▼ 09

それからしばらく、雪がちらつく季節になっても、僕達3人は特に何の変化もない毎日を過ごしていた。

狼はあれ以来何も言わないし、羊くんは毎日狼に連れられて部屋にやってくる。
唯一僕だけは、連日先輩の部屋に行くのをやめた。
羊くんに気を遣わせないようにという意図もないわけではないが、最終学年である先輩が進学のための試験の準備で忙しくなったからという理由もある。
もっともエスカレーター式の学園なのでそんなに厳しい試験ではないはずだし、おそらく誰か別の相手で遊んでいるのだろう。
気紛れな彼からの連絡が途絶えるのは、そう珍しいことでもない。

雪が降るほど寒い日は狼が鍋物を食べたがることが多い。
スープは横着して市販のパックで済ませ、メインは鶏の手羽元。
葱、椎茸と順に切ってくれた羊くんは、白菜で若干手間取っているようだ。
適当でいいよ、と声をかけて冷蔵庫を開き、人参を手に少し考える。
狼はぶつぶつ言うかもしれないけれど別にもういいかな、と考えていると、ようやく白菜を切り終えたらしい羊くんが手を伸ばしてきた。

「皮剥くんでしたっけ?」
「うーん、今日はいいかなあ」
「おれ慣れてきたから大丈夫ですよ。烏さん好きでしょ?」
「あれ、言ったっけ」
「いや、見てたらなんとなく」
「へえ」

そんなに分かりやすかったかな、と記憶を反芻していると、手の中の人参はすっと取られた。
ピーラー片手に羊くんが「みじん切りでいいですか?」と笑う。

「いやいや、……あれ」

気配を感じて振り返れば、キッチンの入り口に狼が立っていた。
風呂上がりだとはいえこの寒い日に上半身は裸。
口にはまだ火のついていない煙草を咥え、仏頂面で腕を組んでいる。

「どうしたの? まだできてないけど」
「んなもん見りゃあ分かる」

どうやらご機嫌ななめらしい。
片手でかちかちとライターを弄びながら濡れた髪をぐしゃりとかきあげた狼は、鋭い視線で僕達を見比べた。

「なんだよ、いつの間にやらずいぶん仲良くなったじゃねェか」
「僕と羊くん? そうかな」
「は、まさかできてんじゃねェだろうな」
「は?」

思わず羊くんと顔を見合わせる。
一体何を言い出したのかと思えば。

「なに、もしかして妬いてるの? 羊くん返そうか」
「はァ?」
「もう行っていいよ」

ぽんと肩をたたけば、固まったまま僕と狼を交互に見ていた羊くんは、でも、と手の中の人参とピーラーに視線を落とした。
後はやっとくから、と促せば、不安げな瞳でそれらをまな板の上に下ろす。

「羊」

明らかに怒った狼の声。
それに傷つく資格は僕にはない。
そっと目を逸らすと、羊くんは心配そうな顔で僕を見上げ、けれど何も言わずにぱたぱたと駆けていった。





あらかた鍋が出来たところでガスの火を止めた。
どうせしばらくは2人とも部屋から出てこないだろうから、久しぶりに先輩に連絡でもしてみようかとふと考える。
携帯片手にキッチンを出ると、案の定狼の部屋の扉は隙間なくぴたりと閉じられていた。





会いたいと電話をかけると、先輩は快く了承してくれた。
肌蹴た服に乱れた髪、首筋に残る赤い痕。
お盛んですねと肩をすくめれば、気だるげな顔ににこりと微笑みが浮かんだ。

「最近君が構ってくれなかったからね」
「僕のせいですか」
「そうだよ。でも初心な子もたまにはいいけど、やっぱり年下じゃ物足りないんだよね」
「僕も年下ですけどね」
「そういえばそうだったね」

窓からさしこむ月明かりを背にした先輩はうすく口元を上げ、僕の肩を優しく押した。
抵抗せずにシーツに背中を預ければ、欲をはらんだ目に見下ろされる。

「前から思ってたんだけど、弱ってる時の君って本当色っぽいよね」
「そうですかね。いつも通りだと思いますけど」
「何かあったの?」
「いえ、別にそういうわけでは」
「因縁の対決に負けちゃった?」
「してませんよ、そんなこと」

はなから勝負になんかなるはずもない。
僕は羊くんと同じ土俵には立てない。

「ふふ、そんなかわいい顔してると悪い狼に食べられちゃうよ?」

一瞬言葉に詰まった。
けれど先輩が僕達の呼び名を知っているわけがないから、おそらくただの比喩だろう。

「……そんな顔してませんよ」
「はいはい」

上手く平静を取り繕えたのか先輩は何も気付かなかったらしく、ただふわりと笑いながら僕の膝の上に乗り上げてきた。
上体を起こすと、そのまま優しく抱きしめられる。
思わずされるがままに胸を借りてしまったのは、人肌恋しかったからだろうか。

「なーに、今日は甘えたい日?」
「ん……」
「はは、どうしたの可愛い顔しちゃって。たまには僕が挿れてあげようか」
「いやそういうのはいいです」
「そう? でもあの子には抱いてもらえないんでしょ?」
「……別に僕は、抱いてほしいわけでは」

答えながらも先輩の薄い胸に抱きつけば、するりと頬を撫でられた。

「かわいそうに」

それから、あやすように背中も。

「別に泣いてもいいよ。今なら見ないふりしてあげるから」
「……」

別に今更泣きたいわけではなかった。
けれど久しぶりに先輩の名前を呼んだ僕の声は、多分少し震えていた。

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