▼ 02

 でも時には妥協というか譲り合いの精神というか、そういうのも必要かもしれないとも思った。 嫌だ嫌だと言うのは簡単だけど、別に俺は斉藤くんをしょんぼりさせたいわけではないしましてや傷つけたいわけでもない。だからと言ってさすがにケツは舐められたくないんだけど、でもまあパンツの上からでいいならそれくらいは譲るべきかもしれないと思ったのだ。
 が、それが間違いだった。
「早乙女くん、シャツをもうちょっと捲りあげてくれないだろうか」
「心から嫌だ」
「頼むよ。せっかく早乙女くんがTバックを履いてくれたっていうのにこのままじゃ何も見えないよ」
「……」
 つまりそういうことだった。風呂で色々洗って帰ってきた俺に渡されたのは、パンツはパンツでも俺がいつも履いている何の変哲もない普通のボクサーパンツのことではなく、以前誕生日プレゼントと言って渡されたあのもはや紐でしかないTバックだったのだ。
 何で置き場所を知ってるんだこいつ、とか、さっさと断っときゃ良かった、とか、色々思うことはあったけど既に後の祭り。妙な情け心が仇となって、気がついた時にはあれよあれよと言う間に押し切られ、結局俺は変態きわまりないパンツを履かされてしまっていた。
 これを斉藤くんに貰ったのは去年のことだったけど、当然今まで履いたことはなかった。だから今初めて履いたわけだけど、感想としてはとにかく布面積が小さすぎて落ち着かない、これに尽きる。そもそも前だってキツいしうっかりポロリしちゃいそうなくらい小さい。エロいとかそういうの以前に色々危ない。マジで紐かよってくらい細いところが容赦なく食い込んでくるし、後ろから見たら多分何もはいてないように見えそうなくらい丸出しだし、今は上に着たままの大きめのTシャツで隠れてるけど恥ずかしすぎてとてもじゃないけど見せられない。
 と思ったんだけど。
「早乙女くん……」
 何というかこう、寂しげなというか切なげなというか、そんな声で名前を呼ばれてしまったらやっぱり無視できなかった。あんまり認めたくはないんだけど、そろそろさすがに自分でも認めるしかないのかもしれない。俺が斉藤くんの、捨てられた子犬か何かのようなしょんぼりした顔にものすごく弱いってことを。
「……分かった、じゃあせめて電気消して」
「それは困る!」
 そんなに力強く断言されても、現在進行形で困ってんのは俺なんだけど。だってさすがにマジで恥ずかしいし、本当に無理としか思えない。だってそもそも男がTバックってどうなんだよ。いや、そりゃ男物のパンツなんだからそういうのを履く男だっているんだろうってことは分かっちゃいるけど、よりによって俺がTバックってどうなんだろうかと思うわけだ。思うわけなんだけど、
「……」
「……」
「……」
「あーもう、分かった! 分かったから」
 斉藤くんのしょんぼりした顔にはやっぱり勝てなかった。俺はもしかして押しに弱いんだろうか。これでもし斉藤くんが分かっててわざとやってんだとしたらデコピンの一発や二発はかましてやるんだけど。
「早乙女くん! 愛してる!」
 かくして、一気に満面の笑みになった斉藤くんはそんなことを叫びながら俺に飛びついてきた。しかもひとしきり俺に抱きついてきた後、ベッドの上に座りこんでTシャツの裾を押さえている俺の背中側にいそいそと陣取り、そして目を輝かせながら言ったのだった。
「よし、いいよ。裾捲って」
「いいよじゃねーよ……」
 くそ、嬉しそうな顔しやがって。





 正直緊張でちょっと手が震えた。でも覚悟を決めてTシャツの裾を捲り変態パンツを晒した途端、ほぼ丸出しの俺の尻には斉藤くんの視線が痛いほどに突き刺さってきた。
 視線が痛い、というのは漫画なんかではよく見る言葉だけど、実際視線に物理的な痛みがあるわけはないしただの比喩表現だってのは分かってた。でも違った。いやもうなんか、本当に痛いというかぴりぴりするというか、とにかく見られてる感がものすごくあって、そわそわして落ち着かない。いやそんな、そわそわなんてレベルじゃない。
 いてもたってもいられなくて振り返ろうとした途端、斉藤くんの両手がぴとりと尻に添えられた。輪郭を確かめるようにゆっくり撫で回しながら、斉藤くんは「やわらかい」なんて呟く。やわらかくねーよ普通の男のケツだよ、とは思ったが言葉にはならなかった。それより先に、斉藤くんが俺の尻の右側に噛み付いてきたからだ。
「っ、……!」
 かぷりと軽く歯を立てられ、それからぺろっと舐められる。それだけでもうダメだった。だって斉藤くんの舌は気持ちよくて、斉藤くんに舐められると俺の体は全身弱点だらけになってしまうわけで、当然尻だけが例外なんてことはない。だから斉藤くんがかぷかぷ甘噛みを繰り返しつつその合間に舌を這わせてくる度、俺の体は勝手にびくびく跳ねてしまって、しかもどんどん力も抜けてくる。膝立ちしてんのが辛くなって前の方に両手ついて、でも斉藤くんはむしろ顔をぐいぐい押し付けてくるから結局四つん這いというかシーツに肘も頭もついて尻だけ高く上げるようなちょっと恥ずかしい体勢になってしまって、もう気持ちいいしでも恥ずかしいしでどうしようと思っていたら、斉藤くんは一旦顔を上げて俺を見下ろし、相変わらず俺の尻を撫でながらしみじみと呟いた。
「早乙女くんのお尻はやっぱりやわらかくて可愛いな」
「別に可愛くねーよ。普通のケツだろ」
「普通じゃないよ。白くてすべすべでぷりぷりしてて可愛い」
 絶対普通にどこにでもある尻だと思うんだけど、いや別に鏡でまじまじ自分の尻をチェックしたりしたことはないから実際どうなのかは知らないけど、でもどうにしろ斉藤くんの目には何か良く分からんフィルターがかかってるとしか思えない。
「あー可愛い……」
 だって尻に限らず斉藤くんは俺を可愛い可愛いと何かにつけて言うけど、俺はその辺に転がってる普通の一男子高校生でしかないし、別にたいしてモテるわけでもないし、斉藤くん以外にそんなことを言われたこともない。でも逆に斉藤くんだけにそう言われ続けてきたせいなのか、今や斉藤くんに可愛いと言われるとそれをどこかで喜んでしまう自分もいて、なんかもう麻痺しているというか慣らされてしまったというか、もしかしたら俺はすっかり身も心も斉藤くん仕様に変えられてしまったのかもしれない。
 だから斉藤くんが両手の親指でぐいっと尻を割り開いてきた時も、それから俺に「自分で押さえて広げてて」なんて囁いてきた時も、俺は大した抵抗もせずに言われるがままにしてしまっていた。まだ斉藤くんが俺のことを好きだなんて考えもしていなかった頃の俺が今の俺を見たら一体どう思うんだろう。何してんだよばかじゃねーのと罵るのか、それともやっぱり結局そうなんのかよと呆れるのか。
「あー夢みたいだなあ……」
「何言って、……あ、んっ!」
 無防備になった俺の尻の割れ目を、かろうじて大事なところを隠してくれているはずの紐に沿って斉藤くんの指がすっと撫でる。それに反応して自分でもどうかと思う喘ぎ声が漏れてしまったのはもう今更だし仕方ないとして、隠れているはずなのに普通に直接触られてるのと感覚的には変わらないような気がしてちょっとこわくなった。つまりそんだけパンツが細くて薄いってことで、ということはこのまま舐められたら抵抗感的には薄れるかもしれないけど快感的にはヤバいってことで、
「ま、待て斉藤くん」
「ごめん待てないもう無理」
「え、あ、ああッ……!」
 慌てて止めた時にはもう遅く、俺の尻をがしりと掴んだ斉藤くんはその間に顔をうずめたところだった。

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