▼ 第2話 5月

沢口さんは3年生で、俺の1年先輩にあたる。
それなのにどうして俺に敬語を使うんですかと以前聞いた時、彼はいつもの綺麗な微笑みを浮かべて、癖なんです、と言った。

俺は沢口さんのことをほとんど知らない。
かろうじて知っていることと言えば実験が好きなことと時々怪しげな物を作ること、たまに口ずさんでいる歌が外国のものだということくらいだ。
クラスも知らなければ寮の部屋番号も携帯番号も知らないし、さらに言えば下の名前さえ知らない。だから誕生日や血液型、家族構成なんかも言わずもがな。

でも恋愛感情と知識の有無は関係ないと思う。何も知らなくたって俺は沢口さんのことが好きだからだ。

沢口さんは綺麗で優しくて俺なんかには手の届かないような人だから、付き合いたいだなんておこがましいことを考えたりはしない。一生一緒にいたいだなんて分不相応なことも言わない。ただ、沢口さんが俺を必要としてくれる限りは、俺は彼の側にいて彼の役に立ちたいと思う。

だから、ケツを差し出せなんて無茶なことを言われたって俺は喜んで差し出すのだ。



その日部室に行くと沢口さんはいつもの3割増しの笑顔で出迎えてくれた。どうやらここしばらく試行錯誤していた何かが完成したらしく、手には透明なボトルを持っている。毒々しいピンク色をした粘性のあるそれは、見るからに飲み物ではなさそうで、思わずほっとしてしまう。勿論飲めと言われたら飲むけど、数週間前に飲んだ媚薬なる物の副作用で半日寝込んだ後だったからだ。

沢口さんはいつの間に運びこんだのか2人がけの小さめのソファーに俺を座らせてその隣に腰かけ、ようやくできました、と笑った。
沢口さんが嬉しそうにしていると俺も嬉しいので、つられて口元を緩める。

「おめでとうございます。今回は何ですか?」
「ローションです。この間の媚薬を改良して組み合わせてみました」
「……なるほど」
「この学園では珍しくもありませんが同性の恋人がいるという知人に頼まれたんです。いわゆる肛門性交に使うそうで粘膜を傷つけないようにーー」

その後続いた沢口さんの説明は俺には難しかったので割愛するが、いかにも分かってますよという素振りで相槌をうちながらも綺麗な声にこっそり聞きほれる。その綺麗な顔で直接的な言葉を言われると変な気分になりそうではあったけど、沢口さんがあまりにも淡々としていたので俺も真面目に頷いていた。
しばらくすると、ひとしきり話し終えた沢口さんは手の中のボトルをくるりと半回転させた。

「というわけで試させてもらってもかまいませんか」
「もちろんかまいませんけど、それはつまりその……」
「永田くんは男性経験はありますか?」
「……すいません、ないです」
「そうですか。それなら指だけにしましょうね」

優しく笑った沢口さんは俺の髪を一瞬撫でてくれた。それだけで緊張だの不安だのがほぐれる。沢口さんになら貞操を捧げることも辞さない覚悟ではあったが、それはそれとして唐突に未知の領域に踏み込むのは少々怖かったのだ。

それから沢口さんは素早く俺の下半身の衣服を剥ぎ取り、ソファーに四つん這いにさせた。剥き出しの足から尻にかけてが心許ないし、あられもない格好が沢口さんの目にさらされているのが心底恥ずかしい。渡されたクッションを抱え込んできつく目を閉じると、沢口さんはまた少しだけ髪を撫でてくれた。

「痛かったら言ってくださいね」
「はい」
「それにしても永田くんのお尻は綺麗ですね」
「……」

そうなんだろうか。自分ではわざわざそんな所を見たりはしないから分からないし、どう反応すればいいかも分からない。
しかし沢口さんは別に俺の反応を求めていたわけではないらしく、すぐにボトルを開けて中身を直接垂らしてきた。

「……っ、」
「あ、冷たかったですか?」
「ちょっとだけ、いや、でも平気です」
「温めた方がいいんですね、ごめんなさい。何分僕も経験がないものですから」
「……いえ」

沢口さんも初めてと聞いた俺の心は浮き立った。沢口さんの初めてが俺。とは言っても最後までする訳ではないけど、こんなに嬉しいことはないとも思う。

背後で今度は手のひらに出したらしいローションを擦り合わせる音がして、粘っこい水音が耳に届く。こっそり唾を飲むと少し足を開かされ、それから滑り気を帯びた指先があらぬ所にあてられた。それでようやく大変なことに気がついて、慌てて振り返る。

「待っ、俺が! 俺がします!」
「……永田くんは僕に触られるのは嫌ですか?」
「っ、そうじゃなくて! 汚いですから沢口さんにそんなことさせられな、っ、うぁっ……!」

言葉を交わしながらもぬるぬると周囲を撫で回していた指先が、不意に中に少しだけ入ってきた。そのせいで、ちょうど喋っていた途中だった俺の口から変な声が飛び出る。妙に上擦った、情けない声。我ながら気どうかと思ったので急いで口を塞げば、背後で沢口さんがかすかにため息のようなものを漏らした。

「永田くんは色っぽいですね」
「……は!?」
「色っぽいです」

どうやら沢口さんはおかしな趣味をしているらしい。でも俺にとって沢口さんは絶対的な存在だ。沢口さんが正しいと言えば百人が間違っていると言うことも正しくなるし、その逆もしかり。だから彼が色っぽいというなら俺は色っぽいんだろう。……というのはそれはそれで複雑な気持ちだったけど、こっそり盗み見ると沢口さんはどこか嬉しそうな顔をしていたから俺も嬉しくなった。

「痛くないですか?」
「痛くはない、ですけど」
「けど?」
「違和感が……」

入れられている指は多分第一関節にも満たないくらいだし、それでなくても沢口さんの指は細い方だ。だから痛みは全くなくて、けれど本来物を入れる場所ではない所に何かあるというのはむずむずするような違和感を生みだしていた。しかもそれが他ならぬ沢口さんの指だと考えれば、自然と汗が出てくる。

俺の言葉で体内を探るような動きを止めた沢口さんは、少し考えた末ローションを追加することにしたらしい。少し我慢してください、と言われて頷くと、どろりとした液体が指を伝うようにして直接中に流し込まれた。ひやりとする感触に思わず眉を寄せると、腰の辺りに柔らかな物が触れる。思わず振り返ってそれが沢口さんの唇だということを認識した瞬間、一瞬で体温が上昇した気がした。

「……っ」
「大丈夫ですか?」

同時に指がさらに奥まで、追加されたローションを押し込むように進んでくる。冷たかったはずのそれもすぐに中で熱くなって、問われた言葉にこくこくと頷くだけで精一杯だった。

沢口さんの綺麗な指が、中をそろそろと動く。
ゆっくり抜き差しされながら少しずつ奥へ進んでくるそれに、どんどん熱が溜まっていく気がする。

「永田くん」
「は、い……」
「使用感はどうでしょうか」
「ん……っ、あ」
「気持ちいいですか?」

抱き込んだクッションにいつの間にかうずめていた顔を少し上げれば、すっかり立ち上がっている自分のものが目に入った。恥ずかしくて沢口さんにバレなければいいと思うのに、中に入っている方とは逆の手がそれにも伸ばされる。いつの間にか垂れていた先走りを塗り込めるように、綺麗な指が先端をなぞる。
その背徳的な光景に、ほんの少し残っていた余裕や理性も、根こそぎ奪われていくような気がした。

「は、あ……っ」
「永田くん?」
「き、気持ち、いいです……。熱くて、っ、むずむずする……」

実験の結果を確かめるだけの事務的な行為なのに、あさましく熱が上がっていく。
背後で漏らされた沢口さんの感嘆だか安堵だかのため息が、俺の背筋をふるりと震わせた。

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