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何度目かの逃亡を図り連れ戻された月の君が折檻を受けている。折檻は彼女達との遊びとは違って、男達も全員揃った前で行われる。おそらく僕達を牽制し反抗心を削ぐと共に、罪人には屈辱を与えて再犯を防ぐためなのだろう。

ここでの罰は、罪の重さというよりも彼女達の気性や気分によって決められているようだ。月の君を捕まえた方が僕と剛の君の組み合わせを好む方、つまり男を苛めることに悦びを見出す方だったのが、 彼にとっての不運だった。下半身を露わに拘束された彼は、発情を促す液体を塗られ張り詰めた自身を先日の僕のように縛り上げられ、そして剥き出しの臀部に鞭を受けている。一つ鞭打たれる度に月の君の肢体は大きく跳ね、真っ白な臀部は赤く彩られる。縛られた彼の自身からは際限なく蜜が垂れていた。月明かりの中で行われるその淫猥な行為を、飼い馴らされた僕は美しいとさえ思う。





末の君が時折他の男と組み合わされる時、僕は一晩眠れない夜を過ごす。

月の君への罰を見せられることだけが原因ではないと思うけれど、日に日に僕達の中から何かが奪われているのを、最近ぼんやりと感じる。丸くなっている、と言い換えても良いのかもしれない。怒りや憎しみや怖れや、あらゆる暗い負の感情が少しずつ削り取られてゆき、僕達の心は平坦になっていく。それを疑問に思うことすら封じられ、そして僕達は無害な家畜になる。

嫉妬心や独占欲だなんてものも、だから僕からはとうに奪い去られているらしい。ただ、末の君が他の男に抱かれているという事実があり、それに対する僕の感情は平坦なのに、なぜだか眠れないという結果のみがあらわれる。僕は眠れないまま布団の中で一晩を過ごし、そして空が白み始める頃に布団から抜け出して末の君を迎えに行く。閉め切られた大広間の襖の前で一晩を過ごす張り番の男は、毎回そんな僕を見て不思議そうに首を傾げ、そして笑う。僕にとって月の君の行動が不可解であるように、彼にとっては僕の行動が不可解に思えるのかもしれない。

ぐったりとした末の君を慎重に抱きかかえて部屋に戻った僕は、彼の身を清めて布団に寝かせる。そしてその隣に潜り込んで、日が昇るまでのごくわずかな時間、ようやく短い眠りにつける。眠りに落ちる前、僕は決まっていつも、隣で眠る末の君の寝顔をしばらく眺めている。あどけない寝顔に僕の心は、どうしてだろう、ひどく痛む。

ただ、僕以外の男と過ごした翌日。僕が剛の君と過ごした翌日にそうするように、末の君がいつもの場所で一人でぼんやりと水面を眺めていてくれることだけが、僕を救っている。





彼女達が僕達を睦み合わせるのは、純粋に楽しみであり娯楽でしかない。そもそも僕達は彼女達とは種族が違い、そして僕達は彼女達の家畜である。だから彼女達は僕達に基本的には指一本触れないし、勿論生殖行為も行わない。彼女達の生殖相手は、同種の男達である。

彼らは、女だけで暮らしている彼女達のもとに、時折思い出したような間隔で訪れる。酒を呑み、番らしき相手を抱いて種をしこみ、そしてまた湖の奥へと帰っていく。彼らがどこから来てどこへ戻るのか、僕達は知らない。知る必要がないことには僕達の興味は注がれない。きっとそういう風になっているのだろう。僕達からは色々なものと同様に好奇心も奪われているのかもしれない。

その日も突然屋敷に現れた彼らは、番を抱き、種をしこむと、その後珍しく僕達に余興を要求した。余興と言っても芸事の類では勿論ない。彼女達同様、僕達の睦み合う姿を見て酒の肴にしようという腹づもりらしい。

その日指名されたのは、僕と末の君、そして剛の君と、もう一人藤の君というすらりとした長身の男だった。藤の君と言葉を交わしたことはないけれど、姿を目にしたことは何度もある。僕が明け方末の君を迎えに行く時、くたびれた彼を抱いて大広間から現れる人物だ。だからその時点で、なんとなく予感はしていた。

わるい予感ほどよく当たる。そう言ったのが誰だったかは既に覚えていないから、ここに来る前の世界でのことだったのかもしれない。はっきりしたことは定かではないが兎も角、僕と末の君は口付けを交わし合いながら、互いの男に身体をまさぐられた。

ーーあれを。

その段階ではおそらく、末の君には事態がよく呑み込めていなかったのだろう。けれど剛の君が彼女達の指示に応えて僕の下半身に発情を促す薬を塗りつけて紐で縛ると、ようやくその涼やかな目元に困惑を滲ませた。そして潤滑油を絡めた剛の君の指が僕の後孔を解す段になると、驚きに目を見開いて言葉を失った。

僕の心は、ここに来た当初と比べて大分平坦になっているのだと思う。けれど、剛の君に体を拓かれそれを彼女達に見られることには慣れても、末の君に見られることだけは耐えられそうになかった。が、たとえ僕がどう思おうとも、そうしなければならないこともよく分かっていた。彼女達の満足、ひいては彼女達の番である男達の満足が、僕達にとっての喜びであり、生きる意味でもある。僕達はそのために飼われ、生きて、全てを捧げるのだから。

けれど。

ーー香の君。

末の君が泣きそうな声で僕の名前を呼ぶから、僕まで泣きそうになってしまう。僕は末の君と溶け合って一つになってしまいたいのに、それなのにどうして彼の目の前でこんなことをされなければならないのだろう。

心とは裏腹に、馴らされた体はすっかり準備を整えてしまっている。乳首を弄られ奥を穿たれ、そして縛られて吐精を遮られた自身を扱かれればきっと、喉からはみっともない嬌声がもれ、あられもなく泣き叫んで絶頂を懇願してしまうのだろう。ぐ、と唇を噛み締め目を閉じてはみても、この非情な現実からは逃れることはできないのだ。

ーー香の君。

末の君が、僕の名前をもう一度呼んだ。今度はひどく優しい声だった。うっすらと瞼を上げれば、四つん這いにさせられ今まさに後孔を貫かれそうになっている僕の顔を、末の君の美しい双眸が覗きこんでいた。宥めるように髪を撫でられ、あやすような触れるだけの口付けを何度かされた。そして末の君は、そっと指を絡めて手を握ってくれた後、その表情に諦めを滲ませ、かすかに笑った。

その途端、僕の目からはぼろりと涙が溢れた。それが自分でも分かったけれど、これが何のための涙なのかは分からなかった。奪われたはずの感情のうちのどれかが、僕を苛んでいたのかもしれない。

そんな僕を見て、末の君ははっと目を見開いた。一瞬でさっと瞳の色が変わるような、そんな、目を瞠るような変化だった。そして末の君は、背後の藤の君を乱暴に払いのけて身を起こした。そんな荒い仕草も、僕達からはとうに奪われてしまったはずのものだ。驚き固まった僕の手を一瞬強く握った後起き上がった末の君は、彼女達と彼らに向き直り、何かを叫んだ。

ーー×××××××。

激昂した様子の言葉は、僕の耳では聞き取れなかった。けれど末の君が何かに怒っていることは分かった。戸惑い、背後の剛の君を見ると、彼も困惑したように僕を見返してきた。

ーー××××××!

再び何かを叫んだ末の君に応えたのか、彼女達の中から男が一人立ち上がった。彼女達の種族の男は、僕達よりも二倍か三倍大きな体格と強靭な筋肉を持っている。末の君は抵抗したが、たちまち男に首を掴まれ、そのまま持ち上げられてしまった。

ーー××が戻ったのか?
ーーいや、まだのようだ。
ーーだが時間の問題だろう。××は既に解けている。
ーーどうする、罰か? ××か?

彼女達と男達とがざわめき話し合うのを、僕はぽかんと口を開けたままで聞いていた。言葉は耳には入ってくるのだが、末の君の言葉を聞いた時同様、頭では理解できない。ぼんやりと靄がかかったような不鮮明さに、頭の奥がずきんと痛む。ぐっと吐き気を堪えたと同時、末の君の叫び声が聞こえた。はっと顔を上げる。 視界に入ってきたのは、末の君を持ち上げた男の背中だった。軽々と末の君を抱えたまま彼は広間を横切り、襖を開け、そしてこちらを振り返った。

ーー取り戻してからではもう遅い。処分だ。

彼女達のざわめきも、ひゅっと息を呑んだ僕の耳には届かなかった。もっともこれは、彼女達の言葉が理解できなかったわけではなく、単純に僕が末の君に全ての神経を集中させたからに他ならない。鋭敏になった僕の視界の中で男は笑い、そして高々と持ち上げた末の君を、湖に向けて投擲した。

闇に輝く月明かりに、末の君が纏っていた薄紫が舞った。
空を飛んだのかと思ったのだ、一瞬。
宙を舞う末の君は、目があった時うっすらと笑っていたから。

そして一瞬のち、魚が跳ねるような、けれどそれよりずいぶん大きな水音が、ぼちゃんと響いた。

頭の中はひどく混乱していた。どうにか聞き取れた、処分という二文字。そして湖に沈んだ末の君の姿。僕の頭は未だ何も理解してはいなかった。けれど、体は動いた。宥めるように僕の肩を抱こうとしていた剛の君を押しのけ、反射的にだったのだろうか手を伸ばしてきた藤の君を振り払い、僕は走った。開け放たれた襖の間をすり抜け大広間を飛び出した時、すれ違った男は何も言わなかった。ただにやりと笑った口元が、金色の瞳が、その醜悪さだけが視界の端に残った。けれど立ち止まっている暇はなかった。最初の水音の後、湖は静まり返ったままだ。つまり、末の君は浮かんできてはいない。この闇の中で方向を見失っているのだろうか。そう思って、けれどその時ふと思い出した。

ーー違う、アイツは泳げないんだ。

そして僕の両足は、外廊下の端を踏み切って飛んだ。初めて飛び込んだ湖の水は、想像していたよりもよほど冷たい。けれど月明かりが照らしていてくれたから、目をこらして探す手間は省けた。薄紫の衣を肩にひっかけて、目を閉じたまま沈んでいく白い体。必死に水をかいて細い腕を掴み、水面に引き上げ、そしてぐったりとした体に渾身の蹴りを入れ、叫んだ。

「だからあれだけ泳ぎの練習しろっつったろうがこのボケ!」

げほっと呻いて水を吐き出し、咳き込んだ末吉は、驚いたように目を瞠った。その視線を捉えた瞬間、俺はようやく全てを思い出した。

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