▼ 穴兄弟

そんな慌ただしかった昼休みの最後、別れ際に夜も一緒に食べようね! と約束した俺達は、その約束通り食堂にいた。
だけど残念ながら2人きりじゃない。
俺の前にはもっちゃんとケーゴ、左隣にはヨッシーといつものメンバー。そしてもっちゃんの隣には辰巳の剣道部仲間だという陣くんと桜井くんというコンビがいて、俺の右隣には辰巳、と思いきやしかし凛ちゃんがいる。

どこからともなく現れた凛ちゃんは、2つくっつけたテーブルの隙間に無理矢理椅子を持って来て、俺と辰巳の間に割り込んで来たのだ。テーブルの足のとこを両足で挟むようにして座ってるから足とか股間とか痛くねーのかなあと思わないでもないけど、凛ちゃんはその狭さをおくびにも出さずにうきうきと辰巳に話しかけている。
ちなみに俺のことはガン無視。一応半年かそこらは付き合った仲なんだけど、なんつーか切ないわ、これ。

「辰巳くん何食べる?」
「え、ああ、うーん、カツ丼…?」
「じゃあ僕もそれにしよーっと。辰巳くんカツ丼好きなの?」
「ああ、わりと」
「そうなんだ! じゃあ今度僕作るから食べに来てね!」
「あー、うーん……」

なーんじゃそりゃあ!
俺の横でイチャイチャラブラブですか!
いやそりゃあ俺も分かってるけどね、まだ2人が別れてない以上凛ちゃんが本妻で俺が間男ポジだってことは。だけどこりゃーいくらなんでも寂しいってなもんよ。

ということで俺はヨッシーと場所を交代しつつ、肘で脇腹を突っついてけしかけた。
「えー無理無理」と零しながら微妙な顔で俺を見たヨッシーが、おずおず凛ちゃんに話しかける。

「あー…あのさ、凛くんは何が好き?」
「えー僕? 僕はオムライスかなー」
「へーそうなんだ、なんか似合うね」
「オムライス? そう?」
「うん、凛くん可愛いし」
「えっ…」

ヨッシーは俺の教え通りうまく凛ちゃんの弱いワードを使いこなしているらしい。なんか無理矢理だし、しかもヨッシーこそタラシっぽいけど。
でもまあ凛ちゃんが満更でもなさそうな凛ちゃんの反応を見る限り、結果オーライっぽい。よしよし、と頷いた俺はまたしてもこそこそとヨッシーと凛ちゃんの背後をすり抜けて辰巳の右隣に移動した。

「カツ丼俺が作るからね! あ、ちげーや唐揚げ作る」
「え、本当か? 嬉し…いや待て、貴史料理出来るのか?」
「ううん、したことない。でも適当に油に肉放り込んで揚げるだけっしょ?」
「…うん、いや、俺が作るわ。貴史が好きなのスパだっだよな」
「うん。あ、じゃあカルボナーラがいーな! あーでも明太子も捨てがたい」
「はは、了解。じゃあ明日土曜だから…」
「もー貴史邪魔! あっち行っててよー!」

いきなりぐいぐい押しのけられたと思ったら、俺と辰巳の間に凛ちゃんが移動してきた。えーいいとこだったのに! と思ってヨッシーを見れば、辰巳の後ろで片手を上げてごめん、という仕草をしている。そうか、任務失敗だったか。

あっち行っててよーと言われたけどちょうど注文した料理が来たから、俺はその場に諦め悪く居座ってミートスパを頬張った。
辰巳と凛ちゃんの会話を聞きつつ孤独に麺をちゅるちゅるしていたら、向かい側にいた陣くんと桜井くんが気を遣って話しかけてくれた。ちなみに陣くんがひょろーんとした感じの背の高い眼鏡の人で、桜井くんはガタイが良くてムキムキの、でも優しそうな人だ。

「なあ、噂の早漏くんだよな?」
「こら、桜井」

いや優しくなかった。いきなりの第一声に水を噴きそうになりながら、俺は慌てて口の中の物を飲み込んだ。

「第一声がそれかよ! つーか早くねーし!」
「あ、悪い間違えた。早川くんだよな」
「わざとでしょそれ絶対わざとでしょ!」
「ふは、ごめんごめん。なあ、マジで辰巳とお互い一目惚れだったの?」
「あ、それ俺も気になってた。辰巳の嘘じゃなくって?」

悪気なさそう、っていうかあっけらかんとした桜井くんの笑顔になんだか毒気が抜かれてしまった。付け合わせのサラダをつつきつつ、身を乗り出して来た2人に向かって頷く。あ、カリフラワーうまい。

「うん、マジだけど」
「へー本当にそんなことってあるんだなー」
「しっかしそれが穴兄弟ってんだから笑えるよな」
「おい桜井、食事中」
「あ、悪い。あーでもさあ」
「ん?」

穴…兄弟…となんだか微妙な気持ちになりつつ、躊躇ったように言い淀む桜井くんを見て首を傾げる。同じように桜井くんを横目で見た陣くんは、何が言いたいのか分かったらしく、「あー…」と呟いた。

「え、何?」
「早川くんってネコも出来んの?」
「は? ネコ? 出来るわけないじゃーん。俺バリバリのタチだけど」
「…………」

ははは、何を言い出すのこの人達、と笑っていたら、微妙な表情になった陣くんと桜井くんが無言で顔を見合わせた。その様子に、え、何、マジで何? となんとなく不安になる。そしたら陣くんが気まずそうな顔で、辰巳と凛ちゃんの方に視線をやった。

「辰巳もバリタチのはずだけど…、どっちがネコすんの?」
「え、……!?」

一瞬脳の容量がオーバーするくらい、何を言われたのか分からなかった。徐々に陣くんの言葉を理解しつつ、思わず凛ちゃんのくりくりの頭越しに辰巳を凝視する。
辰巳は凛ちゃんに何か話しかけられてて俺の視線に気づかなかったけど、それもちょっと切ないけど、でも、えええ…

「……俺、辰巳ネコだと思ってた」
「え、マジで? てか何で? どう見てもタチじゃね?」
「え、逆に何で? 辰巳笑うとへにゃーんってして可愛くね?」
「えっ、可愛い、かあ?」
「いや全然」
「えー2人の目がおかしいんじゃ…あ、いやいい、辰巳の可愛さを理解できるのは俺だけでいい。陣くんと桜井くんまで辰巳に惚れたら困る! 凛ちゃんだけでいっぱいいっぱいなのに」
「はは、惚れねーわ」
「いやー分かんな…ってそうじゃなくて! えええ、辰巳もタチ…? あ、でも凛ちゃんと付き合ってる時点でそうか……」

あらら、と頭をかきつつ辰巳をもう一度見つめたら、今度は辰巳も俺の視線に気がついた。凛ちゃんの頭越しに口パクで「ごめん」って言われるけどそれどころじゃないっつーか、と複雑な気持ちになってから、はっと気づいて陣くんと桜井くんに視線を戻す。

「あ、でも辰巳俺には抱かれたいって思ってるかもしんないじゃん」
「あーだといいねー」
「え、陣くん何その棒読みな感じ」
「はは、それはないんじゃねーの。つうかあいつ早く押し倒したいとか言ってたし」
「えっ!」

桜井くんの発言に今度こそぎょっとした俺は、テーブルの上にフォークを取り落とした。からんと乾いた音を立てたそれは、白いテーブルクロスに赤い染みを作りつつ1回バウンドして床に落ちる。
辰巳が驚いたように、今度は口パクじゃなくて「どうした?大丈夫?」って言ってくれたけど、俺は目をかっ開いたまま一言呟くので精一杯だった。

「つ、通じ合ってない……」

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