▼ 01

俺は由良が好き。俺と付き合ってください。

決死の覚悟でした告白は、予想通り鼻で笑われた。
ソファーで気だるそうに足を組んだ由良は、今日は一体誰に抱かれたのか胸元に残る情事の痕を隠そうともせずに軽く目を細める。

「何だ、琢磨も僕のことそんな目で見てたの」
「いやそういうわけじゃ……」
「抱きたいならいいよ。シャワー浴びてきたから一応清潔だし」

男を誘う妖艶な笑み。
うっかりよろめきそうになり、煩悩を振り払うべく慌てて目の前の由良から視線を逸らす。

「そうじゃなくて」

つい固くなってしまった俺の声に、由良は小さく首を傾げた。

「僕としたくないの?」
「体だけじゃなくて、由良の心が欲しい」
「意味分かんない。悪いけど体だけしかあげらんないよ。セフレでいいでしょ?」
「セフレになるくらいなら体なんかいらない」

ここで頷けば体だけなら簡単に手に入ることは分かっている。
でも、それでは由良を抱くその他大勢のうちの1人に成り下がってしまう。
それだけは絶対に嫌だった。

俺は由良の全部が欲しかった。
体だけじゃなくて、心も体もひっくるめて全部。





由良の噂は知り合う前から時々聞いていた。
一部ではひそかに有名人だったからだ。
誘われれば誰とでも寝る、淫乱でビッチな由良ちゃん。
それが由良のあだ名だった。

最初は根も葉もないただの噂だと思っていた。
由良は綺麗だけど一見すごく真面目そうで、大人しそうだったから。
同じクラスになったことがなかったから直接喋ったことはなかったけど、こっそりクラスを覗いてみたら由良は制服をパンフレット並みにきっちり着こなして、休み時間だというのに背筋をぴんと伸ばして教科書を読んでいたのだ。

でも2年の始めに運良く寮の部屋移動で同室になって、その噂が本当だったことを目の当たりにした。
たまに部屋に連れ込む男は毎回違っていて、それ以外の日もどこかに出かけて夜遅くまで帰ってこない。
どこかっていうのがこれまた男のとこだっていうのは聞かなくてもすぐに分かった。
疲れた様子で帰ってくる由良は、石けんの清潔な香りの中にも凄絶なほどの色香を漂わせていたから。

一度玄関先で倒れ込むように眠っていた由良を見つけた俺は、それ以来何かと世話を焼くようになった。
と言っても床やソファーで眠り込んでいたらちゃんとベッドまで運んで寝かせるとか、身辺にほとんど構おうとせずに不健康な生活をしようとする由良に栄養のつきそうな朝飯を食わせるとかその程度だけど。
そうしたら最初は鬱陶しそうにしていた由良がいつの間にか少しずつ懐きだして、そして気がついたら俺は由良のことを好きになっていた。
由良は俺をベッドに誘ったりはしなかったから、色気に誘惑されたわけではないと思う。おそらく。





「じゃあ何。心はあげらんないし体は欲しくないって言うなら僕とどうしたいの」

怪訝そうな声で由良が言う。

そんなこと決まってる。
他の男に抱かれてほしくない。
俺だけを見てほしい。
由良も俺のことを好きになってほしい。

でも、そんなことを言っても歯牙にもかけてもらえないのは分かりきっていた。
何しろ心はあげられないって言われたばかりだから。
それなら、と少し考える。

「由良の側にいたい」
「側に? いるじゃない」
「そうじゃなくて、もっと」
「具体的には?」
「一緒に飯を食うとか、休みの日にはたまにデートするとか……」
「却下。それじゃ僕の得がないでしょ」

食い下がる俺に、由良は呆れたように笑う。
得って? と聞けば、非常にあけすけな答えが返ってきた。

「セックスなら僕も気持ちいい。でも琢磨とセックス抜きのデートをしたって別に気持ちよくない」
「……まあ確かに。そりゃそうだな」
「ね? だから却下」
「何でもする。由良の言うこと何でも聞くよ」

ここで話を終わらせてしまったら今までと同じ、いや今まで通りに戻れる保証さえなかった。
だから尚も必死に食い下がると、俺をじっと見つめた由良は小さく肩を竦めた。

「別にそんなことしなくていいよ。どうせ琢磨だって皆と同じなんでしょ?」
「同じって?」
「好きとか側にいたいとか綺麗なこと言ったってさ、結局はヤりたいだけなんじゃないの?」
「違うよ」
「何が違うの? 大体好きって何。単に性欲を綺麗な風に言い換えてるだけなんじゃないの? まだるっこいことしなくたってさっさとヤればいいじゃない」
「だから違……」

否定しかけた俺は、由良の強い視線に思わず唾をのんだ。
ここしばらくの世話焼きがてらの交流のおかげでせっかく開きかけていた由良の心が、今にも閉じていきそうになっているのが見える。
真っ黒な瞳に映っているのは、俺への不信感と少しの諦め。

背に腹は変えられない、とその時俺は思った。
体だけじゃなくて由良の全部が欲しいってことを、まずは由良に信じてもらわなきゃいけない、と。
独りよがりかもしれないけど、そんなことしたってどうにかなるとは限らないけど、でもとにかくは。
だから決意を固めて、俺は言った。

「分かった。俺は絶対由良を抱かない。体だけが欲しいんじゃないってことを証明する」
「何でそんなことするの? そんなことされても僕別に琢磨のこと好きになったりしないと思うよ」
「それでもいいよ。でも俺が由良のこと好きなのは本当だから。由良にそれを知ってもらえればいい」
「ふうん……まあ勝手にすれば」

少しむすっとした顔でそう言った由良は、でもすぐに楽しそうな顔になって口元を引き上げた。
小さな顎をしゃくって玄関の扉を指す。
つられて振り返ると、由良は綺麗な笑みを作って言った。

「何でもしてくれるんでしょ? とりあえずコーラ買ってきて」

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