▼ 02

 重ねて言うが早乙女くんは可愛い。初めて早乙女くんの存在を知ったのは去年の春だが、それから一年と数ヶ月、早乙女くんは年中無休でずっと可愛かった。知り合った当初は教室で休み時間に時折話すだけだったが、そのわずかな会話の度に僕は早乙女くんの可愛さを再確認し続けていたし、教室だけでなく寮の部屋への出入りができるようになってからもそれは変わらなかった。漫画を読んで笑っている時や、つまらないテレビ番組を退屈そうに眺めている時や、スマホゲームをしながら喜んだり舌打ちしたりしている時ももちろん、何度か一緒に宿題やテスト勉強をした時に前髪が邪魔だと言って結んでいたのは思わず無言で激写してしまうほど可愛かった。ちなみにその写メは怒った早乙女くんに即消去されてしまったが、脳内アルバムにはしっかり刻み込まれている。
 とまあそんな風に、僕は起きている時間の八割以上を早乙女くん可愛いと考えながら過ごしていると言っても過言ではないほど早乙女くんに参ってしまっているわけだが、しかし現在、早乙女くんは今までの可愛さランキングを怒涛の勢いで塗り替え続けている。緊張でこわばりながらキスしてもいいと了承してくれたことだけでも可愛かったのに、様子見で今までと同じように触れるだけのキスしただけでぴくりと体を跳ねさせすがるように首に手を回してくれたのはもっと可愛かったし、舌を出してほしいと頼んだら潤んだ目で僕を睨みながらもその通りにしてくれた時に至ってはもう、本気で悶え死ぬかと思った。
 しかし同時に、僕は正直ものすごく緊張していた。したいしたいと思い続けながらも、いや思い続けてきたからこそだろうか、差し出された早乙女くんの舌先に念願叶って触れた瞬間、僕の心臓はこのまま破裂してしまうのではないかと心配になるくらいに高鳴っていた。だが実際に触れてしまうと、もうそんな心配をする余裕もないほど夢中になった。
 早乙女くんの舌は柔らかくて熱くてしっとりと濡れていて、ほんのり甘いカフェオレの味がした。輪郭をなぞって形を確かめ、それから表面を裏側まで撫でて、絡めて、吸う。舌を絡めて吸い上げた時、唇の内側を舌先でゆっくり辿った時、それから口の中、上顎のざらざらとしたかたい部分をなぞった時。早乙女くんは顎を上げて首をそらし、上擦った吐息を漏らした。頬の内側の粘膜はぽってりと厚くて柔らかく、反対に綺麗に並んだ歯の裏側はすべすべと硬かった。僕の首の後ろに回されたままの早乙女くんの手にはその間中ずっと痛いくらいの力がこもっていて、どさくさに紛れて抱きしめ返した体は時折反射のようにぴくりと跳ねた。一方そうして早乙女くんの口内を探っている最中僕が、特に僕の下半身がどうなっていたかと言うと、これはもうお察しである。脳内シミュレーションは何度も重ねていたものの現実の早乙女くんと舌を絡めてキスをするという刺激は予想をはるかに上回ってあまりにも強く、正直触らずとも暴発してしまいそうなほど高ぶっていた。僕が童貞だからなのかそれとも早乙女くんが可愛すぎるせいなのかは定かではないしできれば後者だと思いたかったが、実際はおそらく両方とも正解なのだろう。
 だがしばらく後、息を乱して苦しそうに僕を引きはがした早乙女くんは、そんな迷える童貞である僕をむくれた顔で睨んだ。
「斉藤くん何でこんな慣れてんだよ」
「え、いやまさか。僕は完全に初心者なんだが」
 突然濡れ衣を着せられて戸惑う僕に、早乙女くんは続けた。
「嘘つけ、じゃあ何でそんなに上手いんだよ」
「え……」
 戸惑ったまま考えること数秒。
「そんなに気持ち良かった?」
 辿り着いた推測をおそるおそる確かめると、早乙女くんははっとしたように目を見開いた後、慌てたように視線を逸らし、そしていかにも不本意そうな様子で小さく頷いた。
「だってなんか、斉藤くんのべろ、やべーんだもん……」
「……早乙女くん」
「……何だよ」
 早乙女くんは笑った顔や照れた顔ももちろん可愛いが、やっぱり拗ねた顔もとんでもなく可愛い。しかも今はキスのせいで上気した頬やまだ若干乱れたままの吐息や濡れた唇も相まって、扇情的なエロ可愛さまで兼ね備えている。出来るなら心のままにじたばたと悶え転がりたいところだったがそうしてしまうとせっかくのいい雰囲気が台無しになってしまうことは想像に難くなかったので、衝動を抑え込むために早乙女くんをぎゅっと抱きしめた。
「あー……」
「何なんだよ。つーか重いってば」
「……」
 しかし逆効果だった。なぜなら早乙女くんの首筋からは、シャンプーなのかボディーソープなのかとにかく何かほんのりと甘い香りがして、興奮を抑えるどころかむしろかきたてられてしまったからである。
「ねえ早乙女くん、アナルも舐めていいかな」
「は?」
「……あ」
 気がついたらその言葉は口から出た後だった。もちろん早乙女くんのアナルを舐めたいのは事実なのだが、多分今言うべきことではなかった。しまったと思ったが時すでに遅く、慌てて顔を上げると案の定早乙女くんは眉間に皺を寄せて僕を睨んでいた。
「いいわけねーだろ、ばか」
 拗ねた顔同様怒った顔も可愛いし、早乙女くんの口からでる『ばか』に至っては眩暈がするほど可愛いのだが、せっかくのいい雰囲気を結局台無しにしてしまったという点では完全に失敗だった。僕としてはこのままもっとキスがしたかったし、出来るなら隙を見てもう少し先へ進むというか少々触ったりもしてみたかったのだが、おそらく今日はもう無理だろう。自分の口の滑り具合を心底悔やまざるを得ない。
 しかし内心嘆きつつ再び早乙女くんの首元に顔を伏せると、頭上から呆れたような笑い声が降ってきた。
「はは、斉藤くんしょんぼりしすぎだろ」
「まあ、うーん、ごめん……」
「なあ、こっち向けよ」
 ひんやりした早乙女くんの両手が僕の顔を挟み、上向かせる。若干気まずいような思いもあったが大人しく顔を上げると、目の前には天使がいた。怒らせてしまったと思ったがそれはただのポーズだったのか、むしろ悪戯っぽい笑顔になっていた早乙女くんは僕を引き寄せてしかもこつんと額を当てるほど接近し、そして甘い声で囁いたのだ。
「ケツはやだけど、もっかいちゅーして」
 と。
「さっ、早乙女くん……!」
 僕のテンションと興奮が一気に急上昇したのは言うまでもない。まさか早乙女くんに誘われる日が来るだなんてまさに夢のようだし、しかも『キス』ではなくて『ちゅー』とは一体どこまで可愛くなれば気が済むんだ早乙女くん!
「ん、ぁ……っ」
 性急に舌を滑り込ませれば、満足げに目を閉じた早乙女くんはさっきよりも若干積極的に濡れた舌で僕を捕まえに来た。吐息の間に漏れ出す上擦った喘ぎ声が可愛い。今度は背中に回された手が僕のTシャツをきゅっと掴むのも可愛い。いやもうむしろ早乙女くんはここにいるだけで可愛い。
「ふ、っ、んん……」
 それから甘い声と息継ぎの間に早乙女くんが濡れた声で僕の名前を呼んだ瞬間、僕の幸せメーターは勢い良く振り切れた。早乙女くんの熱い体をぎゅうぎゅうに抱きしめ、そしてこっそり早乙女くんの服の中にそっと右手を差し込みながら僕は、世界一可愛い早乙女くんと出会えた僕はやっぱり世界一の幸せ者だなあと実感するのだった。

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