▼ 07

ーー何度同じことを言わせるの

ーーお兄ちゃんはすごいのにね

ーーこの出来損ないのクズが



「……ま、琢磨ってば!」

揺り起こされて目を覚ますと、視界いっぱいに由良の顔が広がっていた。
ひどく不安そうな顔。
覚醒しきらない頭で、由良の頬をそっと撫でる。

どうしたの、嫌な夢でも見た?

「っ、それは琢磨でしょ……うなされてたよ。大丈夫?」

そう? ごめん、うるさかった? 俺は別に平気。

「どこが……泣いてるじゃん……」

泣いてないよ、でもありがとう、心配してくれたの?

「な、何で僕が心配なんか……っ」

遠くで雷の音。
それに反応して、由良がびくりと肩を震わせる。

もしかして雷怖いのって本当なの?

「べっ、別に怖くない!」

そうなの? でも震えてるよ。おいで、ぎゅってさせて。

「……」

好き。由良大好き。

「……じゃあキスして」

それはだめだってば。

「何で? 本当は別に好きじゃないんでしょ?」

好きだよ。すごく好き。

「好きならしてよ……」

好きだからしない。好きって由良に分かってほしいから。

「……ばか。琢磨ってほんと、ばか」





寝過ごした。
米を炊く暇はなかったから、朝飯はパンを焼いておかずはハムエッグとサラダ。
もそもそと無言で咀嚼している由良は、少し怒ったような顔をしている。
どうしたの? と尋ねたら、口の中の物を牛乳で流し込んだ由良はぶっきらぼうに言った。

「昨日何の夢見たの?」
「夢? 何か見たっけな。あ、由良が雷怖がる夢」
「それは……、……いや、その前は?」
「その前? いや覚えてないなあ。何で?」

何で夢のことなんか聞きたがるんだろう。
本当に由良が雷に怯える夢くらいしか覚えてないんだけど、もしかして怖い夢でも見てうなされてたんだろうか。もしくは寝言とか。
ごめん、俺うるさかった? と聞くと、由良は少しむくれた。

「別に!」
「……?」





その夜から、由良は俺のベッドに潜りこんでくるようになった。
普通のシングルベッドは男2人で寝るには大分狭くて、しかも相変わらず俺に勝負でも挑んでいるのか、由良は毎晩俺に痛いほどにしがみついてくる。

ちょっと離れて、と言ってみても、俺の腕の中で聞こえないふり。
電気を消した真っ暗な部屋の中でくっついて、シャンプーなのか体臭なのか、由良のいい香りがすぐそこで薫る。
そりゃ勃つなって方が無理な話で、その日も俺に密着していた由良はそれに気づいて小さく笑った。

「ね、琢磨っていつ抜いてんの?」
「してないよ」
「してないの? 何で?」
「……由良のこと考えちゃうから」
「ふふ、正直だね。別にオカズにしたっていいのに」
「だめ。言ったでしょ、俺は由良のこと抱かないって。想像の中でも抱きません」
「かたくなだなー」

呆れたように言った由良は、上目遣いで俺を見上げた。
カーテンの隙間から差し込む月明かりが、由良の悪戯っぽい表情を浮かび上がらせる。
なんとなく嫌な予感がしてさっさと寝てしまおうと目を閉じると、由良の吐息が耳元をくすぐった。

「僕、琢磨が1人でしてるとこ見たいな」
「……は?」
「ね、いいでしょ? 目の前でしてみせて」
「え……嫌だよそんなの」
「何でもするって言ったじゃない」
「言った、けど」

それはさすがに、と思う。
でもあたふたする俺を引っ張り起こした由良は、妖艶すぎるほどの笑みでにじり寄って来た。
思わず後ずさって、けれどすぐにベッドをくっつけていた壁に追いつめられる。

「早く。ズボン下ろして」
「由良……それは勘弁して」
「琢磨」
「……」

由良の声には何か魔力でもあるんだろうか。
名前を呼ばれると逆らえなくなって、下唇を噛みながら寝巻きにしているジャージを少しだけ下げる。
けれどさすがにためらって、気を変えてくれないかと顔色を窺うと、由良はにっこり笑った。

「下着も。琢磨の見せて」
「……」

こうなれば覚悟を決めるしかなかった。
元々由良は、1回言い出したら満足するまで気を変えない。
頑固で意地悪な、でも可愛い人。

言われるがままに自分の息子を取り出せば、由良は小さく息をついて微笑んだ。

「なかなか立派なんだね。大きいし硬そうだし、これで突かれたら気持ち良さそう」
「っ、ちょっ」
「あ、先走り垂れてきた。想像しちゃったの?」
「……いや、別に」
「ふふ、別にいいのに。ね、擦ってよ。いつもどうやってするの?」
「どうって、別に普通だけど」

完全に臨戦態勢に入っているものを由良にまじまじと見られていて、ものすごく異常な状態のはずなのに、全く萎える気配がない。
俺の体の一部なんだから俺の意思に従ってくれればいいものを、と苦々しく思いながらおずおずとそれを右手で握り込んだ。

「琢磨、フェラしていい?」
「だめ」
「意地悪。じゃあちょっとだけ。くわえないでなめるだけ。ね?」
「だめだって……」

由良も大概頑固だけど、俺も意地になってるのかもしれない。
由良に勝手に反応してしまうのは仕方ないことだと諦めるしかないけど、自分から進んでは性的対象にはしたくない。
由良の視線からガードするように左手を添えて、とにかくさっさと出してしまえ、と右手を動かした。
目を閉じて、由良じゃない誰かを想像する。
AV女優でもアイドルでも誰でもいいけど、一番想像しやすいのは俺の童貞をあっという間に奪っていったシオリ先生。
本人自体にはあんまりいい思い出はないけど、テクはすごかっ……

「琢磨、何想像してるの?」
「家庭教師のお姉さん」
「何それ、脳内浮気? ちゃんと僕のこと想像してよ」
「っ、やだって……」
「じゃあ耳元で喘いであげようか? それとも目の前で僕もしようかな。琢磨の理性がどこまで持つか試す?」
「頼むからやめて。分かったから。違う人のこと考えないから」
「目も開けといてよ。僕のこと見ながらして」
「ん……」

何も考えずに無心でしようと思っていたのに、一足先に釘をさされてしまった。
俺の浅知恵なんか由良にはお見通しなんだろうか。
こっそりため息をついて目を開けると、由良はよくできました、と微笑んだ。

「でもやっぱり僕もしよ。琢磨見てたら興奮してきちゃった」
「……」

そりゃないよ、と思わず脱力する。
でも由良はいかにも僕いいこと思いついちゃった、とでも言いたげな顔をしながらぱぱっと服を脱いだ。
下半身は裸で、上半身はパジャマの前を開けた、扇情的な格好。
しかも恥じらいもなくM字開脚。
どうなの、それ。

あらぬ所を見てしまわないように、一生懸命由良の肩あたりに視線を固定する。
由良のパジャマは何でそれを選んだのかマスコット的なくまの柄がついているやつで、肩でもそいつが微笑んでいる。ほんわかしている絵柄なのに、状況がこんなだからかどうにも憎たらしい。

「あ、んっ……」

由良の喘ぎ声を聞くのは初めてではないけど、これまた状況がこんなだから耳に毒すぎる。
心を無にしたい、そうだこんな時は円周率だ。
3.1415926535…

「ん、あっ、琢磨ぁ……だめ、そんなとこ……」

…8979323846…

「あ、あっ、琢磨、気持ちい、たくまぁ……!」

2…6…
……くそっ!

「あぁっ……! あ、琢磨僕の声でイっちゃった?」
「……」

文句の一つくらい言おうと思っていたのに、嬉しそうに目を輝かせた由良の笑顔はそれはもう可愛いかったから、結局何一つ言えなかった。

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