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 俺と聡介とは言うなれば幼なじみである。実家は隣同士、母親が学生時代からの親友だというから付き合いは家族ぐるみだし、生徒会役員をしていない中一と高一の時は寮は同室、つまり聡介は俺にとってもはや家族のようなものなのだ。加えて幼少時は引っ込み思案で人見知りだった聡介はどこに行くにも俺の後をついて回っていて、だから少し手のかかる弟のような存在でもあった。
 さてここで質問。
 弟妹、あるいは兄姉やいっそのこと両親でもいいが、血の繋がった家族がいる人は彼らを思い出してみてほしい。例えば彼らに最も好きなシチュエーション、最も好きな格好で扇情的かつ情熱的に迫られたとして、果たして性的欲求を覚えるだろうか?
 もちろん近親相姦という言葉が存在する以上、そういう性癖の人も一定数は存在するのだろう。しかし大多数の人間は十中八九、ノーと答えるのではないだろうか。
 つまりそういうことだ。俺は聡介と血が繋がっているわけではないが、認識的には同じなのだ。すなわち全くそそられない、というより聡介とそういう行為に及ぶなど考えたこともない、性的対象として見るにはあまりに近すぎる位置にいるというわけだった。
 だがしかし。
「柾くん……気持ちいい?」
「う、ぁ……、あ、いやだ、頼むから抜けって……」
「嘘ばっかり。ね、いいんでしょ? だって先っぽこんなにとろとろだよ。もうイきそうなんじゃないの?」
「ちが、違う、ぁ、んん……っ!」
 なぜ俺はその聡介に指を突っ込まれてギンギンに勃起した上、あられもなく喘いでいるのか。その答はおそらく大瀧か穂村かは知らんがどちらかが仮眠室にあるベッドのサイドチェストに仕込んでいたらしいローションのせいなのだが、問題は原因ではなく結果なのである。つまり過程はどうあれ、俺が聡介に喘がされているという、そしてみっともなく喘ぐ俺を聡介がうっとりと見下ろしているという事実。
 いや、確かにローションも問題なのだ。なぜならどう考えても何か怪しげなものが混入されているから。はっきりパッケージを見たわけではないが、しかし分かる。だって自分で試そうと思って部屋に常備してあるローションを突っ込んだ時にはどうもなかったのに、今は明らかにむずむずしている、というかやけに疼いているのだ。どこがって、ケツの中が。
 しかしそれより何より。
「聡、介……っ、お前っ、頭おかしいんじゃねえのか……」
「何で?」
「何で俺にこんなこと……、っつうか、……っは、ぁ、おれ、に、興奮すんだよ……」
 なにせ物心ついた時には既に隣にいて、それからずっと一緒。お互いの両親にも、俺の兄貴達や聡介の姉ちゃんと皆で遊ぶ時にも、常に二人一セットとして扱われてきたし、与えられる玩具やゲームや菓子なんかも常に同じものを一つずつ。まったく同じ環境で同じように育ってきたのだ。だから考え方だって似たようなもんになったっていいはずだし、事実俺と聡介は食べ物の好みもほとんど同じ、休日の過ごし方とかその日やりたいことなんかも一致することが多い。だからこそ一緒にいて楽だし、楽しいんだが。
 それなのになぜ。
 俺は聡介にムラムラしたりしないのに、なぜ聡介は俺に興奮して俺のケツに指を突っ込み、あまつさえ勃起させたブツを俺の太腿に擦り付けたりしているのだろうか。
「だって……」
 本当になぜなんだ、解せん、と見上げれば、聡介はうっとりしていた表情を一変させ、へにゃりと顔を歪めた。泣き虫だった昔とちっとも変わっていない、俺のすぐ上の兄貴である柚兄や聡介の姉ちゃんである和ちゃんにいじめられて泣く寸前と全く同じ顔。情けなく眉を下げて、耐えるように唇を噛んで。
 けれど条件反射で慌てた俺の耳には、泣き声ではなく、聞いたこともないような熱のこもった聡介の声が届いた。
「好きなんだ……ずっと前から柾くんが好き」
「……はい?」
 状況にそぐわない俺の間抜け声に、一拍遅れて聡介はついに泣き出した。やっぱり条件反射でその背中を撫でながら、しかし自分の耳を疑う俺。
 だってそうだろう。聡介が、限りなく弟に近い幼なじみが、泣きながら俺に覆い被さって告白しているのだ。えっ何だこれ、夢? それともドッキリか何か?
「ずっと前って……」
 とりあえず状況確認、と喉から声を絞り出せば、体を起こした聡介が目に浮かんだ涙を拭いながらぐすんと鼻をすする。
「昔さ、樹兄ちゃんが隠してたAV二人で見たことあったでしょ」
「あー……あったなあ……」
 今の今まですっかり忘れていたが、言われてみればそんなこともあった気がする。聡介の言う樹兄ちゃんというのは時枝家長男のことで、つまり俺の四歳上の兄貴のことだ。なぜ当時高等部の寮に入っていたはずの樹兄が実家の部屋にAVを隠していたのかは今となっては定かではないが、ある時押し入れの奥でそれを見つけた俺と聡介は、親の目を盗んでこっそり再生したのだった。うん、そうだ思い出した。あれは確か男同士のやつだった。しかもガチムチ二人がガッツリ絡み合ってるやつ。確かに樹兄はこの学園の卒業生だから男同士のそういうのを持ってたって不思議はないといえばないのだが、今思えば樹兄はガチでそっちの人なんだろうか。全寮制男子校であるこの学園には同性愛フリー的な風潮があるとは言え、別にまあ男でもいけるけどみたいな一過性バイのやつが多いらしいんだが。
「初めて柾くんを意識したのはその時かな。ちゃんと恋愛感情で好きって思ったのはもうちょっと後だけど」
「……」
 しかしあれだ、樹兄の性癖の真相は脇に置いておくとして、あの出来事はたしか初等部の頃だったはずだ。その頃の俺の頭の中と言えばミニ四駆のエンジンだとかポケモンの最強パーティーだとかでいっぱいだったような気がするんだが、それなのに聡介はそんな俺の横でおマセに初恋なんかしちゃったりなんかしてたんだろうか。しかも他ならぬ俺に。
「…………」
 なんつうか早熟なやつ、というか不憫なやつ。
 とかなんとか一方では冷静に考えながらも、俺はもう一方では徐々にそれどころではなくなってきていた。なぜならば聡介が泣き出してからこっち、動きを止めてはいるがケツの中に居座りっぱなしの指が気になって気になって仕方がないからだ。それもいい加減抜けよという意味ではなく、……恥ずかしながら、さっさと動かせよという意味で。誠に恥ずかしながら。
 しかしそれは断じて俺のせいではないと思う。全てはふんだんに塗りたくられた怪しげなローションのせいだ。そもそも仮眠室は仮眠を取る場所であって事を致す場所ではないからして、こんなふしだらな物を持ち込んだ大瀧ないしは穂村、プラス目の前の聡介も後で説教コースにせねばならん。ならんのだが。
「……っ、聡介……」
 非常に情けないことに、やっぱり今の俺はそれどころではない。懇願するかのようにもれた声ははしたなく上擦り、しかも気色の悪いことに甘ったるく掠れていた。そして、自分にも分かったのだから、聡介がそれに気づかないはずがない。目を潤ませていた聡介はごくりと喉を鳴らし、にわかに瞳の色を変える。
「柾くん……?」
「っ、後でちゃんと話、聞くから。だからとりあえずあの……」
「ん、後ろ足りないの? してほしい?」
「う……」
「ね、言ってよ柾くん。どうして欲しい?」
「……」
 言わせんな恥ずかしい。俺がどうして欲しいかくらいわざわざ言葉にしなくたって分かんだろ、何年俺にくっついてんだお前。つうか既に分かってんじゃねえかよ。
 と、心の中で反論して睨んでみたはいいものの。聡介の縋るような目に絆された俺は、熱を持ち出した顔をせめてもの抵抗に隠しながら小さな声で呟いた。
「……して、聡介……っ、頼むから、も、触って……」
 末代までの恥。聡介相手にこんなこと言ったなんて、死んでも誰にも言えねえ。


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