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まだ昼休みの時間帯なので当然のことではあるが、玄関に同室者の靴はなかった。それを横目で確認しながら部屋に入る榛名に続き、お邪魔します、と小声で呟きながらおずおずと靴を脱ぐ会長は、他人の部屋に緊張でもしているのか借りてきた猫のようにすっかりかしこまっている。人を招いたわけだから一応飲み物でも出すべきなのだろうかと殊勝な考えが榛名の頭を一瞬だけよぎったが、しかしそもそももてなし用の珈琲紅茶その他お高い飲料の類の用意はない。結局共有スペースの居間もキッチンも素通りし、個室の扉に手をかけた。

「散らかってっけど」
「ああ、いやお構いなく」

地球環境にも電気代にも構わず24時間稼働させているエアコンは、部屋の主が不在の間もしっかり働いていたようだ。扉を開けた瞬間流れ出てきた暖かい空気に会長は驚いたように目を丸くしたが、すぐに気持ちよさそうに目を細めた。

「あったかい」
「ああ。さっさと入れ」
「あ、ごめんお邪魔します」

慌てたように部屋に入りいそいそと扉を閉める会長を横目に、榛名は一旦教室に寄り取ってきた鞄を床に放り投げた、次いで部屋着に着替えるために制服のブレザーとカッターシャツを脱ぎ捨てる。途端、会長が焦ったように視線を逸らした。
それを視界の隅に捉えた榛名は、内心で首を傾げた。散々体を重ねておいて今さら裸くらいで一体何を恥じらっているのだろうか、そもそも男同士なのだから大枠では同じ身体だろうに、と。

だが理解はできなくとも、会長の恥じらう姿が榛名は嫌いではなかった。むしろそこが好ましい点の1つでもある。わずかに口元を引き上げた榛名は、脱ぎ捨ててあったTシャツを拾いがてらベッドに腰かけ、鷹揚に隣を叩いた。

「んなとこ突っ立ってねえで座れば」
「あ、う、うん」

しばし視線を彷徨わせてから足元に自分の鞄を置き、それからようやく寄ってきた会長がそろりと隣に腰を下ろす。それを内心で待ち構えていた榛名は、その途端会長を押し倒して覆いかぶさった。

「榛……っ、ん、ぅっ」

柔らかな唇を割って舌を押し込み、手探りで会長のネクタイを緩めて引き抜く。同時にもう片方の手で後頭部を押さえ、ついでに整えられた髪の毛をぐしゃりとかき回す。顔を離すと、吐く息を乱れさせ頬をほんのり染めた会長が、わずかに潤んだ瞳で見上げてきた。

「よし」
「え……?」
「いや、こっちのこと」

不思議そうに首を傾げる会長を見下ろし、榛名は内心非常に満足していた。こうして表情も髪型も首元も吐息も乱れさせた会長は、すっかりいつも通り、正確には地学第三準備室で榛名と過ごす時の彼に戻っている。決して、きちんとネクタイを締めて背筋を伸ばし周囲に爽やかな笑顔を振りまく生徒会長ではなく。

「榛名?」

そのまま榛名が動かずにいると、会長はベッドに肘をついてわずかに上体を起こした。潤んだ瞳に怪訝そうな色を浮かべ、榛名の頬にぺたりと手を当てる。榛名がその熱を持った手を取り指を絡めると、会長の滑らかな頬にはさらに赤みがさした。その様子にますます満足し、榛名はぽつりと呟いた。

「独占欲ってやつかな」
「……えっ?」
「いや何か違えな」
「え?」

一瞬目を丸くした会長が、やっぱり違ったの? とでも言いたげに眉を下げる。それを微笑ましく思う自分を客観的に見ると柄にもないとむずがゆくはあるが、しかしそれでもかわいらしいものはかわいらしい。頬を緩めた榛名は、再び会長を押し倒した。





「あ、あっ……! だめ、そこ……!」
「ここか」
「ふ、あっ、だめっ、だめもう、ーーっ!」

声にならない声を上げて、会長は榛名にすがりつくように体をこわばらせた。びくびくと震えた背中を撫でてやり、榛名は小さく息を吐く。

「なんかすげえな、今日」
「ん……、榛名……」

キスをねだる会長に応えてから、榛名は身を起こした。会長とこういうことをするようになってから常備するようになった避妊具は既に鞄から取り出し、先程使い切ったローションのボトルと共に枕元に転がしてある。手を伸ばしそれを引き寄せた榛名は、ベッドに横たわって息をととのえようとしている会長にちらりと視線をやった。未だベルトを緩めさえしていない榛名に比べ、会長は既に二度、指だけで精を放っている。しばしそのぐったりした姿を見下ろし、榛名は尋ねた。

「このへんでやめとくか?」

普段よりも敏感になっているらしい会長の反応が心地よくてつい調子に乗ってしまった自覚はあった。ここで頷かれてもそれはそれで酷だが、しかし無理をさせたいわけでもない。そう考えた末の言葉だったが、会長は驚いたように目を見開き、それから榛名の首に腕を回して身をすり寄せてきた。

「やだ、やめないで」
「……大丈夫か?」
「大丈夫だから、いれて、お願い……」
「……」

ごくりと喉を鳴らし、榛名は蹴り散らすように服を脱いだ。手早く準備を済ませ、刺激もしていないのに既に猛りきっているものの先端を押し当てる。指で散々弄って柔らかくしたそこにゆっくり奥まで押しこめば、会長はきつく目を閉じ喉をそらした。

「ん、あ、あっ……!」

最初の頃こそ声を聞かれることをひどく恥ずかしがっていたが、最近ではすっかり諦めたのか会長の口からはあられもない声が惜しげもなく放たれる。律動にぴたりと合わせて上がるその高い声は、榛名の欲を存分に刺激する。ゆっくり動けばとろけるように甘く、奥まで突けば切羽詰まったように掠れた声がもれる。眉を下げ頬を染めて喘ぐ会長を見下ろし、榛名はその頬をするりと撫でた。閉じられていた瞼がゆっくり上がり、うっとりと溶けたような視線が返ってくる。

「広瀬」

ふと思いついて呼びかければ、会長の潤んだ瞳は急速に焦点を結んだ。驚いたような表情にも無理はない、今の今まで榛名は「おい」だの「お前」だのと呼ぶばかりで会長の名を口に出したことはなかったからだ。何かを言おうとしたのか口を開いた会長は、しかし結局何も言わずにゆるゆると口元をほころばせる。だが榛名は、何か違うなと内心首を捻り、改めて会長の名前を呼んだ。

「幸成」
「……!」

その途端、会長は今度こそ視線に驚愕を滲ませ、小さく息をのんだ。真ん丸に見開かれたその目にぶわりと涙の膜が盛り上がる。

「おい、また泣くのか」
「泣い……てな……っ」
「泣いてんだろ」
「ふ……っ」

まあ今なら別に泣いてもいいけどな、と付け足しつつ、榛名は会長の目尻から溢れる涙を親指で拭う。それから濡れたまぶたに唇をよせると、そのまま強くしがみつかれた。

「もっかい名前呼んで……」
「幸成」
「……っ……」

ぐすん、としゃくりあげた会長の頭に手を添える。と同時、繋がっている部分がきゅっときつく収縮した。

「っ、お前……急に締めんな」
「ごめ、ん、違うわざとじゃな……っ」
「あ?」
「ちが、分かんないけど、っ、う、うれしくて」
「……」
「っ、んあっ!」

腰を掴み奥に打ちつけると、会長は仰け反り高い声を上げた。浮き上がった喉仏に軽く噛み付けば、榛名の腕の中で見た目よりも細い体が頼りなく震える。

「あ、あっ、榛名……!」
「ん」
「ふ、あっ、榛っ、好き……!」

首に回され腕の力が強まると共に、内壁もきゅうきゅうと締め付けてくる。内からも外からも強くしがみつかれ、榛名は小さく呻いた。しかし、こうして隙間なく繋がってはいてもまだ何かが足りないような気もする。動きを緩めながらしばし考えた榛名は、ふと口を開いた。

「お前は呼んでくんねえの」
「え……?」
「名前」
「い、いいの?」
「当たり前だろ」
「……っ」

少しの間を置いて、会長は口を開いた。榛名の耳元で、震える声が小さく「智明」と囁く。それに榛名が自分でも驚くほどの昂揚感を覚えたと同時、会長の涙腺が完全に決壊した。ぼろぼろと流れだす大粒の涙を拭いつつ、榛名は目を細める。

「泣き虫」
「ごめ、ううっ……と、智明……」
「ああ」
「せっかく智明が笑ってるのによく見えない……」

涙をいっぱいに溜め睫毛まで濡らした会長を、榛名はわずかに目を見開き見返した。言葉を失ったまま沈黙すること数秒、額を抑えぽつりと呟く。

「ああもう……お前は本当に……」

最初はただの興味本位のはずだったのだ。おずおずと近づいてきた会長を興味本位で捕まえ、押し倒し、体を暴いた。それなのにまるで子犬のように自分に懐き、驚くほどまっすぐに素直な気持ちをぶつけてくる会長に、気がつけばいつの間にかすっかり夢中になってしまっている。少なくとも、それはそれで悪くないと思えるほどには。

小さく息を吐いた榛名は一瞬だけ目を瞑り、そしていまだ泣きじゃくる会長をそっと抱きしめ返した。





その日の放課後、さっそく貼り出された校内新聞の見出しには「広瀬会長交際宣言」の文字が踊っていた。翌日の朝に遅れてそれに気がついた榛名は、靴を履き替えながらちらりと一瞥しただけだったが、人知れず満足気な笑みを浮かべてそこを立ち去ったのだった。

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