▼ 07

睡眠不足の体で体育の授業だなんて考えるだけで憂鬱だった。
ジャージに着替えるだけは着替えて、校庭に向かうクラスメイト達の列から一人こっそりと離れた。
狼がいれば誘っただろうけれど、生憎今日は一日自主休講としゃれこんでいる。
いや、いたとしてもどうだろう、今日は誘わなかったかもしれない。

授業中の屋上にはさすがに人影はなかった。
けれどもし教師や風紀委員の見回りでも来たら困るので、重い体を引きずって短い梯子をのぼり、給水塔の影に入る。
と、そこには既に先客がいた。
狼が狐のようだと顔をしかめる先輩、と、先輩にまたがられて着衣を乱されかけている見たことのない1年生。

「あれ、どうしたの珍しいね」
「先輩こそ」

ここは駄目か、とため息をついてきびすを返す。
けれど寸前で、先輩に腕を引かれた。

「混ざっていく?」
「混ざりません」
「あ、そう? じゃあ君、もう帰っていいよ」

あざといくらいに可愛らしく首を傾げ、先輩は言った。
僕ではなく、先輩の下にいた1年生に。
服を整えるのもおざなりに涙目で走っていった彼の後ろ姿をぼんやりと見送っていると、ネクタイを締め直した先輩は、僕の背中にするりと抱きついてきた。

「ひどい人ですね」
「弱ってる後輩を優先しただけだよ。優しい先輩でしょ?」
「弱ってる?」
「ひどい顔色してるけど。気づいてなかった?」
「……」

ぺたりと頬に手を当てたところで分かるわけがなかった。

「毎日僕のところに来てるから寝不足なのかな。でもそれだけじゃないよね?」
「それだけですよ」
「また逃げてきたの?」
「別にそういうわけじゃないですけど……」

普段吸わない煙草を急に吸いたくなったのは、昨夜のキスを思い出したからだろうか。
それが透けて見えたはずはないけれど、先輩は制服のポケットから白と赤のパッケージを取り出し、僕に差し出してきた。
ありがたく1本受け取り口にくわえれば、間髪いれずに火が差し出される。
一口煙を吸い込んで、そこではたと気づいた。

「あれ、先輩喫煙者なんですか」
「そうだよ。知らなかった?」

頷くと、先輩はからからと笑って自分も煙草に火をつけた。
立ち上る白い煙は2本になり、絡まり溶け合って寒空に消えていく。

「君といる時は吸わなかったもんね。あの子を思い出されたら嫌だし」
「あの子って」
「だって名前知らないし。でもここでかち合ったことあるから、銘柄が同じなのは知ってる」

吸いさしを見下ろせば、確かに部屋の灰皿に山になっているのと同じものだった。
そう言われてみれば、さっき差し出されたパッケージにも見覚えがあるような気がする。
途端に、舌に残る味が苦味を増した。

「で、何があったの?」

目を細めて笑う先輩は、僕が今顔を顰めてしまったことにも気がついているのだろう。
そもそも僕は、先輩にうまく隠し事ができたことがあっただろうか。
あったかもしれないけれど、表面上知らない振りをしてくれているだけで全て見透かされてしまっているような気がしてくる。

「……いや、別に何も」

けれど見透かされているからと言って、自分から話すのはまた別の問題だ。
少し考えたけれど結局首を振ると、先輩は僕のそんな反応さえ見抜いていたかのような顔で微笑んだ。

「まあ、言いたくなったら言えばいいよ」
「それはどうも」
「それよりさあ、ジャージ着てるの初めて見たな」
「そうでしたっけ?」
「うん、なかなか新鮮。というかエロいね」
「え?」

ただの学校指定のジャージなんですけど、と続くはずだった言葉は、あぐらをかいた僕の膝に先輩が乗り上げてきたことで喉の奥に逆戻りした。
頬を撫でられ、首まで上げておいたファスナーをゆっくり下げられる。

「……寒いんですが」
「じゃあ温まろうか」
「いやいや……」

寝不足で体は重いし、しかも屋外だ。
けれど、そもそもここでさっき逃げていった1年生と事に及ぼうとしていた先輩にとっては、そう大したことでもないのだろう。
露わにされた鎖骨を食まれ、上目で見上げられて、抵抗が無意味なことを知る。
じゃあせめて手早く済ませようかな、と先輩の腰に手を回したところで、しかし突然、梯子からひょこりと顔を出した人物と目が合ってしまった。

「あっ」

僕達を見て短い声をもらし目を丸くしたのは、あろうことか羊くんだった。
思わず手を止めると、その声に反応した先輩が後ろを振り返る。
驚いた表情で固まっている羊くんを見、僕に視線を戻した先輩は、小さく首を傾げた。

「知り合い?」
「ええ、まあ」
「なーに、妬けちゃうなあ。僕だけじゃなかったんだ」
「先輩だけですよ。あれはあいつの」
「あ、そうなの?」

立ち上がった先輩は、「じゃあライバルだ」と笑った。

「別にそういうわけじゃないですけど」
「ふーん? ま、いいや。退散しよっと」
「え? 行っちゃうんですか?」
「うん。因縁の対決じゃないの?」
「何ですかそれ。しませんよ」

否定したけれど先輩は目を細めて微笑み、僕に一つキスを落としてから軽やかな足取りで去って行った。
それと入れ替わるように、羊くんがのぼってくる。
気まずそうながら何か言いたげな様子からすると、おそらくここに来たのは偶然ではないのだろう。
すっかり忘れかけていた右手の吸いさしを揉み消しながら左隣に座るように促すと、羊くんは言われるがままそこに腰を下ろした。

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