▼ 04

「誰かかわいい子紹介して」

と上野が言い出したのは、毎日恒例になっている中庭での昼飯の時だった。
あいにく上野に紹介できるようなかわいい女友達はいないなと思っていたら、安田が口を開いた。

「かわいい子って男? それとも外の女の子?」

その選択肢に男が入っているのも若干驚いたが、

「男でいい。遠恋無理だし」

答える上野は、もう完全にここに染まりきってしまったらしかった。
思えば2人とも早々に彼氏ができて、俺も俺で先輩と付き合い始めてしまったし、入学時に同性カップルの存在を知り慄いていた数か月前と比べると3人ともずいぶん遠くに来てしまったような気がした。

「かわいい子なあ。どんな人がタイプなの?」
「つうかもう誰でもいい。とりあえず彼氏がほしい」
「そんなに? 飢えてるなー」
「だってさあ」

ため息をついた上野は一瞬口ごもり、そして「すげーこと言っていい?」と呟いた。
窺うような視線がなぜか俺に向けられていたので、代表で頷く。

「何? 言えよ」
「この前飲んだ時さ、大谷めちゃくちゃ酔ったじゃん」
「俺? そうだな、あんま覚えてないけど」
「覚えてねーの? めっちゃかわいかったんだよ」
「は?」

何を言い出すんだこいつ、と思っていたら、安田が苦笑いをした。

「まあ確かに珍しくノロけてたな」
「え? 俺が?」
「先輩がかっこいいって」
「えっ?」

正直何も覚えていなかった。
というか、何も覚えていないということに全く気づいていなかった。

「つうか俺先輩の話したの?」
「そう。彼氏なんだろ?」
「え、いや……」
「ちょっと前から付き合ってるって言ってたよ。3年の人で、かっこよくて優しくてって」
「は? マジで?」

心底驚いた。本当に何も身に覚えがなかった。
彼氏ができたことはこの2人には何も話していなかったし、なんなら今の今までバレていないと思っていた。酒に酔って記憶をなくしていたらしい間に一体何を言ったんだろうか。思い出せないながらもつい恥ずかしくなって俯くと、安田が笑い出した。

「はは、何照れてんだよ今さら」
「あー……」
「というか水くさいんじゃない? 俺達は言ったのに」
「それはまあ、ごめん……というか上野は何なんだよ、俺が何?」

早く話題を変えようと話を戻すと、上野は少しむくれたように言った。

「だからさあ、あん時大谷がかわいかったじゃん。普段は全然そんなんじゃないのに」
「かわいくはねーだろ」
「いやかわいかったんだよ! お前があんなかわいい顔して男に抱かれてんだと思ったらめちゃくちゃ興奮しちゃったんだよ!」
「……は?」

呆気にとられて固まった俺の横で、安田が飲みかけていたお茶を勢いよく噴き出した。

「ぶっ、ふふ、ハハ、何言ってんの上野!」
「いや分かってんだよ俺も。ヤベーだろさすがに。寂しすぎて脳がバグってんだよ絶対。だから早いとこ次の恋がしたいんだよ!」
「んっふ、ふはは、マジか! 本当にやべーよ、あーもー勘弁して!」
「笑いごとじゃねえんだよ。俺だって大谷に興奮したくねーよ」
「アハハ、つうか大谷だって別に先輩に抱かれてるって決まったわけじゃないじゃん。そういえば思い出したんだけどさ、前どっち側なのか悩んでたことなかったっけ。あの人でしょ?」
「え? 大谷結局どっちになったの?」

どっちって。
楽しそうに笑っている安田とうなだれている上野を思わず睨む。

「別にどっちでもないけど」
「ほらあ! 絶対抱かれてんじゃん!」
「何がほらなんだよ! 何も言ってねーだろ!」
「言わねえとこが認めてんだよ! ヤる方なら隠す必要ねえだろ!」
「うるせーよ! 安田こいつなんとかして」
「んはは、無理!」

ついに腹を抱えて笑い出した安田と不機嫌そうにぶすっとしている上野に背を向ける。
不機嫌になりたいのは俺の方だった。まあまあと俺の肩をたたいた安田は、ようやく笑いをひっこめ、とはいえまだ若干ニヤニヤしながらも、話を進めた。

「はー笑った。でもまあそういうことなら協力しないとなあ」
「悪いけど頼むわ。誰かいねえの?」
「そうだな、でも俺も別に顔広いわけじゃないしな。大谷誰か心当たりない?」
「……」
「おい、拗ねんなよ。早いとこ何とかしてやんないと上野に狙われちゃうぞ」
「うるせーな」

しぶしぶ周囲の人の顔を思い浮かべてみる。
だが、安田と同じく別に俺の顔も広い方ではない。むしろ交友範囲は狭い方だという自覚はあった。
先輩、慎二さん、西園寺さん、小島、江藤くん、あとは時々話すクラスメイトが数人。生徒会の2年生2人と風紀委員長をのぞけば、校内で話したことがあるのはせいぜいこのくらいだった。
小島は彼氏がいるし江藤くんはよく分からないし、と思っていたら安田がぽんと手をたたいた。

「あ、小島くんは? かわいいよね」
「めっちゃかわいい。でも安田狙いじゃん」
「いや、あいつ彼氏いるよ」
「なんだ、じゃあダメか」
「あーでも……」

思い出したのは、小島の彼氏の言動だった。

「変な男につかまってるっぽいんだよね」
「そうなんだ。じゃあちょうどいいんじゃない」
「いやーでも小島くんはかわいすぎるだろ。俺なんか相手にされねーよ」
「え、かわいい?」
「嘘だろ? めちゃくちゃかわいいじゃん。大谷の目節穴なんじゃねえの?」
「え? 小島が?」
「小島くんは俺も相当かわいいと思うけど、ほら大谷は先輩に夢中だから他が目に入らないんだろ」
「あーそういうこと」
「そういうことじゃねーよ」

先輩がどうにしろ、小島のこともそういう目で見たことがないのでやっぱりピンとこなかった。
とはいえ小島の顔がかわいかろうがかわいくなかろうが、万が一小島と上野がうまくいくならばそれはそれでいいような気もした。だが一方で知っている人同士がそういう関係になるのもなんか嫌だなという気持ちもないではなかったので迷っていると、上野が突然俺の両肩を掴んだ。

「飲み会しよう! セッティングしてくれ!」
「え?」
「ふはは、大谷を酒に誘うなよ! どっちに下心があるのか分かんないよ」
「いや違う! お前は俺の前で二度と酒を飲まないでくれ!」
「飲むわけねーだろ! やめろその話!」





という経緯を経てその夜、俺は風呂上りに上半身裸で牛乳を飲む小島の顔をまじまじと眺めていた。
上野と安田が言っていた小島はかわいい説が気になっていたのだが、俺の視線に気づいた小島はかわいい顔どころかなんだかものすごく嫌そうに顔をしかめた。

「何? 見すぎなんだけど」
「あ、ごめん」
「なんか用?」

牛乳を冷蔵庫に戻した小島が歩み寄ってくる。俺が座るソファーの前まで来た小島を見上げると、不審げな顔で見下ろされた。
かわいいと言われれば確かにかわいいのかもしれない。いやどうだろう、そもそも男にかわいいっていうのもどうなんだろうかとも思うし、いつも睨まれたり怒った顔ばかり見ているからだろうかそのイメージの方がつよくてよく分からない。いやもちろん、俺が怒らせているのが悪いんだけれども。

「え、本当に何? なんか怖いんだけど僕なんかした?」
「いや何でもない。ごめん」

なんてことをつらつら考えていたら、相当変な目で見ていたのか若干怯えさせてしまった。
慌てて目をそらし、それから本題を思い出した。

「あのさ、上野と安田が今度一緒に飯でもどうですかって。この前のお詫びもかねて」
「ああ、別に気遣わなくてもいいのに」
「うん、まあお詫びをするべきは俺なんだけど。でも半分口実というか、小島と仲良くしたいっぽいよ」
「安田くんが?」

いや、上野が。
と言うのは黙っておくことにした。

「断った方がいい?」
「ううん、全然いいよ。どこで?」
「どうしようか。ここ呼ぶ? どっちかの部屋行く?」
「ここでいいよ。万が一大谷が潰れても連れて帰らなくていいし」
「いや、俺は二度と飲まない」
「そうだね。禁酒禁煙だもんね」
「禁酒な。禁酒だけ」
「禁煙もしろってば」
「……」
「黙るなよ」

ということで無事に小島との約束を取りつけた俺は、上野と安田に連絡するというのを言い訳にいそいそと逃げ出したのだった。

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