▼ 04

無駄に金持ちの集まるこの学園は、敷地内にそこそこ大きなショッピングモールを併せ持っている。
全寮制で長期休暇以外めったに外出許可が出ないせいで、休日に遊びに行こうと思えば皆ここ。
たまに来る映画にカラオケ、ゲームセンター(ただしメダルゲームの類はなし。しょぼすぎる)、本屋に文房具屋、美容院。
レストランだってあるし、洋服や靴なんかも大概の物は揃う。
とは言ってもここで買うと絶対誰かとかぶるから服装にこだわる人はネット通販を使う人が多いみたいだけど。

その一角、小さな映画館で琢磨はチケットを2枚買った。

ポップコーン食べる? コーラ飲む? エアコン寒くない? 座り心地大丈夫?
琢磨に世話を焼かれるのはすっかり自然なことになっていたけど、今日はちょっと照れくさくなった。
普段は寮で2人きりなのに、今は周りに人がいるからかも。

ポップコーンとコーラは買いに行かせて、温度も座り心地もへーき、と答えた所で映画が始まった。
全米ナンバーワンだか何だかの、でもよくあるタイプのアクションもの。
元々映画は別に好きじゃないし、字幕を追うのも疲れてしまう。
暗闇なのをいいことに琢磨の手を探った僕は、逃げようとする手をすんでのところで掴んだ。

ねえ、と囁くと琢磨の口がどうしたの、と動く。
場内は広くはないけど、観客も多くはない。
それに僕達が座っているのは一番後ろの端で、つまりやましいことをするのには最適なポジション。

意図をこめて絡めた指をするりと撫でると、琢磨の肩がぴくりと揺れた。
大きく見開かれた目が、僕を窺っている。

ね、キスして。
しない。
じゃあ触って。
しないって。
じゃ、僕が触る。
え……。

ほとんど声を出さない、耳元でのひそひそ話。
顔をくっつけんばかりの距離むらむらした僕は、琢磨の耳をぺろりと舐め上げた。
途端にぎょっとしたように琢磨の顔が離れる。

恋人繋ぎとやらの繋ぎ方で絡めていた手を離して、琢磨のベルトへ。
音を立てないようにこっそり外してファスナーを下げようとしたところで、固まっていた琢磨が慌てたように僕の手を掴んだ。

だめだってば。
何で?
何ででも。大体こんな所で……。
興奮するじゃない。
しないよ。ひやひやする。
寮ならいいの?
だからだめだって。

相変わらず頑なな琢磨。
体はばっちり反応してんのに、不思議だと思う。
それに、琢磨は僕を抱かないって言ってたけど僕が琢磨に触る分には僕の自由なんじゃないのかな。

そう言うと、琢磨は少し考えた後、やっぱりだめ、と首を振った。
琢磨の性欲って一体どうなってんだろ。





結局、僕は大人しく映画を見た。
とは言っても琢磨の肩に頭もたせかけて誘惑しようとしてたら後半は本当に寝ちゃったんだけど。
面白かったと言った琢磨は、寝ちゃったと僕が返せば、知ってるよと笑った。

琢磨は僕に愛とやらを伝えようと意地になってるけど、僕も大概意地になっている。
結局性欲なんでしょ、って琢磨に認めさせたくて。
意味のない勝負に2人して必死なのかもしれない。

「僕、琢磨に抱かれたいな」
「だーからしないってば。な、今日晩飯も一緒に食える?」
「しないなら他の人の所行く」
「……そっか」

琢磨は楽しそうに笑っていたのに、僕が他の人の所に行くと言った瞬間眉を下げて悲しそうな顔をした。
それなのに、絶対に僕を抱くとは言わない。
それで僕が他の男の所に行ったとしても、それでも前言を撤回したくないのかな。

そう思ったらなんとなく複雑な気持ちになったので、僕はショッピングモールの入り口で琢磨と別れた。





僕を初めて抱いたのは実の父親だ。
まだ中等部に上がる前、実家で暮らしていた時のこと。
当然だけど、無理矢理だった。

その次が叔父、そして2人の兄。
中等部で寮に入ってからは当時の同室者、担任、先輩と続き、その頃にはすっかり僕の名前は一部には知れ渡っていた。

誰でもやらせてくれるんだって?
それが声をかけてくる男達の常套句。
たまに僕のことを好きだって言う人達も現れたけど、結局やることは同じだった。
馴らして、広げて、突っ込んで、欲を吐き出す。

彼らに対して僕は一つだけ条件をつけた。
キスはだめ、と。
代わりに舐めてあげるから。あ、入れる時は生でもいいし。
そう言ったら皆頷く。

キスを拒むことに特に理由はない。
でもなんとなく、キスは恋人同士がするものかな、と思っていた。
だからキスなしでもいいよ、と言う人達は別に僕のことが好きなんじゃなくて僕の体に興味があるだけなんだろうな、とも。

そして琢磨も、僕とキスをしたがらない。





昨日より遅い時間に部屋に帰ると、部屋にはいい香りが漂っていた。
夕飯にも琢磨の手料理を食べるようになってから1週間くらい経ったんだろうか。
その間に僕が美味しいって言った物が全部、大きくはない食卓に所狭しと並んでいた。

鶏の唐揚げに海藻サラダにバンバンジーにシチュー、冷や奴、鮭の塩焼き、それから杏仁豆腐。
取り合わせもめちゃくちゃな食卓に突っ伏して、琢磨が寝息を立てている。
穏やかな寝息と共に、かすかに肩を上下させながら。

夕飯は一緒に食べないって言ったのに、待ってたのかな。
……ばかなやつ。

「琢磨、帰ってきたんだけど」
「ん……由良?」
「うん。由良くんですよ」

眠そうに目を擦った琢磨は、いつもの大人びた雰囲気よりも幼く見えた。
こげ茶色の髪をくしゃくしゃって撫でると、ふふっと嬉しそうに笑う。
まだ寝ぼけてるのかも。

「ポチ、お手」
「ポチじゃない……」
「うん、琢磨。お手」
「……わん」

よくできました、ともう1回琢磨の髪をくしゃくしゃにしてから、僕はようやくちゃんと目を覚ました琢磨と一緒に大量の料理をお腹に詰め込んだ。

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