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俺は今幸せの絶頂にいる。

由良が俺のことを好きになってくれたというだけでもう信じられないくらい幸せなのに、付き合いだしてからの由良は、本当にマジでかなり可愛い。
ほんとどうしたのっていうくらい、可愛くてしょうがない。
甘えた声で俺の名前をたくさん呼んでくれて、部屋ではずっとくっつきたがる。
ちょっとキスする度にくすぐったそうな、幸せそうな顔で笑う由良は、少し前までのいろんな男を手玉にとるビッチな由良ちゃんとは別人なんじゃないかと思うほどだ。

他の男の所に行くことも部屋に誰かを連れ込むこともなくなったから放課後も夜も部屋でずっと一緒にいられるし、次の休日だってまたデートの約束をした。
夜は相変わらず俺の部屋で一緒に寝て、こんなに幸せでいいのかなって思うくらい。

しかしここにきて1つだけ問題があった。
俺は由良に手を出すタイミングを完全に見失っている。

あれだけ抱いてだのなんだのと俺を誘ってくれていた由良は、ぱたりとその類のことを口にしなくなった。
もちろん由良に任せっきりっていうのも男として情けないからそれはいいんだけど、でも俺の腕の中で安心しきった顔をしている由良を見ればどうにも性的な欲望を匂わせるのは、付き合う前とはまた違った罪悪感がある。
体の交わりと存在価値を繋げて考えていたという由良の話を聞いた後だから、尚更。

由良に言った、一緒にいられるだけで幸せ、という言葉は決して嘘じゃない。
でも触れ合えば触れ合うほど、もっと先を求めてしまうのは好きならば仕方ないことなんじゃないかと思う。
だけど、一体どう先に進めばいいのやら。

自然にそういう雰囲気になるのを待つのか、それともそういう雰囲気は自分で作りだすものなのか、はたまた由良が言い出すのを待つべきなのか。

セックスは愛を伝える行為なんじゃないかと由良に言ったことがある俺だけど、実際俺はシオリ先生に童貞をいただかれてしまったあの1回きりの経験しかなくて、いくら格好よさそうなことを言ったってただの想像にすぎない。
雰囲気作りもムード作りも知らないし、そもそも作っていいのかどうかさえ分からないくてひたすら悶々と悩んでいたのだった。





川崎が訪ねてきたのはやっぱり悶々としていたそんなある日のことだった。
川崎とは1年の時に同室だったけど別にそこまで仲がいい間柄だったわけでもないし、部屋が離れてからはそれっきりになっていた。
だから何でわざわざ訪ねてきたのか分からなくて、もしかしたらどこかに忘れ物でもしたのかと思った。
けれど違った。

久しぶり、とおざなりに片手を上げた川崎は、俺の肩越しに部屋を覗きこもうとしながら「由良たんいる?」と言ったのだ。

「由良、たん?」
「おう、由良たん。今夜暇かなーと思ってさあ、最近電話出てくんないから直接誘いに来た。それとも別の男のとこ行っちゃった?」
「……いや、暇じゃないと思う」
「マジ? あーじゃあ明日とかどうかなー。つうか電話してって伝えといてよ」
「……悪いけど、明日も明後日も金輪際暇じゃないから」

どうしてこんなにイライラしていたのか、自分でもよく分かっていなかった。
でもニヤニヤしながら由良の話をする川崎に、無性に苛立った。
だから思わず返した言葉は喧嘩ごしになってしまって、川崎はそれに怪訝そうに眉を上げた。

「何それ、どういうこと? つうか何でお前がそんなこと言えんの? マネージャーか何かかよ」
「マネージャーって……違うけど、」

言い返しかけた所で、言い争うような声が聞こえたのか玄関と共同スペースを仕切る扉から由良が顔を出した。
俺を見て、それから川崎に視線を移してさっと顔色を変える。
何しに来たの、と言った由良の声はひどく冷たく、けれどちらりと俺に向けられた視線は俺の顔色を窺うような怯えた色を含んでいた。

「なんだ、いるんじゃん。なあ今日暇? 俺の部屋来いよ」
「わざわざ来ないでよ。もう行かないって言ったじゃない」
「一方的にそんなこと言われたって納得できないっつうかさー。由良だってあんだけイイ思いしといて勝手にはい終わりじゃ都合良すぎんじゃねえの? てかお前関係ないんだから席外してくんね? まだマネージャー気取りかよ」

後半は俺に向けられた、飄々とした言葉に苛立ちが増す。
そしてその苛立ちは、唇を噛んで俯いた由良を見た瞬間頂点に達した。

「関係なくない。俺と由良付き合ってるから」

由良の腕を掴もうとしていた川崎の手を振り払ってそう言った瞬間。
由良ははっと顔を上げて目を丸くし、川崎は呆気にとられたように固まった後すぐに笑い出した。

「ははっ、マジで? 付き合ってんの?」
「なんかおかしいかよ」
「おかしいっつうか……ふは、マジかよ、こんな誰にでも尻尾振るような淫乱と? 本気で?」
「……おい」
「穴兄弟何人いると思ってんだよ。そいつら全員のお下がりでお前満足なわけ?」
「……!」

冷静に冷静にと何度自分に言い聞かせても無駄だった。
俺はこの日、再び人を殴った。





川崎を殴り飛ばして部屋から押し出して玄関先に塩を撒いて一息。
ソファーに座り込んでため息をつくと、隣で俯いていた由良がびくりと肩を震わせた。
それではっとして、同じ部屋でイライラされてちゃ居づらいよな、と思う。
謝って立ち上がると、その途端右手を掴まれた。
驚いて見下ろすと、由良は泣きそうな顔で俺を見ていた。

「ごめんね、琢磨」
「え? 何が?」
「琢磨にやな思いさせた……」
「ああ、気にしないで。由良のせいじゃないよ」
「でも怒ってる……」
「由良にじゃないよ。川崎には腹が立つけど」

安心させようと髪を撫でてみたけれど由良は俯いたままで、思い直してもう一度腰を下ろした。
膝の上でぎゅっと握りしめられていた手を握ると、由良が不安そうに瞳を揺らす。

「琢磨が僕のこと抱いてくれないのってさ、やっぱり僕が今まで色んな人と……」
「……! 違う!」

不安げな声を遮って思わず出した大声。
目を丸くした由良が弾かれたように顔を上げる。
フォローする余裕もなく抱き寄せて強引にキス。

ムードなんて多分何もなかった。
映画のような甘い睦言もロマンチックな夜景も雰囲気を盛り上げるような間接照明も、何一つ。
なし崩しのように連れ込んだベッドの中で、けれど由良は嬉しそうに頬を染めた。

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