▼ 05

由良は俺をからかって遊んでいるのだとばかり思っていたけど、というか最初はきっとそうだったんだろうけど、最近なんだか様子が違ってきた。
俺を誘ってその気にさせようと意地になっている気がする。
でもそれは俺のことを好きになってくれたからということではなくて、何だろう、勝負を挑んできているような感じなのかもしれない。

どんな扱いをされたって俺は由良を好きなままで、一体何でこんなに好きなんだろうとも思うけど、今更やっぱりやめたなんて降りることはできない。
でも、正直勝算は全然見えなかった。
由良は俺のことを好きになってはくれないだろうな、と思う。
でも同じように、他の人のことを好きになることもないんだろうな、とも思う。
それだけが唯一の救いだった。





「琢磨って童貞?」
「違うよ」
「相手誰? 男? 女?」
「え、聞いてどうすんの?」
「別にどうもしないけど」
「じゃあ言わない」
「でも知りたいな、琢磨のこと」

好きなやつにそう言われて断れる男がいるだろうか?
少なくとも俺は無理。

「女。中等部の夏休みの時」
「ナンパしたの?」
「いや、ええと……家庭教師のお姉さん?」
「ふは、エロい響き!」

楽しそうに笑い声を上げた由良は、ごくごくと音を立ててコーラを飲み干した。
ちなみに俺がついさっき自販機まで買いに走ったやつ。
由良があまりにもコーラを飲むから一時は買いだめしようとしたけど、毎回僕のために走る琢磨が見たいと可愛くねだられて断念した。
言い方は可愛かったけど言ってることはひどい。
でもひどいところも含めて俺は由良に参ってしまっているから仕方ないのだった。

「琢磨男ともしたことある?」
「や、ない」
「じゃあ僕が初めて?」
「だから由良ともしないってば」
「……」
「俺は由良がいてくれるだけで幸せだよ」

しばらく黙った由良は俺をちらっと睨んだ後、キザだね、と呟いた。
自分でもそう思った。俺くさすぎる。

赤くなりそうな顔を俯いてごまかしつつ由良の分の数学の課題に勤しんでいたら、由良が隣ににじり寄ってきた。
また理性との闘いタイムかな、と思ったけど、軽く肩に頭をもたれさせてくる態勢のままでじっとしている。
どうしたの、と尋ねると、拗ねたような口調で別に、と返ってきた。
俺何か機嫌損ねるようなこと言ったっけ?

「由良?」
「何」
「怒ってる?」
「何で? 琢磨なんか悪いことしたの?」
「してない、と思うけど……」
「ふふ、何でそんな自信なさそうなの」

俺には由良の考え方はよく分かんないから。
そう言ったら今度こそ怒らせてしまいそうな気がして、口を噤んだ。
代わりに聞き返してみる。

「由良の初めては?」
「僕童貞だよ」
「あ、そうなんだ」
「でも初めて抱かれたのは父親に」
「え……」

さらりと言われたせいで一瞬聞き流しそうになったけど、よく考えたらぎょっとした。

チチオヤ、ってつまり父親のことだよな。
それってどうなの、いやどうなのっていうか明らかに……。

でも由良はけろっとした顔をして初めて男に抱かれた時の話をした。





その日由良は、久しぶりに自分の部屋に男を連れ込んだ。
それぞれの個室は共同スペースを挟んで左右に分かれているから部屋にこもれば何も聞こえない。
でも頭がおかしくなりそうだと思った。
由良が他の男に抱かれてるのは知ってるから、慣れてるはずなのに。

すぐそこで由良が組敷かれてると思うと、頭の中にあられもない姿の由良の映像が浮かぶ。
実際に見たことはないから当然全部俺の想像で、こんな想像をしてるということ自体に罪悪感があった。
だからそんな想像をしたって抜こうだなんてとても思えない。
ベッドに潜り込んで、ひたすら頭の中で鍵盤を叩く。
なるべく眠くなりそうな曲を選んだのは、全部忘れて寝てしまいたかったから。

でもしばらくして男を帰らせた由良は、俺の部屋を訪ねてきて、笑顔で言った。

「想像して抜いた?」
「……してない」
「本当に?」
「うん」

由良はゴミ箱の中を覗きこみ、それから本当だ、と笑う。
俺はなんだか悲しくなってきて頭まで布団をかぶった。
そしたら、布団越しに不意に何かが乗り上げてきた。
何かと言うか、普通に考えて由良しかいない。

「ね、琢磨」
「何?」
「顔見せてよ。どんな顔してるの?」
「嫌だ」
「琢磨」

名前を呼ばれたらやっぱり逆らえなくて、布団を押さえていた手の力を抜くと由良がそれを剥がす。
覗き込んできた由良は、目が合うとふふ、と笑った。

「琢磨、泣きそうな顔してる。可愛いね」
「……」
「僕が男連れ込んだから傷ついちゃった? ごめんね」
「ん……」

ごめんなんて思ってもいないくせに、本当にひどいやつ。
どうして俺はこんな由良のことを好きになってしまったんだろう。

それなのに由良は、重ねて残酷なことを言う。

「また中に出されちゃったんだ。洗ってくれる?」





由良を責める資格も権利も俺にはなくて、それが悲しい。
守りたいとか幸せにしたいとか思うのも全部俺のただのエゴで、一方的で勝手な想い。
俺が何を言っても、由良には1oたりとも伝わらない。

でもどれだけ傷つけられても俺は由良から離れることなんてできなそうにない。
惚れた弱味ってこういうことなのかな、と思った。

何も考えないようにしながら、でもその実色んなことを考えながら、うっすら赤くはれた由良の後孔に指を突っ込む。
他の男のもので暴かれたばかりのそこは柔らかくほぐれていて、堪らなくなる。
嫉妬なのか怒りなのか、それとも絶望なのか。
俺にはよく分からない。

ただ、差し込んだ2本の指で広げた中から流れ出してくる白い残滓が俺の心を痛いくらいに抉っていることは確かだった。

「なあ、由良……」
「ふ、あっ、なに……?」
「……いや、何でもない」

なんで俺にこんなことさせるの?
俺のこと試してる?
それとも俺を傷つけて楽しんでる?

疑問符ばかりの感情は、俺の口からは出なかった。
血が出るほど噛み締めた唇は痛くて、でも意地でも由良の前で泣きたくはなかった。
由良はまた、それを鼻で笑い飛ばしそうな気がしたから。

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