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勢いのままなだれこんだのは、一区画先の寂れたラブホテルだった。無人のロビーを抜けた香坂は、吟味する間も惜しんで目についた手近な部屋を選び、扉を閉めるなり末吉の体を壁に押さえつけて食らいつくように唇を重ねた。抵抗は全くなかった。それどころか香坂の首に両腕を回し、むしろ積極的に応えてきた。だから余計に夢中になった。薄い唇をくるりと舐め、上顎をなぞり、歯の裏まで食らい尽くすように舌を這わせる。絡ませられた舌を音を立てて吸うと、末吉は荒い息の間に喉の奥からくぐもった声をもらし、そして最後には壁に背中を預けたままずるずるとへたりこんだ。首筋にしがみつかれたまま、引きずられるようにしゃがみこむ。長い睫毛を伏せ吐息を乱している末吉を見つめた香坂は、ふと口の端をつり上げ、笑った。

「キスだけで腰抜かしてんじゃねえよ」
「……るっせえな」

は、と息をついた末吉が、苛立たしげな視線を上げる。その目元がうっすら赤く染まっているのを見つけ、香坂は奇妙な満足感を覚えた。再びキスを仕掛ければ、末吉は不満げな表情とは裏腹に従順に顎を上げ、目を閉じる。薄く開かれた唇の隙間から舌をねじこみ、そして香坂は、末吉のTシャツの中に手をさしこんだ。

「ん……っ、あ……!」

何度も重ねた行為を、考えずとも手がなぞった。細い腰を指先でくすぐり、背中をそっと撫で上げる。甘い声がもれたために一瞬離れた唇を追いかけ、口内で跳ねた舌を絡め取る。逆の手で後頭部を掴んでさらに引き寄せながら、薄い胸板を探り、指先で引っかけた乳首を摘み、転がす。

「んっ、ふ、ぁ、あっ……」

合わさったままの口からか細く漏れる声に、香坂の興奮は頂点に達した。激情のまま、熱く滾った下半身を腕の中で甘く震える身体に押し付け、末吉のベルトのバックルを外すべく手を伸ばす。だがそこで、ようやく思い出したかのような抵抗があった。

「は、待て、がっつきすぎだっつうの」
「うるせえよ。黙ってヤらせろ」

目をギラつかせ発情した獣のように、香坂は唸った。しかし、その手を押さえつける末吉の力は緩まなかった。

「ったく、ムードもクソもねえな」
「あ?」
「まあいいけど。シャワー浴びてくっからちょっと待ってろ」
「いいだろ、そんなの。女かテメェは」

するりと立ち上がり腕の中を抜け出しかけた身体を、無理矢理抱きとめる。だが、今回は大人しく従いはしなかった末吉は、むしろ香坂の脛を蹴りつけてきた。

「アホか。あそこにいた時とは違うんだぞ」
「は?」
「どこ使うと思ってんだよ。何の準備もなしにそのまま突っ込めっかよ」
「あ? ……あ、ああ」

毒気を抜かれた香坂が腕の力を弱めると、末吉は今度こそ立ち上がった。一歩踏み出し、それからちらりと振り返る。

「大人しく待ってろ。せいぜい準備運動でもしてろよ」

目を見開いた香坂が反論するより早く、腰を屈めて香坂の額に一つキスを落とした末吉は、妖艶に笑ってバスルームに消えた。





一人取り残された香坂は、テレビをつける気にもなれずベッドに寝転んでいた。ふと、先程の末吉の台詞を思い出す。あそこにいた時とは違うんだぞ、彼は確かにそう言った。思い返せば、確かにあの頃は何の準備もなしに事に及んでいた。今までそれを疑問に思ったことはなかったが、言われてみれば確かに衛生面やその他諸々の点で疑問が残る。しかし、そういえば食事をしていた覚えもないからそんな必要もないということだったのだろうか。

だが、そこまで考え納得しかけた香坂は、けれど再び首を捻った。なぜ末吉は、香坂が思い至りもしなかったそれを認識していたのだろうか。そしてなぜ、男同士の行為には前準備が必要なことや、そのやり方を知っているのだろうか。

その疑問が解けたのは、バスルームから戻ってきた末吉をベッドに押し倒し、羽織っていたバスローブを剥ぎ取り、そして備え付けの自動販売機から引き抜いておいたローションを絞り出して性急に指を末吉の体内に潜り込ませた時だった。違和感のないことに、反対に違和感を覚えたのだ。中の感触はあの頃と変わらないように思える。香坂の実感としては、あの世界の身体は今の自分の身体とはリンクしてはいなかったはずだ。それが正しいとすれば、末吉の身体にも、そこを使った経験があるはずはない。だというのに、今すぐにでも押し入ってしまえそうなほどの柔らかさは一体。

「テメェ、まさか他の男に弄らせたんじゃねえだろうな」

それならば辻褄が合う。末吉が男同士の行為やその前段階について詳しかったことが。だが、凶悪と言って差し支えないほど鋭い眼光で睨みつけた香坂を見上げ、末吉は不快げに眉を寄せてみせた。

「はあ? どこの誰にんなことさせなきゃなんねえんだよクソが」

今まさに香坂に弄らせていることを棚に上げたその台詞は、しかし嘘ではなさそうだった。それならば、と香坂は改めて考えをめぐらせる。それならば、残る可能性は一つだった。

「じゃあ自分でしたのか?」

言いながら、差し入れた指の先を既に知り尽くしている箇所に押し当てる。指で、もしくは自身で刺激した時に、一際末吉から余裕を奪う場所。案の定反応を見せ甘く身を震わせた末吉は、それを恥じらうように唇を噛み、それから上目で香坂を睨んだ。

「……何がだよ」
「ここ。自分で触ったのかって聞いてんだよ」
「ん……っ、あ、あッ……!」
「おいコラ、喘いでねえで答えろ」
「っふ、あ、わ、悪いかよ!」

答えろと言っておきながら末吉の反応に夢中になりつい中を刺激し続けていた香坂の手に、末吉の手が重ねられる。かすかに震えるその手でようやく香坂の動きを押しとどめ、そして末吉は気まずそうに視線を逸らした。

「っ、仕方ねえだろ。お前がっ……」
「……俺が?」

思わず息を止め、掠れた声で先を促す。そろりと戻ってきた末吉の視線が、動きを止めたまま固唾を飲む香坂を、甘く詰った。

「散々お前にあんなことされて、……俺だって、忘れられるわけねえだろうが……」

一重瞼の縁をほんのりと赤く染めた目が、わずかに潤んでいる。香坂は心臓が音を立てて動いたのを自覚し、それを隠すように末吉の首筋に顔をうずめた。無言のまま、深い息を一つ吐く。と、抱きしめ返されるように首に回された手に、髪を引かれた。

「なんだよ、何黙ってんだよ」

香坂の沈黙をどう捉えたのか、どこか焦ったような声。宥めるために頭を撫で、背中を抱き寄せ、香坂はしみじみと呟いた。

「……………ったく、お前は……」
「くっそ……分かったら早く入れろよ」
「さすがにまだ早えだろ」
「いーってもう、つうかさっき解してきたし」
「は?」

思わず顔を上げると、至近距離で目が合った。香坂を睨む、けれど潤んだ瞳。心臓が再びごとりと動く。

「お前……どんだけ俺とヤりてえんだよ」

もう一度抱きしめなおしながらついた悪態は、完全に照れ隠しだった。けれど末吉には、どうやら見透かされていたらしい。耳元でかすかに笑い声がした。視線を上げ末吉を睨んだ香坂は、唇を押し当ててその声を奪い、そして猛り切った下半身を、潤った小さな穴に押し当てた。

舌を絡めたまま先端をめりこませると、首に回されている手の力がぎゅっと強くなる。細い腿を両手で割りながらさらに奥へとゆっくり押し入れば、末吉は顎を上げ、ひゅっと喉を鳴らした。

「……っ、う、あッ……!」

甘いというよりは、むしろ苦しそうな声。少なくともこの身体では男を受け入れるのは初めてだろうから、実際苦しいのだろう。事実体内はひどく狭く、香坂のものをぎゅうぎゅうと締め付けてくる。

「は、っ、おい、ちょっと力抜け……」
「う、っ、く……っ、無理、だ、っつの……!」
「あー……きっつ……」

自 分で触っていたことを認めていたし、直前に解していたと言ってもいた。事実、香坂が指で探った感触もあの頃通り、熱く潤い柔らかかった。だがやはり、実際に受け入れることが実質上初めてであることには変わりない。行きつ戻りつをじわじわと繰り返し、合間にローションを大量に注ぎ足して騙し騙しようやく全てを収める頃には、末吉の顔は汗と涙で濡れてしまっていた。

「は……、やっべ……」

粘膜の熱さと狭さと、きつく絡みいてくる柔らかな感触。安堵と達成感と快感とに一息に襲われ、香坂は長い息を付いた。見下ろせば、末吉は濡れた目元を腕で隠し、もう片方の手では香坂の首筋にしがみついて、大きく開いた腿の内側を頼りなく震わせている。シャワーのせいか汗のせいか、しっとりと湿ってしまっている前髪をかきあげてやり、香坂は慎重に顔を下げて末吉の目元に唇を押し当てた。

「……大丈夫か?」

本音を言えば勿論、すぐさま力の限り抱き締めて腰を打ちつけ、思う がままに快感を貪り尽くしてしまいたい。だが、さすがに香坂もそこまで鬼でもなかった。できるだけ優しく頬や髪を撫でてやり、肌にそっと唇を押し付けることで自分を抑えながら、せめて末吉の呼吸が整うのを待つくらいの気遣いはできる。しかしそんな香坂の努力を知ってか知らずか、強く抱きついてきた末吉はこくこくと頷き、頭をすり寄せてきた。

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