▼ 第7話 9月

山奥の秋は早い。一面に色づく紅葉が綺麗な季節、ようやく夏休みぼけのぬけた俺は部室の扉を開き、その瞬間目を瞠ってのけぞった。

「……!?」
「あ、永田くん。こんにちは」
「こんにち、は……!?」

振り返って微笑む沢口さんは、とんでもない物に囲まれていた。色とりどり大小様々なそれらは、いわゆるあれだ、大人のオモチャというやつだ。
その中の1つ、沢口さんが握っているあからさまな形をした真っ黒で巨大なブツは特に、綺麗な沢口さんにはあまりにもそぐわない。まるで合成画像を見ているかのようなギャップがあって、しかしそれが逆に卑猥さを増しているような気もする。

息をのんで言葉に詰まった俺に首を傾げた沢口さんは、ああ、と呟いてそれをテーブルの上に戻した。代わりにもう少し小さめ、おそらく一般日本人男性の平均サイズくらいだろうと思われるものを手にとって俺を手招いた。
よろよろと近寄り、いつものパイプ椅子に腰かけるとビーカーに入ったコーヒーを手渡してくれる。ありがたく受け取って一口飲むと、ほんのりした甘さに心が少しだけ落ち着いていくような気がした。

「これを作ってみたんです。他のは参考にするために集めました」
「あ、ああ……なるほど」
「電池で振動するタイプなんですけど、物によって色々な振動パターンがあって面白いんですね。興味深かったです」
「そう、でしたか」
「それから、色はともかくとしても質感や温度が重要なことも分かりました。友人がいかにも機械的なものは嫌だというものですから、そこにこだわってみました」
「はあ……」
「ちなみにこれは僕ので型を取ってみたんですけど、」
「……ぶふっ!」

その瞬間飲みかけていたコーヒーにむせた。口内から飛び出したコーヒーで濡れた制服のズボンを慌てて手のひらで拭っていると、沢口さんが目を丸くしてタオルを差し出してくれる。

「す、すいません」
「大丈夫ですか? ゆっくり飲まないと駄目ですよ」
「……」

いや、そういう問題じゃない。

足を適当に拭ってからおそるおそる視線を上げると、沢口さんの手に握られたままのそれが再び目に飛び込んできた。肌色のそれは妙に生々しいとは思っていたけど、まさか沢口さんのアレだとは思わなかった。そしてそう思って見ると余計生々しく思えて、そっと視線を外す。

「というわけなんですけど、試させてもらってもかまいませんか」
「えっ!?」
「え、駄目ですか?」
「あ、いや」

頷いたけれど、頭の中はものすごく焦っていた。試すってことはつまりあれを後ろに突っ込むということで、しかもあれは沢口さんの形をしているわけで、ということは沢口さんとするようなものだ。
もちろん沢口さんになら貞操を捧げる覚悟はあったからそれは構わないが、しかし沢口さんのものであって沢口さんのものはでない道具を使ってするというのは実際にするよりも恥ずかしいんじゃないだろうか。

不意に、数ヶ月前にローションを試すために指を入れられた時のことを思い出した。俺は未だかつて男とそういう関係になったことはないからさっぱり知らなかったけれど、どうやら男でも体内に性感帯が存在するらしい。あの時は媚薬入りのローションだったこともあったかもしれないけど、でもそこを沢口さんの綺麗な指に触られた瞬間から俺はちょっと思い出したくないくらいの醜態をさらしてしまったのだ。

指であれなら、オモチャとはいえ沢口さんのものだったら尚更、あれ以上に乱れてしまう自信がある。夏休みの一件で深く深く、それこそ海よりも深く反省したから沢口さんを襲うことはないだろうが、同じ件で綺麗な沢口さんと汚い俺の欲望を結びつけてしまう自分の心理を認めざるを得なくなってしまった俺があのとき以上の醜態を抑えられるはずがない。

しかしそんなことを思ってはみても、沢口さんの頼みごとを俺が断れるはずがないのだった。

すっかり物置化していたソファーから物をどけながら、沢口さんが俺を手招く。立ち上がってその手招きに引き寄せられるように近づけば、肩を押されてそこに座らされた。緊張と不安で震えそうになる手でベルトをはずしズボンと下着を下ろすと、沢口さんがそっと髪を撫でてくれる。それで少し落ち着いた俺は、言われるままに四つん這いになってクッションを引き寄せた。





この間のように指で慣らす段階で既に息が上がっていた俺は、例のオモチャを突っ込まれて『たくさんつけてみた』という振動パターンをあれこれ試される頃になるとすっかり息も絶え絶えになっていた。
思っていた通り、中に埋められているものが沢口さんの形をしていると考えると必要以上に色々な刺激を拾い上げてしまう。そんなわけで、最初は必死に堪えていたみっともない声も早い段階で我慢しきれなくなって、今やだだ漏れだ。
汗ばむ肌を時折思い出したように撫でてくれる沢口さんの手も、その度信じられないくらいの快感を呼び覚ます。

「永田くん……大丈夫ですか?」
「ふ……っ、は、い……」
「次で最後ですからね」
「は、……あ、んんっ!」

動きを変えたそれに慌ててクッションに顔をうずめたけれど、やっぱり耐えきれなかったくぐもった声が狭い室内に響く。噛みしめた奥歯も、白くなるほど握りしめた両手の拳も、痛いはずなのにそれを上回る快感のせいでもはや感覚がない。背中にひんやりした手がそっと添えられた感触にぞくりと震えれば、屈み込んだ沢口さんが耳元で囁いた。

「どうですか、 気持ちいいですか?」
「……っ、は、はい……! あ、ぁ……!」
「どの動きが一番良かったですか?」
「ん、これ……っ、これがいちば、ん……、ふ、ぁっ、沢口さんっ、 あ、も、とめ……っ!」

湧き上がってくる射精感を散らそうと首を振れば、背中に添えられていた手がするりと滑り上がってくる。
首筋から耳元へ撫でてくれた手が軽く頭に乗せられれば、不意に泣きたくなった。

ーー好きです。

口には出せない言葉を、心の中でそっと呟いてみた。途端に胸がじんわり温かくなって、けれどすぐにきゅっと冷える。体の奥底に沢口さんに言えない言葉ばかりが溜まっていくような気がする。もし胸を開いて中を覗くことができたら、そこにはきっとどろりと淀んだ欲望ばかりが沈殿しているはずだ。

ーー沢口さんが、好きです。

目尻を静かに伝った涙が一粒、ぽつりとクッションに染みをつくる。

「……おれ、は」
「はい」
「俺は、沢口さんの役に、立ててますか」

言えない言葉の代わりに投げた問いに、沢口さんは一瞬沈黙を落とした。それから俺の顔を上げさせて覗きこんでくる。濡れた目尻に唇を落としてくれた沢口さんは、にこりと微笑んだ。

「ええ、とても」
「あ……」
「永田くんがいてくれないと、僕はきっととても困ると思います」
「……」

こんなに幸せなことはないんじゃないだろうかと思うと、自然に頬が緩んだ。
嬉しくて笑った俺につられるように、沢口さんもまた笑顔になる。

沢口さんが嬉しいと俺も嬉しくなるように、俺が嬉しいと沢口さんも嬉しくなってくれたりするんだろうか。

不意に浮かんできたそんな夢のような考えを打ち消すとすぐに、視界がぼんやりと霞んでいった。

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