▼ 05

小島を囲む食事会は、少なくとも前半はつつがなく進んだ。
最初のうちこそ安田に目をハートにしていた小島だったが、上野が意外なほどのトーク力を見せ、安田も上手くサポート役に回ったおかけで途中からは楽しそうに上野とはしゃいでいた。
やっぱり日頃から世話になっている自覚はあるので、小島が楽しそうにしていると俺もつい安心してしまって、意外と気が合うらしい2人を安田と一緒に眺めていたのだった。

雲行きがあやしくなってきたのは、小島が酒を持ち出してきてからだった。
いまだ失恋の傷が癒えていないらしい上野が、つい酒が進みすぎて愚痴を言い出したのはまだ良かった。小島も同情して優しく上野を慰めてあげていた。
そのうち、つられたのか小島もやたらと酒が進み始めた。そして上野に同調するように自分も彼氏の愚痴を言い始めたのだった。いわく絶対に連絡がつながらない時間帯があるだとか、彼氏から知らない香水のにおいがすることがあるだとか、彼氏の部屋の避妊具が時々勝手に減っているだとか。

「真っ黒じゃん」

と言ったのは上野だったが、俺も同じ思いだった。安田もうんうんと頷く。

「……やっぱりそう思う? 安田くんも?」
「うーん、今一生懸命浮気以外の理由を考えてるんだけど、何も思いつかないな。さすがに弁護しようがないかも」
「大谷も?」
「くたばれクソ野郎と思う」
「やっぱりそうだよねえ……」

ぐすんと鼻をすすった小島は、グラスの酒を一息であおった。
いつの間にか顔は真っ赤だったし、目も座っていた。危険信号だった。

「小島そろそろやばいんじゃないの? ちょっと休憩しなよ」
「やだ!」

さりげなく取ろうとしたグラスを握りしめた小島は、新しい酒を手酌で注ぎ、また飲み干した。
西園寺さんと慎二さんが付き合いだした頃の荒れっぷりを思い出した。ついでに亜衣ちゃんのことも思い出したが、今は置いておくとして。なぜなら完全に目のすわった小島が俺を睨んだからだった。

「というか本当はシュンちゃんが大谷にちょっかい出してたのも聞こえちゃったんだけど」
「……え、そうなの?」
「そうだよ! 本当信じらんないアイツ。よりによって大谷に声かける? 普通彼氏の同室者に手出そうなんて思わなくない!?」

幸い怒りの矛先は彼氏のようだったが、ドン、と叩きつけるようにグラスを置いた小島の迫力に気圧されるように、上野が若干びくっとした。
こんなので引いていたら到底小島とは付き合えないような気がするが。
とはいえ、怒りはそれ以上持続しなかったらしく、小島は逆にしゅんとしおれてしまった。

「あーもう、最悪。ごめんね大谷」
「小島が謝ることじゃないだろ」
「そうだけどさあ、でもあんなのを好きになっちゃった僕の責任じゃん」
「まだ好きなの?」
「好きだよ、めちゃくちゃ好き。なんで?」
「いや俺が聞きたいよ」
「もーヤダ! あんなやつ嫌いになれたらいいのに! それであんなやつと別れて西園寺様と付き合いたい!」

叫んだ小島は、そこで力尽きた。テーブルに突っ伏して動かなくなったかと思ったら、気持ちよさそうな寝息が聞こえだした。思わず3人で目を見合わせてしまった。

「西園寺様って?」

そっと小島の手からグラスを取り上げながら、上野が首を傾げる。
俺が「生徒会の副会長」と答えると、うわあと天を仰いだ。

「副会長のこと好きなの? 小島くんって」
「親衛隊なんだよ。小島も彼氏も」
「マジかよ。じゃあ全然望みないじゃん、俺。副会長との共通点1個もねえよ」
「諦めんな。少なくとも性別は一緒だろ」
「そんだけかよ。いやーマジか……そうか……」

うなだれた上野が、グラスに残っていた酒をあおる。
一方安田はと言えば、既に片づけを始めていた。上野のうまいサポートといい、気が利く男だった。

「小島くんどうしよっか。部屋に運ぶ?」
「あ、うんそうだな。鍵持ってるっけ。上野、小島のポケット見て」
「えーなんか気が引けるな」

遠慮がちに小島のポケットを探った上野は、「なさそう」と呟いた。
辺りを見回すが、見えるところに小島のカードキーは見当たらない。
どこかにはあるはずだったが、捜索するのも面倒だった。そもそも俺も小島もまめに掃除をするタイプでもないので常にある程度散らかっているうえ、今は持ち寄った食べ物やスナック類のパックやら袋やら、その他空き缶や空き瓶やいろんなものでさらにとっ散らかっていたので、早々に諦めた。

「やっぱ俺の部屋でいいか。ちょっと寝かせたらそのうち起きるだろ」
「そうだな。上野運んであけたら。その間に片づけてちょっと探しとくよ」
「俺? やっぱり気が引けるなあ」

と言いながらも若干嬉しそうにする上野はどうかと思ったが、運動部なだけあって俺達の中では一番体格がいいので適任ではあった。
俺の部屋に先導し、小島をベッドに転がしてもらうと、上野は眠りこける小島を見下ろし呟いた。

「やっぱかわいいよなあ、小島くん」
「何もするなよ」
「するわけねーだろ、さすがに」
「ならいいけど」

小島は寝たしそろそろ片付けに戻るか、と思ったところで、しかしがしりと手首を掴まれた。見下ろすと、うっすら目を開けた小島が俺を見上げていた。

「大谷……」
「あれ、もう起きた?」
「もうちょっといて……」
「え?」

驚いてベッドの横にしゃがみこむと、小島はころんと寝返りをうって俺の方を向き、そして満足げに微笑んで目を閉じた。再び寝息が聞こえだしたが、手の力は全く緩まなかった。

「え、寝てんの? すげえ力強いんだけど」
「すげーな。めちゃくちゃかわいいじゃん。というか完全に潰れちゃったな」
「本当だな。やたら飲んでたもんなあ」
「ちょっとついててやれば。俺片付けとくよ」
「ああ、ごめん。ありがとう」

頷いて本格的に腰を下ろし、それからそっと小島の手を緩めようと試みた。
が、ちょっと指を外そうとする度に小島は目を開け、俺を睨むのだった。

「なに……かわいい僕の頼みが聞けないの……」
「自分で言うなよ」
「上野くんは言ってくれたじゃん」
「はいはい、かわいいかわいい」
「心がこもってなーい」

ふふふと小島が笑う。完全に絡み酒だったが、しかし西園寺さん絡みで荒れていた時には見たことのないモードだった。
単純にあの頃よりも飲みすぎたのか、それともそれだけ弱っているのか。また目を閉じた小島を見ながら思わずため息をついた時、上野が再び顔を出した。俺の携帯を手に持っていた。
小島を起こさないようにか忍び足で近づいてきて、「先輩から電話来てるけど」と小声で囁く。

「ああ、ありがと。ーーもしもし?」
『あ、宏樹? 今帰ってきたとこなんだけど』
「遅かったですね、今日も」
『そう、会議が長引いてさあ。今日どうかな、来れそう?』
「あー……」

小島の手に掴まれたままの手首を見下ろし、少し考えた。
触ったらまた起きるだろうか。

「すいません、今日ちょっと無理かも。小島が潰れちゃって」
『小島くんと飲んでたの?』
「あと上野と安田と。上野が小島のことかわいいって言うから」

俺の話はしなくていいよと上野が口をはさむ。
それが聞こえたのか、先輩は小さく笑った。

『でも小島くん彼氏いるんじゃなかったっけ』
「そうなんですけど、うーん、なんかまあ、ちょっと。で、飲みすぎて潰れちゃって」
『そっか、なるほど』
「だから起きるまでついとこうかと思って。すいません」
『ううん、そういうことなら仕方ないよ。でも会いたかったな』
「俺も、」

会いたいですと言いかけたところで上野の視線に気がついた。慌てて言葉をのみ、代わりに「また明日連絡します」と電話を切る。途端、上野がため息をついた。

「大谷そんな感じなんだな」
「そんな感じって何だよ」
「なんか雰囲気柔らかいというか。ふわふわしてる感じ?」
「え、そう? 別に普通だと思うけど」
「俺らと喋る時とは全然違うって。先輩には猫被ってんの? ネコだけに」
「は? 何言ってんだ」
「頼むから俺の性癖をこれ以上捻じ曲げないでくれ」
「うるせーよ。変なこと言ってないでそっちの煙草と灰皿取って」
「ああ、うん」
「ついでに窓開けて」
「はいはい」

小島は怒るだろうかと思ったけれど、火をつけてももう目を覚ます気配はなかった。
どうやら完全に寝てしまったらしかったが、そのわりに手の力は弱まらない。

煙草を2本吸って、片付けを完全に任せてしまった上野と安田が帰ってからも、状況は一切変わらなかった。
ついに諦めた俺は、床に座ったまま目を閉じた。





目を覚ますとすっかり朝だった。
さわやかな朝日がさしこむベッドの中、小島の不服そうな顔が目の前にあった。

「おはよう」
「あー……なんで小島いるの……?」
「僕が聞きたいんだけど。ねえ、なんで僕大谷の部屋に連れ込まれてんの?」
「え? あーそうだ、小島の鍵がどこか分かんなくて」
「僕いつ寝たんだっけ。全然覚えてない……」

小島は一度体を起こし、しかしすぐに顔をしかめてまたベッドに沈んだ。

「あー頭痛い……」
「飲みすぎだよ」
「本当にね。まさか大谷と同衾するハメになるとは」

小島がうめく。
窓を開けっぱなしだったので明け方あまりにも寒くて、小島を端に押しのけベッドに潜り込んだ記憶はおぼろげにあった。

「僕何か変なことしなかった?」
「別に何も。彼氏の愚痴言ってたのと、寝てんのに俺の手離してくれなかっただけ」
「僕が? 大谷の手を? 何で?」
「さあ、知らないけど。つうか小島今日学校行けそう?」
「行く……いや休む……」
「どっちだよ」
「もう禁酒する……」
「そうだな」

うなだれた小島はその後俺に平謝りするのだったが、完全におあいこだった。

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