▼ 06

沁みたら言ってね、と告げて消毒液を背中の傷に垂らす。その瞬間、羊くんの背中がびくんと跳ねた。

「痛い?」
「っ、平気です……」
「そう?」

目をぎゅっと瞑って拳まで握った様子からはそうは見えないけれど。
まあいいか、と今度は広範囲に振りかけると、

「く、っ、んぁっ!」

うつ伏せのまま枕代わりにしていたクッションを握りしめた羊くんは、なんとも艶かしい声を上げた。
あれ、と思わず狼を見ると、仏頂面で煙草を吸っていた狼は呆れたように羊くんの前髪を掴み上げた。

「なに、お前消毒にまで感じんのか」
「ふ、っ、ごめ、なさ……っ!」
「ド変態だな、まったく。烏、いいから続けろ」

SMプレイに付き合う気はないんだけど、とひそかに嘆息しながら肩の咬み痕目がけておざなりに消毒液を絞り出し、そこで僕ははたと気づいた。

「そうか、さっき出さないでイったからかも。溜まってるんじゃない?」
「は、お前出させてやんなかったの? 悪趣味だな」
「違う、羊くんが頑張って我慢したんだよ。ご褒美あげたら?」
「ご褒美ィ?」
「狼にしかイかされたくないんだって。健気で可愛いじゃない」

事実とは多少異なるけれど、別に嘘を言っているわけでもない。
それに勘付いたのかはたまた何も感じなかったのか、鼻で笑った狼は羊くんの前髪を掴んだまま、その身体を乱暴に引き起こした。
その拍子に羊くんの腰にかけておいたタオルが滑り落ちる。
既に勃ち上がっていたそこを、狼は冷たい目で見下ろした。

「あんだけイかせてやったのにまだイきてえの? 淫乱」
「ひ、ぁ……!」
「しゃあねえな、足貸してやるからテメェで擦り付けて勝手にイけよ」
「ん、ああっ!」

肘掛けを背に、こちらを向いてソファーに座り直した狼の足が、膝立ちの羊くんの局部を強く踏みつける。
一際高く喘いだ羊くんにとってはご褒美なのかもしれないが、その痛みを想像するだけで僕にとっては拷問だ。
つい顔を顰めながら目を逸らし、そっとソファーから滑り降りる。
けれど、狼は目敏かった。

「おい、どこ行くんだよ」
「いや、見てられないし」
「見てらんねェなら目瞑ってろ。羊にしゃぶらせてやれよ」
「は? 何で?」
「世話かけたんだろ。な、羊。烏に礼したいよなァ?」
「ん、あっ! したい、ですっ……、させてください……!」

おそらく快感で頬を紅潮させた羊くんが振り返る。潤んだ目で上目遣いに見上げられ、正直一瞬だけ欲が湧いた。
それでもそれ以上に、困惑が勝った。
狼の前で羊くんに舐められるだなんて、それはさすがにどうなんだろう、と。
けれど、僕が立ち止まった一瞬のうちに、伸びて来た羊くんの両腕に腰を掴まれた。

「烏さん、おねが……っ、なめさせてください……」
「……」

答えられないまま視線を動かせば、狼はずいぶん楽しそうに口元を上げていた。
けれどその目に灯っている熱は、一体何に対する欲なのだろう。
羊くんを虐げることか、それとも僕に対するものか。
気がつけば僕は、羊くんの頭を撫でながら小さく頷いていた。





羊くんの口淫は、端的に言って絶品だった。
狼にみっちり仕込まれたのか、それとも狼よりも前の男に教え込まれたやり方か。
どちらにせよ喉の奥まで咥え込み、苦しいだろうに休まず舌も使ってくれる。
先輩を抱いた後だというのに僕の下半身はすぐに反応を示し、それどころか気を抜けばすぐにでも暴発してしまいそうだった。
とはいえ余りに早すぎるのも恥ずかしいので、適当に他のことを考えたり羊くんの喉を撫でたりして気を逸らす。
と、そのうちにやけに視線を感じることに気がついた。

「ちょっと。見過ぎ」

思わず咎めれば、ソファーの上に膝立ちになった僕の足元にうずくまる羊くんの股間を足でおざなりに構っていた狼は喉を鳴らして笑った。

「お前がやらしい顔するからだろ」
「え、僕?」
「自覚ねェの?」

機嫌が良さそうに笑ったまま身を乗り出した狼は、羊くん越しにすいと手を伸ばしてきた。
その動きがあまりにさりげなかったので、咄嗟に反応できなかった。
ひやりとした指先の感触に、つい身体が固まる。
けれどその手は僕をどうこうするつもりはなかったらしい、一瞬だけ僕の目元を撫でた指はすぐに離れていった。

「……」

無意識に止めていた息を短く吐き出すと、狼はすっと表情を消した。
真剣な目つきに、つい吸い込まれそうになる。
けれど、再び伸びてきた右手が後頭部に添えられると、心臓が冷えたような気がした。
強張った僕の身体に気づいたのだろうか、狼はかすかに表情を歪めると、ゆっくりと僕の後ろ髪を梳くように撫でた。

「怯えんな。大丈夫だから」
「……っ」
「何もしねえよ」

心とは裏腹に、身体が震えそうになる。
心臓が良くない鼓動をうち、狼の視線から逃れるように目を伏せた。
けれど次の瞬間、思わず息をのんだ。
狼の左手が、羊くんの背中に強く爪を立てていたから。

「なんっ……、狼……!」

慌てて顔を上げた途端、強い力で引き寄せられた。
唇を押し当てられ、ぬるりと舌を這わされる。
驚いて目を見開くと、狼は苦しそうに眉を寄せ、そして囁くように僕を呼んだ。

「泰之……」

その、どこか泣いてしまいそうなか細い声が鼓膜を揺らした途端、どくんと心臓が跳ねた。
恐怖からではないし、警戒したわけでもない。
長いこと蓋をしていたものが、どっと溢れ出したような感覚だった。
狼の名前を呼び返したいのに、喉が熱く震えて声が出ない。

代わりに手を伸ばして狼の頭を引き寄せ、反対に唇を奪った。
煙草の独特の香りと、苦い味。
ねじこんだ舌先を絡め取られれば、もう駄目だった。
舌先の苦味と、それからぎゅっと絞まった羊くんの喉に誘発されるように、薄い精を放っていた。

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