▼ 08

琢磨の部屋に押し掛けて一緒に寝てみて分かった。
琢磨は毎晩、何かの夢を見てうなされてる。

寝言は言わないから何を見ているのかは分からない。
でも眉をぎゅっと寄せて悲しそうな顔をしながら、毎晩毎晩泣いている。
それなのに朝目が覚めたらすっかり平気な顔で笑う。
何の夢を見たのって聞いてみても僕には何も言わなくて、しまいには夢占いにでも目覚めたの? って笑う始末。

仕方ないからその話に乗ってわざわざ図書館に行ってその類の本を借りて来たのに、琢磨はやっぱり何も覚えてないと言い張った。
本当に覚えてないのか、それとも単に言いたくないのか。
前者なら仕方ないけど後者なら悔しい。
僕のこと好きなら隠し事なんかしないでよ、っていうのは勝手な考えだってのは分かってるけど。





「夢ぇ? そんなんいちいち覚えてねえよ」

そう言って怪訝そうな顔をしたのは今日の相手。
ちなみに数学かなんかの教師で、直接教わったことはないから名前は不明。
でも教師は一律「先生」と呼べばいいので呼び方には困らないのがいいところだと思う。

「なに、俺の夢なんか知ってどうすんの? あ、もしや俺に興味湧いた?」
「いや別に。そうじゃなくて、普通夢って覚えてないものなのかな」
「人によるんじゃねえの、そんなの。少なくとも俺はさっぱりだな。お前いちいち覚えてんの?」
「うん」
「へえ」

ちなみに今日の夢は妙にファンタジックな、空を飛ぶ夢。
ついでに昨日は片っ端からコンビニのお菓子を食べ尽す夢。
だから琢磨が夢を覚えてないってのは半信半疑だったんだけど、先生の話だとそういう人も別に珍しくないのかもしれない。
琢磨もそうなんだろうか。

「で? 夢が何かあんの?」
「別に何も。それよりもう1回しよ? せんせ」
「はいはい、しょうがねえなーこの淫乱」
「ふふ、先生だって好きなくせに」
「そりゃ好きだけどよ。なんかお前に搾り取られそうだな」

もうお前らみたいに若くないんだから気遣ってくれよ、と言いながらも僕を押し倒す先生に、サービスで微笑んであげた。





ただいま、と言って帰ると共同スペースは無人だった。
いつもは食卓のとこかソファーでうたた寝しながら琢磨が待ってるのに、珍しい。風呂に入ってパジャマのボタンを止めながら琢磨の部屋の扉を叩くと、返事もない。
どうしたのかな、と勝手に扉を開けて覗くと、ベッドがこんもり山になっていた。
真っ暗な部屋には小さなボリュームでクラシック音楽が流れている。

「琢磨? 寝てるの?」

小さな声で尋ねれば、やっぱり返事はなかった。
別に起きて待ってろなんて言ってないからいいんだけど、なんか面白くない。

ちょっとむっとしながらベッドに潜り込もうと布団を持ち上げると、寝息を立てている琢磨の綺麗な手には1枚のプリントが握られていた。
見覚えがあるそれは、今日ホームルームで配られた進路希望調査のプリント。
きっと琢磨のクラスでも配られたんだろう。
でも何でこんなの握りしめて寝てるの? と首を傾げながら引っ張ると、それは力の抜けた手から簡単に滑り出て来た。

記入必須の第一希望、それから任意記入の第二、第三希望まで。
ここの生徒はほとんどはエスカレーター式で同じ学園の大学に進学するから第一希望の欄にそれを書けば終わりのはずで、下2つの空欄は数少ない外部の大学を受験する人達のためのものだ。
でも琢磨のプリントは真っ白だった。
いや、本当は真っ白じゃない。
書いて消して、また書いてそれをぐちゃぐちゃにしてまた消しました、とでもいうかのように黒ずんだ後がついている。

何これ、と眉を寄せていると、うーんと小さく声を上げた琢磨がうっすら目を開けた。

「由良? おかえり……」
「ただいま。ねえこれ、」
「んん……眠い、早く寝よ、由良……」
「ん、そうだね」

琢磨があまりにも寝ぼけた様子だったから、明日でもいいか、と思い直してベッドに潜り込んだ。
すかさず伸びてきた腕が、僕を柔らかく包み込む。
眠い時の琢磨はいつもより素直になって、僕のことも普通に触る。
もっとも、本人は何も覚えていないみたいだけど。

「おやすみ由良。大好き……」
「……うん」

もう寝たのかな。
規則正しくなった呼吸音を聞きながら顔を上げると、琢磨は目を閉じて気持ち良さそうに眠っていた。
寝つきよすぎ、なんか子どもみたいでかわいい。

でも明け方にはまた、悲しそうな顔で泣くんだろうか。

「琢磨」
「……」
「いつも何の夢見てるの?」
「……」
「……僕なんかのどこが好きなの?」

あどけない寝顔を見上げて、起こさないようにそっと頬に手を添えてみる。
何したって文句も言わないで、黙って僕に従う琢磨。
嫌な事ばっかりだろうにどうして僕のこと好きだって言い続けられるんだろう。
不思議でしょうがない。

でも聞いてみたら、琢磨はいつものように全部心の中に押し隠した笑顔で笑うのかな。
たまにくさいことを言う琢磨のことだから、全部好きだよ、とか言っちゃってさ。
それで後から必ず照れるんだよね。
照れるんなら言わなきゃいいのに、でもそんな所もばかみたいで可愛いんだけど。

「……おやすみ、琢磨」

囁いて、目を閉じる。
琢磨の腕の中が寝心地がいいのは、どうしてなんだろう。





眠りが浅かったのかうつらうつらしていた明け方。
肩の辺りがひんやり冷たくてぼんやり目を開けると、今日も琢磨が泣いていた。
抱き込んだままだった僕の体をぎゅっと抱きしめて、悲しそうな声で。

「琢磨、起きて」
「うう……」
「琢磨。ねえ、起きてってば」
「や……やだ、ごめんなさい……」
「……何? 僕に謝ってるの?」「ひっ……ごめ、やだ……」

ぐすぐす言いながら、琢磨は小さい子がいやいやするように首を振る。
寝ぼけかけていた僕の頭は一気に覚醒した。

初めて聞いた琢磨の寝言。
何これ? 誰に謝ってんの?
思わず首を傾げるけれど、尋常じゃないくらいの様子に内心ものすごく焦りながら琢磨の肩を揺する。

「ちょっと琢磨!」
「っ、……ないで……」
「え?」
「おね、がい、捨てないで……」
「……」

心臓が冷えた気がした。
どんな夢見てるんだか分からないけど、とにかく早く起こしたくて咄嗟に琢磨の頬を引っぱたく。
途端にびくっとして目を開けた琢磨は、驚いたような顔で頬を押さえた。

「え、由良? 痛い……」
「何の夢見てたの?」
「は? 何?」
「何の夢見てたか言って!」
「え? え?」

事情が飲み込めていないのか視線をうろうろさせる琢磨にちょっと苛立ちながら、体の上に乗り上げるように胸ぐらを掴む。
忘れないうちに吐かせようとしている僕の形相が必死すぎたのか、琢磨は一瞬呆気にとられたようにぽかんとしていたけど、それからしばらくして頬を押さえたまま呟いた。

「ええと、子どもの時の夢?」
「捨てられたの?」
「えっ!」

目を丸くした琢磨が勢いよく体を起こす。
それから慌てたように僕の顔を覗き込んで、背中をぽんぽん、と叩いた。

「由良、泣かないで」
「泣いてない……っ!」
「由良……起こしちゃってごめんね。まだ早いから寝よ?」
「寝ない! 今日という今日は全部話してもらうから!」
「……」
「僕のこと好きなんでしょ? それなら全部話してよ!」

思わず叫ぶとまた目を丸くした琢磨は、それから苦笑いして、由良にはかなわないなあと呟いた。

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