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別に決まった相手がいるわけじゃなかった。
声をかけられたら寝て、それで終わることもあるしまた声をかけられることもある。
その繰り返し。
誘いが重なったら断ることもあるし、たまには気が向かなくて断ることだってある。

だから僕が適当に誰かとセックスするのをやめたって、別に誰にも迷惑なんかかけることもないしもめることだってない。
そう思ってたのに。

もうそういうのやめたから、と言った僕の何がいけなかったのか、無理矢理琢磨に引っ張られて午後から出た学校で誘いをかけてきた男は、なぜか激昂した。
今更何言ってんだとか、俺の気持ちはどうなるんだとか。
何それ、としか言えないんだけど。

何で僕がわざわざ君の気持ちを考えてやんなきゃいけないの?
誰としようが誰を断ろうが僕の自由でしょ?

そう返した僕の挑発的な態度もいけなかったのかもしれない、と今なら思う。
怒りをあらわにして目を吊り上げた彼は、僕の腕を乱暴に掴んで空き教室に連行した。
それからネクタイで僕の両手を後ろで縛って、ついでに猿ぐつわまでしてから床に転がして、その後携帯でどこかに連絡して、そして今。
僕は目をぎらぎらさせた5人の男に囲まれて見下ろされていた。

厄介なことになっちゃったな、と思った。
2人の兄達の相手を同時にさせられたことまではあったけど、さすがに5人をいっぺんに相手にしたことはない。
しかも相手は明らかに僕に乱暴を働くつもりだから一体何をされるか分からないし、いくら慣れてるとは言え適当にされたら後ろも傷つくかもしれない。
そしたら当分セックスはお預けだろうし、琢磨にも抱いてもらえなくなっちゃう。

そう考えたところで、琢磨のことを思い出した。
今僕がいる空き教室はくしくもこの間後輩と致した教室で、つまり琢磨がピアノを弾いていた音楽室と同じフロアにある。
もし琢磨が今日も音楽室に来ればもしかしたら気がついてくれたり……

……いや、さすがにそれないか。
琢磨がタイミング良く現れたりしたら、さすがに出来過ぎだ。
出来の悪い三文小説とか、もしくはB級映画の類。
いくら僕のことが好きな琢磨だって、エスパーじゃないんだから。

そんなことを考えていたら、不意に顎を掴まれた。
乱暴に顔を上げさせられて思わず顔をしかめると、
後から合流したうちの1人がにやにやしながら問いかけてくる。

「なあ由良ちゃーん、いきなり止めますなんて言ったってさあ、都合良すぎるんじゃないの?」

何で?

「俺らさあ、由良ちゃんのカラダ気に入ってんだよね。手放すには惜しいっつーか」

そうなんだ。正直別に嬉しくない。

「そうそう、生意気なとこも可愛いしさあ。なんつうか屈服させたいっつうの? いっつもつんって澄ましてるその可愛い顔をさあ、1回くらいぐちゃぐちゃに歪ましてやりてえなーと思ってたわけよ」

これは嬉しくないどころか知りたくなかったかも。

「うはは! 変態だなーお前!」

これは同感。

「あーでも確かにな。泣いて許しを乞う由良ちゃんとか見てみたいよね」

そんなの乞わないって。

「まあとりあえずヤっちゃって写真でも動画でも撮ってさ、そんで奴隷にでもしちゃいますかね。俺らの性奴隷、いやむしろ便所? みたいな?」

うわ、嫌すぎ。
っていうか性奴隷だの便所って。変なエロ小説読みすぎなんじゃないの?

顔をしかめて、でもさすがに写真だの動画だの撮られたら困るな、と思う。
どうしよう風紀委員とか通らないかな、でもそういえばこの前の後輩が、ここ穴場なんですよ、って言ってたっけ。
やっぱり無理かな、でもまあいいか我慢してればどうせいつかは終わるんだし、

なんて悠長なことを考えていられたのはそこまでだった。

乱暴に服を剥がされて、暴れる体を床に押さえつけられる。
耳に届くのは下品な笑い声と数々の揶揄や暴言。
無遠慮に這い回るいくつもの手も、舌も、気持ち悪くてしょうがない。
快感なんて何もなくて、僕の人権とかプライドなんてのも全部踏みにじられて。

ぼんやりと思い出したのは、初めて父親に押さえつけられた時のことだった。
優しかったそれまでとは違う、見たこともないような目。
その時は意味が分からなかったけど、思い返せばあれは飢えた獣のような、発情した目だった。
でもその時は本当に意味が分からなくて、それ以前に怖くて堪らなくて、でも泣きだしたら殴られた。

それからも、ずっとそう。

どうしてだか僕は男の欲望を煽るタイプだってことには早いうちに気がついた。
でも誰も僕の拒絶なんか聞いてくれなくて、そのうちそういうものなんだなと諦めた。
無駄に抵抗して殴られるよりも、受け入れるふりをして気持ちよくしてもらった方がずっと楽。
自分からも男に抱かれることを望むふりをするようになって、そのうちそれが僕の本心のように思えてきて、すぐに毎晩遊び歩くようになった。
もうその頃には、そうすることでしか自分の存在価値を確認できなくなっていたから。

でもへらへら笑って平気なふりをしていたって、本当は平気なんかじゃなかったのかも。
体だけの関係は楽だけど、でも誰も僕に優しくしてくれたりはしない。
父親も、適当に声をかけてくる人達や僕を好きだと言ってくる人達も、それからこいつらも、皆同じ。
自分勝手に僕を侵略する、欲望だけを滲ませた手つき。

でも、あの手だけは違った。

白くて細くて長い、綺麗な指先。
かたくなに僕を抱かないと言い張る琢磨の手は、今思えば驚くほど優しかった。
優しさなんて感じたことがなかったから、こんな時になるまで気づかなかったけど。

僕なんかを好きだと、全部好きだと、どんなひどいことをされたって嫌いになんかなれないと。
そう言う琢磨はいつも寂しそうな顔をしていて、それでもひどく優しい目をして僕を見ていた。
そっと包み込むようなあの手に、僕はずっと優しくされて、甘やかされていた。

琢磨に会いたい、と思った。
迎えに来てくれないかな。
三文小説でもB級映画でももう何でもいいから、ヒーローみたいに飛び込んで来てよ。
そしたら僕はきっと琢磨に全部預けて、身を任せるのに。

僕のことが好きだって言うなら僕も琢磨を好きだって言う。
一緒にご飯を食べたいって言うなら食べるし、デートしたいって言うならするし、一緒にいたいって言われたら一緒にいるよ。
だから琢磨、お願いだから……、

「由良! 由良大丈夫!?」

突然響いたガラスの割れるような音と僕の名前を呼ぶ声に驚いて目を開ければ、本当に粉々になっていた廊下側の窓の外、イスを両手で振りかぶっていた琢磨はぽかんと目を丸くして僕を見つめていた。
次の瞬間我に返ったようにイスを放り投げて窓枠を乗り越え、でも足を取られてつんのめるように転がりこんでくる。

信じられない、と思った。
どうしよう、本当に来た。
これって夢、いや夢じゃないよね?
……いや、でも三文小説にしてももうちょっと格好いい登場シーンってものがあるんじゃないの?

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