▼ 03

翌朝羊くんは、狼の着古したスウェットの裾をだらんと引きずりながら眠そうな顔で起き出してきた。
寝不足なのか腫れぼったい目がきょろりと共同スペースを見回し、かすかに鼻をひくつかせる。
3人分の朝食の皿を手におはようと声をかけると、大きな目がさらに丸くなった。

「おっ、おはようございます!」
「大丈夫? よく眠れた?」
「う、あ、はい……や、寝ては、あんまり」
「だよね。狼は?」
「もう起きてくると思うんですけど……」

羊くんが振り返った先、タイミング良く狼が部屋から出てきた。
裸の上半身と寝起きのくしゃくしゃな髪、男くさい大あくび。
朝の太陽に眩しげに顔をしかめながら、鷹揚に食卓につく。

「朝飯何?」
「トーストとハムエッグとサラダ。デザートに苺」
「はあ? 苺? どケチのお前がどういう風の吹きまわしだよ」
「羊くんの好物なんだって」
「……あっそ」

立ったままだった羊くんをちらりと見上げた狼は、不機嫌そうに口の端を曲げながらも顎をしゃくり、自分の隣に座るように促した。

「しかもパンって。朝は米と味噌汁だろうが」
「炊くのを忘れた」
「ハ、昨夜は狐男とお楽しみか」
「さあ、どうだったかな」

ちらりちらりと僕らを窺っている羊くんに目線で促してあげると、蚊のなくような声がいただきますと呟く。
トーストを両手で掴んで、小動物を彷彿とさせるような小さな一口。
それからハムエッグをやはりお上品に一口。
美味しいです、とまた小声で呟くも、その表情からは不安げな色が消えない。
それはそうだろう、初夜の翌朝、幸せなはずの時間に本来なら甘やかしてくれるはずの相手は、しかし見るからに不機嫌な空気を発しながら食事もそこそこにすぱすぱと煙草をふかしている。

「狼」
「あ?」
「髪。してあげるよ」

ふん、と煙と共に吐き出された鼻息は、しかし了承の証だろう。
洗面所にワックスを取りに行って戻ってくると、案の定機嫌をやや上向かせているらしい狼は羊くんを構ってやっていた。
とはいえ、足で股間を、というのは食事時にはいただけない光景ではあるが。

内心ため息をつき、ワックスの蓋を開けながら狼の背後に回る。
適当に髪を整えてやりながら、さりげなく切り出した。

「今日の夕飯どうする?」
「あーなんか適当に」
「何人分?」
「あ? ああ、おい羊今日どうする?」
「え、えっとおれは……」
「何、なんか用事あんの?」
「えっ、いや暇ですけど……」
「あっそ、じゃあ3人分。メニューはそうだな、とりあえず人参入れとけ人参」
「人参ねえ」

どうしようかな、と呟けば、狼は子どものように悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「良かったなー羊。嬉しいだろ」
「えっ、あっ、はい!」
「はは、お前ほんとかわいいやつだな。烏とは雲泥の差」
「はいはい、ごめんね」

狼の視線を適当にいなした僕は、さてどうしようかと人参の入ったメニューをいくつか思い浮かべながら立ち上がった。





「アイツのことどう思う?」

狼が真面目な顔でそう切り出したのは、狼が羊くんを部屋に呼ぶようになってから数日経った昼休みのことだった。
屋上の給水塔の裏は隠れた喫煙場所になっているらしく、誰かが置いた灰皿代わりの空き缶が数個転がっている。

「羊くん?」
「おう」
「さあ。いい子なんじゃないの」

特に羊くんに含むところはなかったけれど、そう答えた声が思っていたよりも冷たく響いたから自分でも驚いた。
それとも特に含むところがないと自分で意識している時点で、本当はそうではないのだろうか。
内心首をひねっていると、狼が怪訝そうに眉を上げる。

「なに、何かあんのか」
「いや、別に何もないよ」
「そ。それならいいけど」

どこか安堵したような狼の顔を見て、妙に落ち着かない気分になった。
以前狼が部屋に呼んでいた男の中に、狼に隠れて僕にこそこそと嫌がらせをしてくる上級生がいた。
おそらくそのことを思い出しているのだろうけれど、そうやって気遣われるのは嬉しくもあり、同時に少し寂しくもある。

「狼はどう思ってるの、羊くんのこと」

どうにも居心地が悪くて話を振ると、狼は長く煙を吐き出しながら小さく首を傾げた。

「あー、まあ別に。お前が何も言わないなら変なやつではねえんだろうけど」
「うーん、僕にとっては狼に付き合える時点で普通ではないけどね」
「ハハ、だろうな」

狼は笑い、それからふと思いついたように付け足した。

「まあ、でも面白いよアイツ」
「……面白い?」

不意に胸がざわついた。
けれど聞き返す前に、狼はするりと話題を変えてしまった。

「お前はどうなんだよ、最近」
「僕? 別に普通だけど。特に変わったこともないし」
「夜いねえのは? あの狐男に会ってんのか」
「うん、まあ」
「付き合ってんの?」
「いや、そういうんじゃないよ」
「へえ」

そう相槌をうったきり狼は口をつぐみ、僕もそれ以上何も言わなかった。
狼が本当に言いたいことは聞かなくても分かったし、反対に狼も僕のことはお見通しだと思う。
けれど口に出してもどうにもならないことは、お互いもう嫌というほど分かっていた。
僕達にできることはきっとこうして、何もなかった振りで軽口をたたきあうことくらいなのだろう。
多分、この先もずっと。

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