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冬の近づいてきたとある日の昼休み、榛名は校舎裏手のベンチに座っていた。たまには一緒に昼食でもどうかと会長に誘われたため、こうして購買で購入した弁当を手にやってきたのだ。会長が普段利用しているという食堂に行かなかったのは人目と騒ぎを避けるためであり、榛名のテリトリーである地学第三準備室に行かなかったのは教室からも購買からも距離があるため短い昼休みでは行き来が面倒だったからである。しかし、たとえ人目を避けるためであっても屋外を選んだのはどうやら失敗だったようだ。

「寒いな」
「うん、寒いね……」

答えた会長が、音を立てて吹き抜けた風に首を縮める。マフラーでも持ってくれば良かったか、と榛名は一瞬考えたが、今更どうしようもない。結局2人にとって地学第三準備室以外での『初めてのデート』である昼食は、身を縮こまらせて寒さに耐えつつもそもそと弁当を咀嚼し食べ終わったら早々と解散するという、なんとも残念な結果に終わったのだった。
 




翌日の朝、榛名が登校すると昇降口の一角に人だかりができていた。どうやら掲示板に校内新聞が貼り出されているらしい。元々他人に興味のない榛名は、校内新聞が好んで書く学園内の有名な生徒や教師のゴシップネタにはなおさら興味がない。だから一瞥もくれずに靴を履き替えそこを素通りしようとしたのだったが、しかしその時榛名の耳は「会長」という野次馬の声を拾った。

他人には興味がないが、会長はその限りではない。思い直して足を止めた榛名は、人だかりの後ろからひょいと掲示板を覗きこんだ。

校内新聞との間には何層も野次馬が連なっていたが、大きく引き伸ばされた写真と、これまた大きな文字の見出しを読む分には不都合はなかった。『広瀬会長秘密のデート』という安直なタイトル、そして、並んでベンチに座っている自分と会長の姿を斜め後方からとらえた写真を交互に眺め、榛名はうっすら眉を寄せた。





その日の昼休み、榛名と会長は校舎の廊下を歩いていた。元々昨日のリベンジを兼ねてどこか屋内で目立たない場所を探す予定だったのだが、あれだけ大々的な騒ぎになったのならばもうこそこそしても仕方がないと開き直って食堂に向かうところである。

こうして地学第三準備室以外の場所を連れ立って歩くのは初めてだったが、どこから嗅ぎつけたのか会長親衛隊が直撃してきた事件、及び今回の校内新聞騒動で、どうやら2人の仲は周知の事実になったらしい。すれ違う生徒は興味津々に振り返り、教師さえ驚きや好奇心を含んだ視線を投げかけてくる。それどころか、2人が通った後には珍しい光景を一目見ようと野次馬が集まってくる始末だった。

そんな中を、しかし榛名は飄々と歩いていた。元々大して他人に興味を持たない性質なので、外野の視線やひそひそと交わされる噂話はこんな時でも彼を煩わせなかったのである。榛名が興味を持っていたのはただ一点、隣を歩く会長の様子だった。

地学第三準備室で過ごす時、会長はいつでも表情豊かだ。榛名の一挙一動によって喜んだり、笑ったり、時には泣いたりする。だが現在、第三者の視線に晒されているこの状況では、会長は広瀬幸成という一人の生徒として榛名の隣にいるよりも、完全無欠の生徒会長の皮を被ることを選んだらしい。
涼しげな表情で背筋を伸ばして歩き、時折声をかけてくる知り合いらしき生徒に爽やかに挨拶を返す会長を横目で眺め、榛名は内心首を傾げる。
生徒会長としての彼のことは、これまでにも何度か集会で目にしたことがある。けれどそんな時の壇上の会長の姿は、そして今隣にいる会長の姿も、どうしても榛名が知る彼とは一致しないのだ。

食堂に向かう道のりの半ばほどで、榛名はついに足を止めた。それにつられて不思議そうに立ち止まった会長の頬を、右手でうにっと掴んでみる。

「……!?」

榛名の手により両頬を寄せられ、たこのような口にされた会長は、驚いたように目を丸くした。同時に、2人の周囲にいた野次馬達がしんと静まり返る。驚いた顔のまま会長が問いかけるように呼んだ榛名の名前はもごもごとくぐもり、「はるにゃ?」と聞こえた。そのどことなく間の抜けた様子が、ようやく榛名の知る普段の彼と一致する。

「双子の弟じゃねえよな?」
「違う……」
「ならいい」

頷いた榛名は、そのまま会長のたこのような唇に自分の唇を押しつけた。目を丸くしたままの会長が小さく息をのむ。無表情のままそれを一瞬だけ見つめ、榛名は会長の顔から手を離して再び歩き始めた。立ちつくしていた会長が、慌てたようにその後を追う。

「は、っ、榛名」
「ん」

一拍置いて先程の倍以上に膨れあがった周囲のざわめきをしりめに、榛名は追いついてきた会長を横目で見やった。

「いっ、今のなに」
「何って。嫌だったか」
「違、ちがうけど、なんで急に」
「……さあな」

本音を言えば榛名は、なんとなくつまらない気持ちになっていたのだった。いつもとは違う、生徒会長としての彼を目の当たりにしたことで。だが、なぜと聞かれてもうまく説明できそうもないし、そもそも馬鹿正直に自分の心境を話す気もなかった。それきり口をつぐんだ榛名を、会長はまたもや不安げに見上げてくる。
馬鹿正直に説明する気はないが鬼でもないのでその頭をぐりぐりと撫でてやれば、2人の背後では再び、悲鳴交じりの歓声が弾けた。

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