ってください違いますって」
「今度はさあ」

 顎に当てられていた手はそのままに、親指が口元まで這い上がってくる。思わず息を呑むと、指先でそっと下唇を撫でられた。咄嗟に歯をくいしばるより一瞬はやく、唇を割り口内に侵入してきたその指で粘膜をそろりとなぞられる。

「べろちゅーしよっか」

 悪戯っぽくそう囁いた三崎先輩の笑顔に、背筋がぞくりとした。それが恐怖からだったのか期待からだったのかは正直自分でも分からないが、無意識に喉を鳴らした俺を見下ろして先輩はいっそう笑みを深め、そして今度は食らいつくようなキスをしかけてきた。

「……ふっ、う、う……!?」

 唇を噛まれたと錯覚した瞬間、気がついたらぬるりしたものが口内に侵入してきていた。既に居座っていた指のせいで口を閉じることも歯をくいしばることもできないまま、今度は舌先らしきものに粘膜を撫であげられる。

「んっ、ん……っ!」

 反射的に引っ込めた舌は、しかしすぐに追ってきた先輩のそれに絡めとられた。表も裏も丁寧に撫でられ、味わわれ、そして引きずり出されてちゅうっと音を立てて吸い上げられる。

「う、ーーっ」

 言葉にならない声が俺の口から漏れるが、それを恥ずかしいと思う心の余裕はなかった。舌を舐められるとか吸われるということが既に初めての経験だというのに、というかそもそもキス自体初めてだというのに、容赦なく与えられる快感が大きすぎて思考が全く追いつかない。頭の中が真っ白になる、というのはこんな感覚のことを言うのだろうか。頭の芯がじんと痺れて、わけもなく泣きたいような気持ちになって、それから全身に力が入らなくなる。特に足の力が抜けてしまって立っていることすら辛いのに、背後から密着され腰を強く抱かれているから座り込むこともできない。

「っ、あ、……か、かいちょ……っ」

 口が離れたタイミングを見計らって訴えかけるも、「だから会長はお前だろ」と笑われて終わった。ああそうだったとぼんやり思い三崎先輩と呼び直そうとしたが、その前に今度は尖らせた舌先で唇を丸くなぞるようにゆったりと舐められる。焦れったいようなその感触が、認めたくはないがものすごく気持ち……、いややっぱり認めたくない。

「ん、あ、ぁ、んぁ……」

 口が開きっぱなしだからまともに話すこともできなくて、我ながらばかみたいに甘ったるい声ばかり出る。口内にたまっていく、おそらく2人分の唾液もうまく飲み込むことができない。足だけでなく腰の力も抜けてもうどうしようもなくなって、背後の三崎先輩にぐたりと背中を預けて目を閉じた時、

「ん、ん……っ!? 会っ、あ、せんぱ……っ!」

 思わず目を見開いて声を上げたのは、腹のあたりをうろうろしていた手がおもむろにカッターシャツの裾から侵入してきたからだった。三崎先輩の手が冷たいのかはたまた俺の体が熱くなっているのか、臍を越え胸元に向かって滑り上がってくる指先はひんやりと冷たい。

「ちょ、ちょっ、待っ、何、なんで」
「はは、何そんな焦ってんだよ生娘じゃあるまいし」
「えっ生娘って! 何なんですかその言葉のチョイス!」
「えー? あ、そっか和哉キスも初めてなんだもんな。当然処女かあ」
「ひっ、うわ、ちょ……っ」

 チャラチャラと親衛隊員達を渡り歩くその生活態度はともかくとして、少なくとも生徒会の先輩としては、俺は三崎先輩のことを尊敬していた。だからこんなことを言いたくはないが、しかし今回ばかりは言いたい。頭湧いてんじゃねーのかコイツ、と。
 だがしかしそんな脳内での罵倒にも気付かず、三崎先輩は俺の胸元を撫でながら器用にもう片方の手でボタンを外していく。あっという間にシャツをはだけられさらけ出された胸元に、ひんやりとした掌がするすると這い上がってきた。

「すっげ、乳首ビンビンじゃん」
「や、ちがう寒いからっ!」
「んー? そんなに触ってほしい?」
「だから違うっつって、ん、ちょ、んぁっ」

 三崎先輩に言われてこっそり見下ろし確認した俺の乳首は確かに、何というかこう、通常の状態ではなかった。要するにまあ立ってるわけなんだが、先輩の指はわざとそこを避けるようにその周りを滑っている。そのせいで余計そこが敏感になってしまうような気がした。

「ん、ふっ、ん……」
「なーに焦れてんだよ。ほんとかわいーねお前」
「ちが、う、ーーっ」
「しょうがねえな、触ってほしいんだろ? ほら可愛くおねだりしてみな」
「……っ!」

 断じて俺は焦れてもいないし触ってほしくもない。ましてや待ち望んでいたりなんか決してしていない。だというのにそんな俺の意に反してぷくりと尖った乳首の先、触れるか触れないかのすれすれの所に三崎先輩の指先が添えられると、まるで本当に待ち望んでいるかのように体が勝手に震えてしまう。これは良くない。本当に良くない。

「や、だめ、触んないでください……っ」
「んー? 聞こえなーい」
「無理、ほんとむりだからっ!」

 実際に他人に乳首を触られたことなんかないし、自分でも別に弄ったりしたこともない。だからそんな所が性感帯なんかであるはずはないが、それでも俺には分かった。今このまま三崎先輩に触られてしまったら、多分、いやきっとまずいことになる、と。だというのに。

「まあいっか、和哉のおねだりはまた今度ゆっくり聞こうかな」

 なんて不穏な呟きと共に三崎先輩は、おもむろに両方の指先を俺の乳首に押し当て、そしてあまつさえ根元から扱きあげるようにきゅっと軽く捻り上げてきたのだ。

「っ、んぁ、あ、ーーっ!」

 途端びりびりとしたような、もうさすがに自分でもごまかしきれないような快感が体全体を走り抜けた。そのせいで今度こそ足腰の力が抜け、その場にがくんと腰を落としてしまう。支えきれなかったらしく一緒に座り込んだ先輩の体に押しとどめられなければ、もしかしたら座っていることさえできずにそのまま後ろに倒れこんでしまったかもしれない。そのくらいの衝撃で本当に真っ白になってしまった思考の中、さすがに驚いたような三崎先輩の声が耳元で聞こえた。

「おい、お前ちょっと感度良すぎねえか? まさか既に誰かに開発されてんの?」
「っ、な、わけ、なっ」
「にしてはお前……よくこんなやらしい体で今まで誰にも食われずにすんだなあ」
「やらしくな……っ、あ、待っ、それだめ、もっ触んな……!」

 絞り出されたように膨らんだ乳首をくにくにといじられると、頭ではやめてほしいと思っているのに体は勝手にねだるように胸をつきだしてしまう。それを隠すべく噛みついてはみたけれど、さすがに自分でも分かるほど俺の発言には信憑性も説得力もなかった。

「っあーマジかよ、お前こんなにかわいかったの? さっさと手出しときゃ良かったかなあ」
「ひ、ぁっ、も、や、せんぱ……、やだぁ……」

 あーやばい、俺やだぁとか言ってる。やばい、恥ずかしい、消えたい。

「つうかすげぇな、キスと乳首だけでこんなにあんあん悶えてんの初めて見たんだけど」
「あ、んん……っ、や、ぁっ」

 しかも確かにあんあん言ってる。本当に消えたい。
 今ここに局地的に隕石とか降ってくれないだろうか。と思うもそんなことがあるはずもなく、代わりに降ってきた三崎先輩の唇に首筋を強く吸い上げられた。

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