▼ 02

琢磨の指は綺麗だ。
白くて細くて、長い。
あの手に触られたら多分すごく気持ちいいんだろうと思う。
でも、琢磨は性的な意味では僕のことを触らない。

コーラ買ってきて。夕飯つくって。肩もんで。
何を言っても琢磨は従順に僕に従う。
よくできた家来みたい。
僕だけの犬、その考えはなかなか悪くないと思う。

今だって琢磨は、ベッドに腰掛けた僕の足下にひざまずいて、僕の足の爪を切っている。
そっと持ち上げられた右足を琢磨の膝に乗せられて、少しひんやりした琢磨の手が僕の親指に添えられる。

パチン、パチン、と小気味いい音。
右足を終えたら次は左足を同じように持ち上げられて。

「琢磨」
「ん?」
「……琢磨」
「……」

2回目でやっと顔を上げた琢磨にいつも男を誘う時の笑みを向けてやったら、少し顔をしかめられた。
心外だなあと思ってむくれると、琢磨は何も言わずに僕の足に視線を戻す。
その手が爪切りを構える前に、琢磨の足の間に右足を伸ばして、足の裏で一撫で。
効かなかったと思った色仕掛けは、その実しっかり効いていたみたいだった。

「ふふ、勃ってる」
「……そりゃ勃つよ」
「やっぱりしたいんでしょ? やせ我慢してないでおいでよ」
「しないよ。それにしたいから勃ったんじゃない」
「え、じゃあ何で?」
「由良が好きだから」
「……」

琢磨は時々よく分からないことを言う。

好きって何?
僕としたいってこととどう違うの?
僕に可愛いとか好きだとか言ってくるくせに出すもの出したらさっさと帰っちゃったり用済みとばかりに僕を追い出す男達と琢磨はどう違うの?

再び鳴りだした爪切りの音に耳を澄ませていると、仕事を終えた琢磨は床に敷いていた紙を丸めて立ち上がった。
そのまま部屋を出て行こうとしている所を、腕を広げて呼び止める。

「琢磨」
「何?」
「ご褒美。キスしてもいいよ」
「いや、晩飯作るから一緒に食べよ」
「……分かった」

琢磨の理性は思ったより固いらしい。
僕に誘われて乗っからないなんて不能なんじゃないのとも思ったけど、さっき琢磨の股間は反応してたからそれはないはず。
でも僕の体だけが目当てじゃないことを証明して、それに何の意味があるのか分からない。
だって、結局好きの行き着く先もセックスじゃないの?
愛があっても愛がなくてもできるんなら、じゃあ別にそんなものいらない。





「由良たーん、もう帰っちゃうの?」
「帰るよ。当たり前でしょ」
「つれないなー。そろそろ俺のこと好きになんない?」

下着だけおざなりに履いた格好のまま枕元の煙草を引き寄せた男が笑う。
いかにも軽薄そうな顔の、でもどこにでもいるような男。
こいつの名前何だっけ、というかこいつそもそも誰だったっけ。
でも名前なんてどうでもいっか。
気持ちよくなれるなら、その相手のことなんか興味ないし。

「冗談。本当に僕が好きになったら鬱陶しくなって切るんでしょ」
「はは、そうじゃないとは言い切れないなー」
「はいはい、おやすみ」
「じゃねー、またね由良たん」

適当に制服をひっかけて部屋を出た所で、ようやく思い出した。
さっきの、琢磨の元同室者だ。
どこかの委員会の委員長になって一人部屋を獲得した男。
でも結局名前は思い出せなかった。





眠気とセックスの後の気だるさでふらふらしながら部屋に帰ると、出迎えてくれた琢磨はやっぱり少し顔をしかめた。
でもその傷ついたような表情は一瞬でかき消えて、いつもの呆れたようなでも優しげな笑顔になる。

「寝る? 風呂? それとも何か食う?」
「なんか新妻の台詞みたい。ご飯? お風呂? それとも私? ってやつ」
「ああ、言われてみればそうだね」
「琢磨にしようかな」
「はいはい、冗談は置いといて。風呂入ってきた?」
「ううん、入ってない。一緒に入ろ」
「いい子だから1人で入んなさい。上がったらドライヤーしてやるから」

子どもにするみたいにぽん、と頭を撫でられてちょっとむっとした。
あしらわれてる。
この僕が?

「琢磨。何でもするんでしょ」
「そりゃあするけど……」
「じゃあ一緒に風呂入って。中に出されちゃったから琢磨が指突っ込んでかき出してよ」
「……」

真っすぐ見据えてそう言うと、琢磨は傷ついたように目を伏せた。
でも小さく頷いて、先に立って風呂場に歩き出す。
その背中を見て僕は、勝った、と思ってこっそり笑った。
一体何にどう勝ったのかなんて分かってやしなかったけど。







「ん、あっ……琢磨ぁ……あっ!」

大げさなくらい甘ったるい声を上げて鳴いてやると、背後で琢磨がごくりと唾をのむ。
腰の辺りを掠めた琢磨の吐息が熱くて、悪くない気分になった。

洗うだけだから、と言った琢磨は裸にもならずに、ジャージの上だけ脱いで足下を捲り上げている。
対照的に僕は今から風呂に入るわけだから全裸で、でも今更誰の前で脱いだって別に恥じらいなんかない。
むしろその服装の差に少し燃えた。

タイルの壁に手をついて背を向ける僕の足下にやっぱり跪いた琢磨は、あくまで事務的な手つきで僕に触った。
ちょうどいい温度のお湯をシャワーで流しながら中に指をそっと入れて、入ったままだった精液をかき出す。
他の男の残滓を掃除させられる琢磨はどんな気分なんだろうと思った。
それから、琢磨を傷つけるようなことをしている僕はSだったのかなあ、とも。
体的には今までMだとばっかり思ってたんだけど。

「ん……あ、ぁ、そこ、きもちい……」

例の白くて細くて長い指が不意に前立腺を掠めて、演技ではなく膝が崩れそうになる。
散々出してきたばかりだったけど、僕の下半身もいつのまにやらその気になっている。
ついでに快感を追おうと声を上げると、途端に中の指がぴたりと止まった。

「ふ、だめ、……おねが、そこ擦って……!」

つい腰が揺れて、でもいい所に当たらない。焦らしプレイもそこそこ好きだけど、今はイきたくてしょうがない。

「……由良」
「な、に……? っ、いれたいなら、あ……っ、いれていいよ?」
「……」

その後僕はやめようとする琢磨にねだり倒して気持ちよく出したけど、琢磨はかたくなに僕の誘いには乗らなかった。
やっぱり不能なんじゃないのとも思ったけど、でも琢磨のもジャージの下で元気になっていたから違うらしい。
本当に強靭な理性だなあと多少感心はするけど、でもやっぱり琢磨が何でそんなことをするのかは僕にはよく分からない。

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