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2年生に連れて行かれたよ、と教えてくれたのは由良のクラスメートだった。

どこに行ったかは分かんないけどなんか揉めてた感じだった。
つうかあっちが一方的に怒ってた感じ?
由良のことだから面倒なことになってなきゃいいけどね。

別に由良の友達ではなかったらしい彼は、あっちの方に行ったよ、と廊下の先を指差してくれた。
お礼もそこそこに走り出したのは、なんとなく嫌な予感がしたからだ。
由良の迎えに来たのはただの気紛れというか、本当に他の男の所に行かないなら一緒に帰れないかな、と浮かれた俺の勝手な行動だったけど、迎えに来てみて良かったと思った。
ようやく見つけた由良は、縛られて今にも犯されそうになっていたから。

喧嘩なんかしたことなかったけど、今日初めて人を殴った。
その倍くらい殴り返されたけど、鍵のかかった教室の窓を割った音を聞きつけたのかすぐに風紀委員が駆けつけてくれたので大事に至らずに済んだ。
駆けつけて来た腕章付きの生徒達は由良を襲っていた5人を鮮やかにさばき、あっという間に全員を風紀室に連行していった。
風紀委員様々だ。俺は一生彼らに感謝すると思う。

結局俺は顔を腫らして腹にもいくつか痣ができただけで済んだ。
由良も所々擦りむいていたけど概ね無事だったし、2人で保健室で手当てをして貰う間に風紀委員に簡単に事情を聞かれて俺も無罪放免。
割った窓ガラスの弁償の話さえ出なかった。

寮に着くまでずっと黙りこくっていた由良は、部屋に入った瞬間から火のついたように泣き出した。
由良は、顔をしかめてしゃくりあげながら、すごく苦しそうに泣く。
息ができないんじゃないかと心配になってそろそろ泣き止んでよ、と言えば、いやいやとだだをこねるように首を振って、全力で俺に抱きついてきた。

でもあんな目に遭ったんだから、無理もないとも思う。
俺ももしかしたら泣いてしまうかもしれない。
だからあやすように髪を撫でて、そっと背中をさすった。
そうしろと言われた訳じゃないけど下心があるわけじゃないし、こんな状況だから由良に触ってもきっとノーカン、にしてもらえるだろう。たぶん。

「怖かったね、由良。もう大丈夫だから」

なるべく優しい声を出すと、由良がまたぶんぶんと首を振った。
何か言おうとしているみたいだけど言葉にならないみたいで、嗚咽を喉に詰まらせる。
もう大丈夫怖くないよ、と馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返して、ようやく由良の号泣が治まる頃には湿布を貼った俺の腹はすっかりずきずきと痛んでいた。
由良がそこにぎゅうぎゅうとしがみついていたから。
でも由良を助けるためだと思えばその痛みも勲章みたいなもんだ。
まあ実際由良を助けたのは正確には俺ではなく風紀委員なんだけど。

「琢磨……」
「ん? 何?」
「な、なんで、来てくれたの?」
「由良のクラスの人がなんか揉めてたって教えてくれた。茶髪の人」
「そ、なんだ……」
「うん、間に合って良かった。もうちょっと俺が強かったら完璧だったんだけど」
「ほんとだよ……登場の仕方がなんか情けなかった……」
「……確かに。ごめんね」
「でもありがと……ヒーローみたいで格好よかった」
「はは、惚れちゃった?」

格好よかった、だって。
その言葉が嬉しいと同時に照れくさくて、つい冗談を返す。
そうしたら、再びぎゅっとしがみついてきた由良はこくんと小さく頷いた。

「……え、由良?」
「琢磨、僕のこと好き?」
「え? うん、好きだけど……」
「……僕も好き。琢磨が好き」
「……え?」

一瞬頭の中が真っ白になった。
思わず両腕を掴んで引き離すと、由良はものすごく気まずそうな顔をしていた。
それから目が合うと、恥ずかしそうに小さく笑う。

「何その顔。嬉しくないの?」
「うれ、しい……? けど……え?」
「好きだよ琢磨。大好き」
「……え、えっ!? 何? 何で!?」

何これ、ドッキリ?
それとも新手の嫌がらせ?

そんなことを考えるくらい俺の頭は混乱していて、全然状況を飲み込めない。
何か言わなきゃ、でも何を? と口をぱくぱくさせていたら、由良はふふ、と可愛く笑って俺の首に両手を回してきた。

「好き、琢磨」
「ほ……え、本当に?」
「うん」
「な、何で!? 俺が格好よかったから!?」

ふはっと吹き出した由良は、自分で言うほどは格好よくなかったからね、と笑った。
あ、そ、そうだよねとどもる俺。
可愛く小首を傾げた由良が、三文小説みたいな話だけど聞く?と言う。
三文小説? ……うん、もちろん。

「あいつらに触られた時にね、琢磨のこと思い出した」
「俺?」
「うん。今まで僕に優しくしてくれた人なんかいなかった。皆僕の体だけ。でも琢磨の手は優しかったんだなって」
「手……?」
「夜寝る時とか。抱きしめてくれたりたまに髪撫でてくれたりするの、すごく安心した。そういうの思い出して、琢磨に会いたいって思った」
「うん……」
「琢磨が迎えに来てくれないかな、って。ヒーローみたいに助けに来てくれたら僕きっと琢磨のこと好きになっちゃうなって思った。好きって言われたら好きって言うし、一緒にいてって言われたら一緒にいようって。普通に考えたらありえないって思ったけど」
「……」
「そしたら本当に来たから……でも多分それだけじゃなくて、何だろ、今まで琢磨が僕に優しくしてくれたことか、そういうの全部ひっくるめて琢磨のこと好きなんだと思う」
「由良……」

やばい、泣きそう。
思わず由良のことぎゅって抱きしめて、小さくしゃくりあげる。
それから、とっくに自分が泣いてたことに気づいた。

「琢磨、泣かないでよ」
「泣くよ……由良が俺のこと好きって……これ夢……?」
「夢じゃないよ。ねえ、今までいっぱい意地悪してごめんね」
「ん……」
「琢磨が嫌がることいっぱいしたのに、ずっと好きでいてくれてありがとう」
「うん……好き……由良、好き」
「ふふ、僕も好き」

うわ、何これ。何これ?本当に夢みたいだし、嘘みたいだ。
俺は由良のことが好きで、由良も俺のことが好き?
すごい、本当にすごい。

上目遣いで俺を見上げていた由良が、不意に視線を下げる。
それからきゅっと眉根を寄せた。
右手を持ち上げられて視線を落とすと、手の甲に当ててあったガーゼを由良がそっと撫でる。
人を殴ると自分も痛いということも、俺は今日初めて知った。

「……痛い?」
「いや、もうそんなに。平気だよ」
「ピアノ弾けなくなる?」
「や、元々弾かないから」
「でも弾いてたじゃん。この前」
「あれは……まあちょっと落ち込んでたから。でも普段は全然弾かないよ」
「でも……」
「由良」

由良の悲しそうな顔を覗き込む。
もうむらむらしてもいいのかな、と少しずれたことを考えながら由良の手をそっと握った。

「本当にピアノはどうでもいいんだよ。別にいい思い出もないし。それに大したことない傷だから、俺の腕程度なら関係ない」
「……」
「それより俺は由良が一番大事」
「……琢磨」

真っすぐ目を見つめて言うと、泣き出しそうだった由良の頬がふわりと緩む。
からかうような笑顔でも、悪戯を思いついたような笑顔でもなく、本当に嬉しそうな笑顔。
どうしよう、由良が可愛すぎる。

息を一つ吸い込んで、それからもう一度深呼吸。

「俺は由良が好き。俺と付き合ってください」

二度目の告白に、由良は泣き笑いのような表情ではい、と頷いた。

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