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最大の悩みだった由良との初体験問題を済ませ、目下俺が頭を悩ませているのは高校生らしく卒業後の進路についてだった。

行こうと思えばエスカレーター式に大学へ進めるわけだけど、はたして何の夢も目標もないまま進学していいものなのか、行くとしたら一体何を勉強すればいいのか。
それとも専門学校にでも通って資格でもとるのか、はたまた勉強したいことがないならいっそ就職して一旦社会に出るべきなのか、もしそうするなら一体何の仕事に就くのか。
でも由良は系列の大学に行くだろうし、そうなるとやっぱり俺も大学に行くか、いやでもそういうことで進路を決めていいものだろうか。

ありきたりな悩みのようだけれども、ピアノの道を諦めて以来特に進みたい方向を見つけられていない俺にとって、一旦考え出すときりがないのだった。

その日も締め切りの迫っている進路調査票を見つめつつ考えこんでいると、風呂から上がってきた由良が肩ごしに覗きこんできた。
湯上がりの少し火照った体に、数日前の由良の姿を思い出してついむらっとする。
あの時はどこを触っても気持ちよさそうに身をよじって甘ったるい声で鳴いて、もう本当に可愛いとしか言いようがなかった。

そろそろ2回目とかどうかな、なんて思いながら由良の肩にそろそろと手を伸ばしかけ、

「琢磨、何か悩んでるの?」

由良の不安そうな声に、反射的にその手を引いた。

「……えっ、何が?」
「進路、この前聞こうと思ってたんだけど琢磨眠そうだったから。あのね、何か悩んでるんだったら僕、いや僕じゃ頼りないかもしんないけど……」
「え、えっ! 全然そんなことないよ!」

どことなくしょんぼりしている由良に慌てた俺は、ソファーの背ごしに急いで由良を引き寄せた。
付き合う前の由良だったら「琢磨のくせに僕に隠し事なんてありえない! ぷんぷん!」くらい言うところだけど、付き合ってからの由良はそうじゃない。
不安そうな顔をさせてしまうと申し訳なくなるけど、でも態度の変化を感じるのは少し嬉しくもあった。
でもやっぱり申し訳なくもなるんだけど。

「別に深刻な悩みじゃなくてまあ普通のよくある悩みなんだけど」

ソファーに引っ張り上げて隣に座らせた由良の頭を撫でる。
その後そう前置きしてから冒頭の俺の目下の悩みをそのまま話すと、由良はものすごく拍子抜けしたような顔で俺を見た。

「え、そんなこと?」
「いやそんなこととか言うけどね、これでも真剣なんだけど」
「ふーん、もっとすごく深刻な悩みかと思った。だってすごいぐちゃぐちゃだしそれ握ったまま寝てたし」
「そんなことあったっけ……ごめんね」
「なーんだ、心配して損しちゃった」

そう言った由良が、むくれるように口をとがらせる。
その突き出た唇にキスをした俺は、ついでれでれとにやけた。

「心配してくれたんだ? ありがと」
「べ、別に? 心配なんかしてないし」

はは、素直じゃないなーと笑うと、由良はますます頬をふくらませる。
ひとしきり横目で俺を睨んだ由良は、ふう、と息を吐いて天井を見上げた。

「琢磨さあ、どっか遠くに行っちゃう可能性もあるの?」
「遠く、は行かないと思うけど。由良と離れたくないし」
「……一緒にどっか遠くに行っちゃう?」

寂しそうな声を出した由良に「え?」と聞き返すと、由良は俺の腕に手を絡めてぎゅっとしがみついてきた。
それからぐりぐりと肩の辺りに額を擦り付けてくる。

「由良大学行かないの?」
「そのつもりだったけどさあ」
「うん?」
「……実家近いから、連れ戻されちゃいそうだし」
「……」

か細い由良の声に、少し前に聞いた話を思い出した。
最初は父親、その次が、ええとおじさんだっけ、それからお兄さん達。

じゃあこの先は?

答えは聞かなくても分かった。
卒業して家に戻れば、彼らが由良を放っておくはずがない、きっと。
だってこんなに可愛い由良だから。

想像するだけで堪らなくなって、きつく抱きしめて遠くに行こうと囁くと、由良の手が俺のシャツをきゅっと掴んだ。
その手を撫でて、もう一度囁く。

「どこがいい? 北でも南でも、由良の好きな所に行こう」
「琢磨……」
「俺が守るよ。最初は苦労かけるかもしれないけど、ちゃんと働いて由良の食い扶持くらいは稼ぐ。いずれは贅沢もできるように頑張るから。だから一緒に暮らそう」
「……本気で言ってるの?」
「本気だよ。由良が俺以外に抱かれるなんてもう考えらんないよ」
「うん……」

俯いた由良は、小さな声で僕も、と付け足した。
僕も琢磨以外はもう考えられない。そのか細い涙声に、胸がいっぱいになる。

由良を強く抱きしめ直して、それから卒業後に広がる未来について考えた。

1年後、5年後、10年後。

俺は一体どんな仕事、どんな生活をしているんだろう。
でもきっと、何をしていても幸せなんだと思う。
隣で由良が、笑っていてくれさえすれば。

俺の胸元にうずめていた顔を上げた由良が、たった今想像した通りの表情で笑う。
じゃあ僕、海が見える所に行きたい。
その言葉に、俺も笑って頷いた。





それから数ヶ月後、高校を卒業した日のことを、俺は多分一生忘れないと思う。
計画がばれないように進路希望調査書には示し合わせて付属の大学の名前を書いたけれど、卒業式の朝、来校する父兄の波に紛れて由良と2人でこっそり学園を抜け出した時の、まだ肌寒い春先の空気、並んで見上げた澄んだ大空。
悪戯が成功した子どものように笑いあって、握りあった手を一生離さないとこっそり誓ったあの日のことを。


-完-

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