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食堂の端の空いている席に適当に座り、備え付けのタッチパネルを操作する榛名の向かい側から、会長は興味津々といった様子で身を乗り出し覗き込んできた。何がそんなに珍しいのかと聞けば、どうやら中2階の役員専用席ではわざわざウェイターが注文をとりにやってくるらしい。

「へえ、さすが至れり尽くせりだな」
「そうなのかな。まあ上は人数少ないから」
「ふうん」

ちらりと見回せば、だだっ広い食堂内に並べられたテーブルはのきなみ満席になっている。購買組や自炊組も存在するのでさすがに校内の全生徒が詰めかけているわけではないが、確かにこの人数にいちいち注文を取って回るだけの人手はないだろう。

それにしても、と榛名はメニューを選択し終えたタッチパネルを会長の方に向けてやってからふと考えた。榛名も普段は購買で適当に買ったもので朝昼晩と済ませることが多いので普段の食堂の利用率を知っているわけではないが、いささか人が多すぎるのではないだろうか。しかも意識して見ればちらちらとこちらに向けられる視線も多いし、やけに騒がしい。

はて、と首を傾げた榛名はしかし、目の前に座る会長を見てその原因に思い至った。

「人気者だな」

しみじみと呟くと、タッチパネルから顔を上げた会長が、え? と首を傾げる。その小動物のような仕草に榛名が思わず口元を緩めかけた時、突然2人の間にずいと身を乗り出すように割り込んできた人影があった。

「お昼時にすいません! 僕達新聞部なんですが5分だけお時間よろしいですか!?」

全く見覚えのない生徒ではあったが、辺りをはばかることなく放たれた大声と新聞部という言葉に榛名はかすかに眉を寄せた。ちらりと視線を向けると、会長は気圧されたように割り込んできた生徒生徒を見つめている。その眼鏡の生徒と、それから彼の斜め後方にいる首からカメラを下げた生徒の2人に再び視線を戻した榛名は、冷たく言い放った。

「うぜえ」

さりげなく成り行きを窺っていたらしい周囲の生徒達がぴしりと固まる。ついでに会長まで目を丸くして固まった。
だが、肝心の闖入者は全くめげなかった。

「すいませんそこをなんとか! 広瀬会長、お2人はやっぱりお付き合いされてらっしゃるんですか?」
「え……うーん、どうかな」
「えっ秘密ってことですか? でもさっき廊下でキスしてたって聞きましたけど!」
「え、ええと、いや秘密ということではなくて」

どこか困ったように曖昧に微笑んだ会長が、榛名に伺いを立てるような視線を寄越す。その視線を受けた榛名は、内心首を傾げた。こうして公衆の面前で榛名と連れ立っている以上、榛名との関係を隠したいわけではないのだろう。だが、そうだとするとなぜはっきり認めてしまわないのか。

しばし考えた榛名は、その時ふと思い至った。好きだと言われて、好きだと返した。体の関係もあるし、順番は逆だったが名前も覚えた。だが付き合おうとわざわざ口に出したことも、反対に出されたこともない。
なるほどそういうことか、と納得し、榛名は小さく頷いた。

「どっちがいい?」
「え?」
「お前の好きな方でいい」

自分達の関係を恋人と認識するか、それともそれ以前の段階のままで留めておくのか。判断を委ねられたことに気がついた会長が、一拍遅れて目元をわずかに赤く染めた。

「……いいの?」
「ああ」
「じゃあ、ええと」

照れたような表情のまま、会長が新聞部の2人に向き直る。そして会長は言った。

「付き合ってる」

息をひそめて会長の言葉を待っていた食堂内の生徒達は、一斉に爆発したかのようにどっと湧いた。驚いたように辺りを見回した会長が、やや不安げな目で榛名を見る。一方榛名はと言えば、会長の出した答に自分でも驚くほどの満足感を覚えていた。半ば無意識に表情を緩めると、会長もほっとしたように顔をほころばせる。

そんな2人の様子を目を輝かせながら見つめていた眼鏡の新聞部員は、喜々として次の質問を投げかけた。

「広瀬会長、榛名さんの好きなところを教えてください!」
「うーん、そうだな。格好良くて優しいところ?」
「じゃあ榛名さんは会長のどこがお好きなんですか?」

さらに投げかけられた質問に、しかし榛名が素直に答えるわけがなかった。

「うるせえよ。5分経ったろ」
「まだ経ってませんよ! ぜひ一言!」
「うぜえっつってんだろ、散れ」

いっそテーブルを蹴り上げてしまいたい衝動に駆られるが、榛名は耐えた。決して眼鏡の生徒を気遣ったわけではなく、対面にいる会長を怖がらせたらかわいそうだな、と思ったためだ。
代わりに睨みを効かせると同時、緊張した空気の中こわごわとウェイターが2人分の料理を手にやってきた。さすがに食事の邪魔まではする気がなかったのか、新聞部の生徒達が存外すんなりと礼を言って引き上げる。2人の背中から視線を外した榛名は、自分が注文した方のカツ丼を引き寄せた。

購買で適当に弁当やパンを買って食事を済ませることが多いため普段から何かと騒がしい食堂はほとんど利用したことがなかったが、しかしなかなかうまい。内心感心しつつ榛名が無言でカツを味わっていると、本日の日替わり定食Dを前に神妙な顔をしていた会長がおずおずと切り出した。

「本当に良かったの?」
「何が」
「俺と付き合ってくれるって……」
「お前の好きな方でいいっつったろ」
「うん、でも」

サラダを箸でつつきながら会長がやや口ごもる。しかし榛名が目線で促すと、再び続けた。

「さっきの返事、ちょっと聞きたかった」
「さっきの?」
「俺のどこが好きかって」
「ああ」

どこが好きかと問われると、改めて説明するのはなかなか難しいものがある。好きなものは好きでいいだろうにとも思うが、新聞部のどうでもいい生徒達は蹴散らせても会長を邪険に扱いたいわけではなかった。漬け物を咀嚼しながら榛名はしばし考え、そして口を開いた。

「犬みてえなとこ?」
「……え、犬?」

喜べばいいのか落ち込めばいいのか分からない、と言いたげに複雑そうな表情をした会長を見て、榛名は言葉を足す。

「俺といる時のお前は尻尾振ってる犬みたいでかわいい」
「……えっ」
「まあさっきみたいに隣にいんのに平然とされてちゃ面白くねえけど」
「え、さっきって?」
「廊下でのこと。でもまあお前の色んな表情を俺だけが見れるってのがいいわけで、そう考えるとさっきのはちょっとしくじったな。もったいねえことした」
「な……」

絶句した会長が慌てたように片手を上げて顔を隠す。それから、消え入りそうな小さな声で呟いた。

「何で今そんなこと言うの……」
「本当だな。2人ん時に言えば良かった」
「あー……」

日常に戻った食堂のざわめきに紛れて2人の会話は周囲には聞こえてはいないはずだが、しくじったと言ったそばから同じミスを重ねたことは面白くない。それにそもそも馬鹿正直に自分の気持ちを話すことは苦手だったはずだった。
だが、こうして自分の言葉に一喜一憂する会長の姿を見るのはやはり悪い気分ではない。
会長の隠しきれていない真っ赤な両耳を見ながら丼に残った米をかきこんだ榛名は、ぱちんと箸を置いた。

「お前も早く食え」
「あ、うんごめん」
「それから午後さぼれ」
「え?」

慌てて箸を手にした会長が、きょとんとしたように目を丸くする。

「いつもんとこ寒いしな、俺の部屋行くか」
「えっ」

そして榛名の意図に気づくと、ようやく平常通りの色に戻りかけていた頬をもう一度赤くした。今度は両手で顔を隠し、俯く。小さく「ずるい」と呟いたその声がかすかに震えていることに気づいた榛名は、テーブルの下で会長の足をこつんと蹴った。

「おい、今泣くな。部屋まで我慢しろ」
「泣いてない……」
「そうか。ならさっさと食え」
「胸がいっぱいでもう食べられない」
「……」

虚をつかれた榛名はたっぷり10秒沈黙し、そして呟いた。

「……お前の方がずるくないか」

驚いたような声を出して会長が顔を上げる。頬を染めたままの恋人の腕を掴んで立ち上がった榛名は、表面上は平静を装いつつもその実やや早足で食堂を後にしたのだった。

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