▼ 01

*その後の話(Aくん視点)


 早乙女くんは可愛い。これは別に惚れた欲目で言っているわけではなくおそらく誰から見てもそうだろうと思うが、ぱっちりした目もふわふわな髪も、夏が近づいて尚クーラーで冷えると言って着こんでいるパーカーの萌え袖も、しかも僕があげたパーカーをちゃんと愛用してくれている律儀さも、それから絶妙なツンデレっぷりや照れた時の表情も、とにかく何もかもが可愛い。僕がそう言うといつも早乙女くんは別に可愛くねーよとむくれるが、それもまた可愛い。つまり何が言いたいのかと言うと、こんなに可愛い生き物がこの世に存在していいのだろうかとまで思わせるほど可愛い早乙女くんに、キスより先をお預けにされている僕の心境を察して欲しいということだ。
 いや確かに、僕も別に性欲ばかりで早乙女くんを好きなわけではない。早乙女くんは可愛いし、もう本当にどうしてそんなに可愛いんだと言いたくなるくらい可愛いし、何だかんだ文句を言いつつも根は優しいし、そして何より早乙女くんがそこにいるだけで僕は幸せだから、たとえ何もさせてくれなかったとしても早乙女くんが僕の天使であることに変わりはない。だが早乙女くんが可愛いが故に僕の不埒な欲望は煽られていくわけで、本人にはそんなつもりは全くないだろう一挙一動にも、触りたいだとかキスしたいだとか抱きしめたいだとかもういっそどうにかしてしまいたいだとか、そんな風に思い詰めてしまうほど僕はこの三ヶ月の間ひたすら悶々としていたのだった。
 しかし、そんな我慢も今日までである。
 正確には今日全てが解禁されるわけではなく、早乙女くんが言うところの『そういうキス』までしかまださせてもらえないわけではあるが、それでも現状と比べれば大きな進歩にちがいない。
 というわけで、指折り数え、カレンダーに毎日バツ印をつけながら待ち望んでいた今日この日。僕のベッドにうつ伏せになって呑気に漫画を読んでいる早乙女くんの隣でじりじりしながら時計とにらめっこしていた僕は、日付けが変わるのを確認するなり早乙女くんに飛びついた。
「早乙女くん!」
「うわ、っ、え、何?」
「早乙女くん早乙女くん!」
「何だよ斉藤くん、どうした急に。つーか重いんだけど」
「なぜそんなに冷静なんだ早乙女くん!」
「は?」
 読みかけの漫画を伏せて身をよじり、仰向けになって僕と向かい合った早乙女くんの怪訝そうな表情を見るに、早乙女くんは今日が何の日か全く気がついていないらしい。この温度差は一体どういうことだと問い詰めたい気持ちもあったが、僕の下で僕を見上げる早乙女くんのきょとんとした顔があまりに可愛かったのでどうでも良くなった。ついでに言えば現在早乙女くんが仰向けになったことでまるで僕が自分のベッドに早乙女くんを押し倒しているかのような体勢になっているわけで、何と言うか非常にこう、あれなわけだが、しかしまさか欲望のまま襲いかかるわけにもいかないので、こっそり深呼吸を一つ、平静を装って口を開く。
「時に早乙女くん、今日何の日か知ってるかい」
「え、何かあったっけ?」
 首を傾げた早乙女くんが、近くにあった携帯に手を伸ばす。が、その確認をしてもらうわずかな時間さえ惜しかったので、早々に解答を提示することにした。
「今日で僕達が付き合ってちょうど三ヶ月になるわけだが」
「……あ、今日だっけ」
「約束、覚えてるかい」
「いや、うん、まあ」
 歯切れ悪く頷いた早乙女くんはそっと目を逸らし、うっすら赤く染まった目元を指の甲で擦った。そんな照れた仕草がまた可愛くてああもう何でこんなに可愛いんだと声を大にして叫びたくなるが、ぐっとこらえる。代わりに肘を折り、顔を近づけた。
「っ! ちょ、ちょっと待て!」
 しかし寸前で早乙女くんが僕の胸のあたりで手を突っ張ったので、僕の思惑は叶わなかった。なぜだ。僕はもう十分待ったはずだが。
「どうした、早乙女くん」
「どうしたじゃねーよ。いきなりすぎるんだよ」
「いきなり? 何を言ってるんだ早乙女くん。僕はもう三ヶ月も待ったんだけど」
「いやそういうことじゃなくて、こっ、心の準備というか」
 時間ならたっぷりあったはずなのになぜ準備しておいてくれなかったのだろう、と言いたかったが、やはりこらえた。早乙女くんは拗ねた顔や怒った顔も可愛いが、今機嫌を損ねてお預け期間が延びてしまうのは避けたい。
「じゃあもうちょっと待つことにするよ。十秒くらいでいいかな」
「いくらなんでも短けーよ」
「うーん……」
 本当はもう一秒だって待ちたくないわけだが、そうだ戦略を変えよう。
「分かった。早乙女くんはゆっくり心の準備をしていてくれ」
「うん……」
「でも舌を入れなければセーフだよね?」
「うん……、ん!?」
 早乙女くんの大きな目がさらに大きく見開かれる。が、反論を待たずに首を伸ばして唇を触れさせると、その目は反射のようにぎゅっと瞑られた。別にセーフじゃねーよと言われながらもちゅっちゅし続けた三ヶ月の成果だろうか。すっかり僕からのキスを受け止めることに慣らされてしまい、あまつさえ僕が着ているTシャツの裾をきゅっと握りしめてしまう早乙女くんはもはや可愛いだなんてそんな陳腐な言葉をとっくに超越してしまっているが、残念ながら僕の語彙力では表現できない。そんな風にすっかり骨抜きにされてしまった僕が一回や二回のキスだけで気がすむ訳はなく、むずがるように身をよじった早乙女くんはキスの合間を縫うように弱々しい制止の言葉を漏らす。
「は、っ、待っ……」
「心の準備はできた?」
「できる、わけ、なっ、……」
 が、頬を染めて可愛くいやいやされたところで僕の衝動が収まるはずもなかった。ふわふわした柔らかい髪を撫で、指先を白い首筋に滑らせる。
「早乙女くん……」
「んん、っ……!」
 早乙女くんの唇はぽってりと柔らかく、そしてしっとりと濡れている。それがまるで誘っているかのように見えてつい舌を伸ばし表面を撫でると、弾かれたように早乙女くんは目を開けたが、正直もう辛抱堪らなかった。逃げようとする顔を固定して角度を変えながらキスを繰り返し、表面を舌でなぞり、唇に吸い付いて、下唇を柔らかく甘噛みする。その一つ一つの動作に反応して早乙女くんの長い睫毛が震えたり、薄い眉がぎゅっと寄せられたり、唇のすき間から熱い吐息が漏れたりする。至近距離でそれを見つめながら、ああ幸せだなあと思った。僕の愛する早乙女くんが僕のことを憎からず思ってくれていて、そしてこうしてベッドに押し倒したりキスしたり首筋を撫でたりすることを許してくれている。こんなに幸せなことが他にあるだろうか。いや、ある。早乙女くんがもう少し先の段階に進むことも許してくれることだ。
「ねえ、早乙女くん」
「ん、ぅ、何……」
「そろそろいいかな」
「な、なにがだよ」
 口ではそんなつれないことを言いながらも、早乙女くんの顔はみるみるうちに赤く染まっていく。困ったようにうろうろと視線をさまよわせ、かつ恥ずかしそうにへなりと眉を下げる早乙女くんはいじらしくて可愛く、正直もう辛抱堪らないなんて状態さえとうに通り越しているわけだが、しかしじっと耐えて返事を待つこと数十秒。早乙女くんはちらりと僕を見て、視線が合うと慌てたようにまた目を逸らし、それから再びおずおずと僕を見上げた。絶妙な上目遣いの破壊力がすごい。これがわざとではなく無意識にしているところがまたすごい。そればかりか早乙女くんはそろそろと両手を伸ばして僕の肩に手をかけ、おそらく緊張でこわばったその手にきゅっと力をこめ、そして消え入りそうな声で言ったのだった。
「……わ、分かった。いーよ、して」
「……っ、……!」
 僕が頭を抱えて悶えたくなった気持ちを分かってもらえるだろうか。そのためには映像が必要かもしれないが、とにかく。僕の天使はやっぱり僕を萌え殺そうとしているらしい。

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