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「俺ちょっと疑問なんだけどさあ」
「んー? 何?」
「タチよりネコの方が気持ちいいんじゃねえかって最近思うんだよな。どう思う?」
 時は放課後、場所は生徒会室。会計は風紀室へ書記は職員室へそれぞれ出かけたため室内は副会長である聡介と俺の二人きり。休憩がてら伸びをしつつそれまで互いに書類と向かい合っていたために流れていた沈黙を打ち破ると、一瞬動きを止めた聡介は次の瞬間がばりと音がしそうなほど勢いよく顔を上げた。
「……は? どうしたのいきなり」
 ぽかんとしたまぬけ面のせいで、普段人前では澄ましている王子様フェイスが台無しである。俺は聡介とは幼稚園入園前、ほぼ生まれた頃からの付き合いだから慣れているが、麗しの王子様うふんあはんと騒いでいるこいつの親衛隊連中に見せてやったらおそらく卒倒ものだろう。そのうち写真でも撮ってバラまいたら面白いことになりそうな気がしないでもないが、今はそれはいいとして。
「いや、だってさあ。掘られる方って人にもよるけど大体すげえアンアン言うだろ。でも掘る方って言わねえじゃん。まあ言うやつもいるかもしんねえけど、普通言わねえだろ。いや待てよ、他のやつがヤってるとこなんか見たことねえから分かんねえな。普通どうなの? お前言う?」
「い、いや、言わない、けど」
「あ、そう。まあとにかくだな、ってことはやっぱネコの方が気持ちいいんじゃねえかと俺は思ったわけ。どう思う? この考え」
「どうって言われても」
 最初こそどもっていたものの、どこか呆れたように額を押さえてため息をつく聡介は既にいつものペースを取り戻していた。立て直しの早いやつめ。というか俺としては画期的な発見だと思っていたのだが、そんなに呆れられるような発言だっただろうか。
 確かに俺は180cm超えの長身だしこっそり筋トレもしてるから体格もわりといいし顔だって昔色男で名を馳せたらしい爺さん譲りの男前だしの三拍子揃った完璧な生徒会長様である。新聞部調べの抱かれたいランキングでは一位だし、一歩部屋から出て食堂にでも行った日にはいやーん時枝様素敵ー抱いてーなんてきゃっきゃされるのも事実。
 だがしかし、外見及び体格は性癖に直結するわけではないのだ。例えば会計の大瀧は美少女アイドルも真っ青の可愛さを誇るちびっ子だがバリバリのタチだし(しかも絶倫のドSという噂)、書記の穂村は俺より一回りはデカいガタイの強面マッチョだがやっぱりバリバリのネコなのだ(しかもドMという噂)。ついでに言えば聡介だって身長こそわりと高めだけどタチ連中に狙われそうな細身美人の優男だけどタチだし。だからたとえ俺がケツの快感ってどうなのかしらんなんて思ったって別におかしなことではないはずなのである。
「つうかお前掘られたことねえの?」
「あるわけないでしょ」
「ふうん、じゃあ実際どっちがいいのかは知らねえか。誰か両方したことあるやつ身近にいないかな。誰か知らねえ?」
「うーん、知らないかな……」
「そっか、どうしよっかな。手当たり次第聞いてみるかなあ」
 別に穂村に聞いたっていいわけなんだけど、あいつは根っからのネコだから確か童貞だったはずだ。やっぱり両方したことあるやつにどっちがいいのか聞いてみたいが、そういえば俺の親衛隊連中なんかはどうなんだろうか。確かに俺に対してはネコだけれども、まさか全員が全員童貞ってわけでもないだろうし。
 などと物思いに耽っていると、ふと気がつけば聡介がなぜかものすごく複雑そうな顔をしていた。物言いたげな顔で俺を見つめ口を開いたり閉じたり、どうしたんだろうかと思っているとようやく言葉を発する。
「え、待って。それでさ、それ聞いてどうするの?」
「いや、だってさあ。タチの方が明らかに運動量多いだろ。なのにネコの方が気持ち良かったら不公平だと思わねえ?」
「いや思わないけど……仮にもしそうだとしても僕は別に抱かれたいとは思わないし、え、で、もしネコの方が気持ちよかったら柾くんはそっちがいいの?」
「んー、まあ試してみる価値はあるよな。あ、そうそうだからさ、俺こん前アナニーしてみようとしたんだけどな」
「……えっ?」
「でもやっぱ自分じゃどうもなあ。よく分かんねえっつうか、やり方とかもいまいち分かんねえし。でもさあ、頼めるやつもいねえだろ、こういうのって」
「……そうだね」
「親衛隊あたりに頼もうかとも思ったんだけどさ、普段ヤってるやつにヤられんのもなんかこう、なあ?」
「うん……」
「あーでも結局そのへんしかねえよなあ。隊長にでも言ってみっかな。どう思う? 俺がいきなりんなこと言ったら引くかな、あいつら」
「……」
 どうにも歯切れが悪いと思っていたら、聡介はついに黙りこんでしまった。しかも苦虫を噛み潰したような顔で。なんなんだ、腹でも下してるのか?
「……あのさ、柾くん」
「おう、さっさと便所行ってこい」
「は? いや、違くて」
「あ、そうなのか? どうした、体調悪い?」
「……柾くん」
「うん、……お?」
 突然掴まれた左腕を見下ろせば、みるみるうちに聡介の指先に痛いほどの力がこめられていく。つうか痛い、マジで。
「いてーよ。何なんだ?」
「親衛隊に頼まないで」
「あ? あーやっぱ引かれっかな」
「そうじゃなくて……いや、うん。引かれる。すごく引かれると思う」
「そうかな、じゃあどうすっかな」
「僕としよう」
「……は?」
「うん、僕がする。ちょっと来て」
「は? え、おい!」
 十年以上一緒にいるけど今までそんな顔見たことねえぞってくらい真面目な顔をした聡介は、状況が理解できないままぽかんとしていた俺をあっという間に生徒会室奥の仮眠室に連れこんだ。後ろ手に鍵を締め、そのまま俺諸共ベッドに倒れ込む。お前そんなに力強かったっけ、つうか何してんのこいつ。
「聡介? どうしたのお前」
「適当に親衛隊抱き散らかしてんなら別にいいやと思ってたけど」
「は?」
 適当に抱き散らかすってお前、何つう言い草。いや確かにそりゃ当番とか言ってローテ組んで日替わりで部屋を訪ねてくる隊員達をありがたく頂いていることは否定しないけども。しかし言いようっつうか、もうちょっと何かあんだろオイ。
 と普段なら言い返していただろうが。
 なんとなく何も言えなかったのは、どこか思い詰めたような怖いくらいの雰囲気を放つ聡介が、やっぱり見たことのない顔をしていたからだ。なぜか押し倒される形になっているまま思わずごくりと唾を飲めば、聡介の鋭い眼光が俺を射抜く。
「抱かれるとなれば話は別だよね」
「ん……? ん、何が……?」
「柾くんは誰にも渡さない」
「……え。え、おい、ちょ、ちょ、ちょっと待て!」

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