▼ 2

彼女達に指名された翌日は、丸一日の休みがもらえる。全ての仕事から解放されるその日の過ごし方は、人によって様々に違う。僕と末の君はと言えば、屋敷の外廊下の縁から足を投げ出して座り、日がな一日水面を眺めるのが通例になっている。

昨夜の余韻をひきずっているのか気だるさを漂わせている末の君は今日も、僕の肩に頭を乗せてぼんやりと湖の先を眺めている。寄り添う体温はほんのりと温かく、繋いだ指先も同じように温かい。そして、ゆったりと流れる時間はとても心地よい。時折魚が跳ねる度にぽちゃんと響く小さな水音も、その穏やかさを増長させている。

時折、言葉も交わす。たいていは特筆するほどでもない、ごくささやかなものだ。この変化も娯楽もない日常ではさしたる話題はないのだから。ここに来る前のことは覚えていないから昔話もできない。だから僕達の話は自然と、その日の天気の話のような当たり障りのないものに限られる。

「いい風だね」

ふと、長い沈黙を破って末の君が言葉を発した。少し枯れた声は昨夜の名残だろう。うん、と答えて末の君の髪に指を通す。色素の薄い茶色の髪は、いつ触ってもふわりと柔らかい。ちらりと僕を見上げた末の君が、かすかに笑う。儚げな美しい笑み。そっと重ねた唇も、ふわりと柔らかく僕を受け止めてくれる。

始まりは彼女達の指名だとしても、何度も番わされれば自然と甘やかな感情が生まれることも少なくはない。もちろん相性もあるから一概にそうとも言えないけれど、少なくともそうしてできた二人組がここにはいくつもある。僕と末の君もそのうちの一組で、僕は勿論のこと、きっと末の君も僕を憎からず 想ってくれていると思う。けれどこんな僕達を見て、月の君ならばやっぱり飼い慣らされていると顔を顰めるのだろうか。僕達のこの感情は、全て彼女達の手の内なのだろうか。名前の分からないこの柔らかな感情まで操られているとは思いたくないけれど。





僕も末の君も指名されずに粛々と昼前の仕事をこなす日々がしばらく続いていた。けれどその夜の指名はあろうことか僕と剛の君だった。この組み合わせの時には、僕が受け入れる側に回らされてしまう。大柄で武骨な顔つきの剛の君は、何度身体を重ねてもいつも、その日が初めてであるかのような緊張したような手つきで僕を押し倒し、そしてぎこちなく覆いかぶさってくる。薄闇の中で僕は目を瞑り、そして何かを思う。けれど思った端からそれはちりぢりに消え去り、形をなさない。それに対する疑問すら、僕の頭の中には残ってはくれないのだ。途切れ途切れで自覚すらできない思考の中で、僕は思う。

ーー×××××。





嬌声。そう呼んで差し支えないような切羽詰まった声は、間違いなく僕の喉から出ている。彼女達に与えられた潤滑油を絡めた剛の君の指で後孔をほぐされ、そして彼の体格に違わぬ大きなものを受け止める頃には、何かを取り繕う余裕など一つも残されてはいない。最初こそ痛みしかなかったこの行為は、すっかり慣れてしまった今では逆に、快感しかもたらしてはくれない。四つん這いで足を開き、その間に男を受け入れて、僕は快感に喘ぎ、そして泣く。

ーー顔を。

余裕なんてないのに、僕の耳は鋭敏に彼女達の指示を受け取る。けれどとうに力の抜けてしまった腕は身体を支えられず、伏せた床から顔を上げることはできない。代わりに、伸びてきた剛の君の手に顎を掬い上げられ、みっともなく歪む泣き顔を彼女達にさらされる。同時に奥を穿たれ、たまらず一段高い声が喉からもれる。闇に慣れた僕の目は、居並ぶ彼女達の悦にいった表情を映しだす。

彼女達の満足は、僕達の喜びでもある。彼女達のために僕達は生きて、全てを捧げるのだ。そのための愛玩動物。けれどそれはそれとして、人にはそれぞれ性分があると僕は思う。いくらこの行為で快感を捉えても、きっと僕には他人を受け入れることは向いてはいないのだろう。他人を受け入れ、そしてそれを彼女達に見られることは、僕にとっては彼女達を満足させることへの喜びである以上に、羞恥であり屈辱であるのだから。剛の君の力強い抽送を受け止めながら、僕はふと思う。もしかしたら、末の君も僕に抱かれながら同じような屈辱を感じるのだろうか、と。そう考えると、僕の胸はひどく痛む。





剛の君と共に指名された翌日は、いつも一人で過ごす。 場所はいつもの外廊下の端。末の君には仕事があるから、いつものように寄り添い手を握り合って過ごすことはできない。けれど、だからと言って剛の君と一緒にいようとは思ったことはなかった。おそらく剛の君も同じだろう。指名された時以外には、僕と彼は言葉も視線も交わしたことはない。

末の君に会いたい。ふとそう思ったのは、昨夜散々な目にあったからだろうか。僕と剛の君との組み合わせを指名したがる方は、特に僕を苛めることを好むようなのだ。昨夜も早々に指示されたのは僕自身の根元を紐できつく縛ることだった。その状態でいくら快感を得ても、どうしたって吐精することはできない。足を開いて男を受け入れ、乳首を弄られ、そして縛られたままの自身を扱かれて、僕は何度も絶頂を迎えた。けれど、射精を伴わないそれを何度重ねても、満足には程遠いのだ。むしろ回を重ねるごとに酷くなる快感と焦燥に、みっともなく泣きじゃくりながら懇願し、言われるがままに卑猥な言葉でねだらされた。しまいには、思い出したくもないような屈辱的な行為さえ強いられた。

遠い水面をぼんやり眺めていると、ふと僕の耳はかすかな足音と衣擦れの音を捉えた。けれど、全身にわだかまる疲労と気だるさは、僕から首を動かす力すら奪っている。そのまま視線を遠くに彷徨わせていると、足音はゆっくりと遅くなり、そして僕の隣で止まった。

「香の君?」

頭上からかけられたその柔らかい声に、のろのろと顔を上げた。水面が反射する光に照らされてそこに立つ末の君を見た瞬間、なぜだか無性に泣きたくなった。気がつけば、彼の腰元にすがりつくように腕を回していた。迷惑がられるかな、とちらりと思う。僕は休みだけれど、末の君は仕事中だ。けれど小さく苦笑する気配の後、末の君はそっと僕の頭を撫でてくれた。

「どうしたの、何かいやなことでもありました?」

その言葉に、かすかな違和感を覚えた。僕は、昨夜のことがいやだったんだろうか。

「……末の君に、会いたくて」

答える代わりに言った言葉に、末の君は冷たい指先で僕の頬を撫でた。そのまま顎をすくわれて顔を上げさせられる。眩しさに目を細める視界の中で、彼はくすりと笑った。

「今日はやけに甘えんぼうさんですね」
「……側にいてくれませんか?」
「困ったな、僕仕事中なんですけど」

ぎゅっと手を握り、指を絡めてねだると、末の君は苦笑しながらも隣に腰を下ろしてくれた。宥めるように肩を抱かれ、それから顔を覗き込まれる。

「5分だけですよ?」

悪戯を共有するような愛らしい笑みに、思わず口付けた。末の君は微笑んでそれを受け入れ、それどころか舌まで出してくれる。じゃれ合うように唇を重ね、指を絡めつつ、ふと思いだした。

「……末の君は、いやじゃないんですか」
「何がですか?」
「僕に、その……」

言い淀んだ言葉を、けれど彼は正確に受け取ってくれた。すり、と頬が寄せられ、腰にゆるりと腕が回ってくる。そして彼は、目元を綻ばせた。

「いやじゃないですよ」
「……」
「香の君に触られるのはいやじゃないです。むしろ嬉しいんです、僕は」
「……本当ですか」
「ええ、もちろん」

ほっとして末の君の細い肩に頭を預けると、再び優しく髪を撫でられた。こうして末の君と過ごす時間は、とても穏やかで優しく、心地よい。だから僕はこの時間がいつまでも続けばいいと思ってしまうのだ。たとえ僕達が何を奪われていようとも、ここが偽りの世界なのだとしても。こうして末の君と一つに溶け合ってしまえればいいのに、と。

prev / next

[ back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -