▼ 05

共同スペースのソファーに横たえた白い背中に消毒液をかけようとしていると、かたんと物音がした。
視線を上げると、いつの間に部屋から出て来たのか背後に狼が立っていた。
眠そうに首筋をかきながら、ひょいと覗き込んでくる。
眠っている腰にタオルを1枚引っ掛けただけの羊くんの裸体と僕が持っている消毒液を交互に見た狼は、目を細めてうっすら口元を引き上げた。

「真面目なやつ」
「僕が?」
「わざわざ手当てしてやってんのかよ」

その言葉に含まれていた険に、思わず手を止める。

「放置するからだろ」
「あ?」
「羊くんに触られたくないなら自分で面倒見てやりなよ」
「あァ? んなこと一言も言ってねえだろうが。何イラついてんだよ」

呆れたような声に、ふっと頭が冷えた。
消毒液を放り出し、顔を覆って深呼吸を一つ。
ごめん、と呟くと、ソファーの端、羊くんの向こう側に背を向けて腰を下ろした狼が無言のまま煙草に火をつけた。

「ごめんって何が」
「ちょっと自分が惨めで」
「は、何がだよ。羊とヤったことか」
「してないよ。中洗ってあげただけ」
「あーそう。喘ぎ声がうるせェから目醒めちまったわ」
「はは、ごめん」
「じゃあ何がミジメなんだよ」
「うん……」

深夜3時の静けさと窓の外の闇のせいだろうか、口が軽くなったような気がしたのは。

「さっき、狼の精液飲んじゃって」
「……は?」

さすがに想定外だったのだろうか、振り返った狼が目を丸くする。

「俺の? っつうと羊ん中の?」
「うん」
「お前羊のケツ舐めたのかよ?」
「うん」
「お前……」

言葉を失った狼が、吸いさしを乱暴に灰皿に押し付ける。もう一度振り返った彼は、まさに獣のように目をぎらつかせていた。

「ンだよ、言やあ直接飲ましてやんのに」
「いや、それはちょっと」
「はあ? 何で」
「無理矢理喉の奥まで突っ込まれそうで怖い」
「……まあ、違いねェな」
「せめて否定しなよ」

軽口を応酬しているうちに、狼は気を削がれたように瞳の輝きを消していた。がしがしと頭をかき、新しい煙草をくわえ直す。それからうつ伏せで眠っている羊くんを見下ろし、ふっと目元を緩めた。ちくんと胸の奥が痛む。気がつけば、僕の口は勝手に尋ねていた。

「狼さ、羊くんのこと好きなの?」
「は?」
「いや、結構気に入ってるみたいだし……、というか長いこと飽きないから珍しいと思って……」

ぼんやりと言葉を繋げながら、それがどうにも言い訳じみていることに気がついた。狼も同じことを思ったのだろう、紫煙をくゆらせながらにやりと笑みをつくる。

「嫉妬か」
「……」
「おい。だんまりかよ」
「……いや、そうなのかな、と思って」
「あ?」
「嫉妬しない性格だと思ってたんだけど、そうでもないのかも。羊くんに嘘ついちゃったことになるな」
「なに、お前マジでコイツに妬いてんの?」
「……」

今まで狼が連れてきた誰に対しても何も思わなかったのに、どうして羊くんだけこんなに気にかかるのだろう。
今までになく長い期間狼が構っているからか、それとも羊くんに対する狼の態度に何か不穏なものを感じているのか。

要するに、僕はきっと怖いのだろう。
狼の気を引くことができる羊くんのことが。
そして狼の注意が全て羊くんに向いてしまうことが。

「羊くんのことが羨ましい」

自嘲気味にこぼしながら傍らの羊くんを見下ろせば、狼が何か言いたげに身を乗り出す気配がした。
けれど、もうこれ以上踏み込まれたくなかった。
床に転がっていた消毒薬を拾い上げ、羊くんを揺り起こす。

「起きて、消毒するよ」
「んん……?」

目を擦りながら羊くんが起き上がると同時、座り直した狼の舌打ちが聞こえた。

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