▼ 05

「あっシマウマだあ!」「ライオン見たい!」「桃キリン!」「知香ゾウさんがいい!」「ヒロくん遊園地行こう!」
「順番に回れ!」

翌日。俺は姪っ子5人を引き連れバスで20分かけて動物園に来ていた。カラカラに晴れた真夏日で、日差しがあまりにも暑い。山奥の高校に引きこもっていた俺にとっては辛い一日になりそうだった。

「いやー暑いねえ」

隣で汗をふいているのは、同行をかってでてくれた松坂さん。夏子姉さんが昨日連れてきた婚約者である。ちなみに夏子姉さん含め姉さん達も義兄さん達も全員深夜までの酒盛りのせいで二日酔いに沈んでおり、緊張のあまりほとんど飲めなかったという松坂さんだけが生き残っていた。酒を飲んでおらず無事だったはずの美衣姉ちゃんと麻衣ちゃんは、デートだとかで早々に逃げ出している。

「暑いですねえ……」

好き勝手走り回る5人を一人で見るのは不可能なので、松坂さんの同行は非常にありがたい。しかしほぼ初対面の人と会話を弾ませるほどのコミュニケーション能力はないので、動物の檻にかじりついている姪っ子達を後方で眺める俺達の間には、若干気まずい沈黙がただよっていた。とはいえまあ、本来動物園というのは順路に従い動物を鑑賞すればいい場所なので、最適といえば最適な場所ではあった。しかも放っておくとすぐどこかにいきそうなチビ達を追い回しつつなので、さほど会話がなくても困らない。順路を半分も過ぎた地点で、俺と松坂さんは一種戦友のような関係を築き始めていた。

中間地点のレストランで昼飯にしながら、俺はふと松坂さんに尋ねた。

「夏子姉さんとどこで知り合ったんですか?」

おそらく昨日の顔合わせで一連の経緯は語られていたのだろうが、早々に子守を押し付けられた俺は、松坂さんについて一切何も把握していなかった。
せいぜい名前と、後はチビ達に振り回されても全く怒らない、優しそうかつ若干気が弱そうな人だなということだけ。

「会社だよ。俺去年入社したんだけど、夏子さんがチームの上司で」
「げっ、怖そう」

とつい言ってしまったのは、6人の姉達の中で夏子姉さんがダントツに怖かったからである。
とはいえ年が一回りは離れているのでそう深い付き合いでもないのだが、俺がこの姪っ子達くらいの年だった頃に絶賛反抗期、というか普通にグレていた夏子姉さんは、それはそれはもう怖かった。真っ赤な口紅とやたら長い制服のスカートは若干トラウマになっている。
という情報はおそらく秘密にしておかないと怒られそうなので松坂さんには言えないが、

「ハハハ、確かに怖かったなあ」

松坂さんは気の弱そうな眉を下げて笑った。

「しょっちゅう怒られてたよ。ミスをしては怒られ蹴られ」
「えっ、蹴られてたんですか」
「そうそう。でも格好よかったんだよねえ。で、気がついたらこんな感じ」
「へえ……」

この人も尻に敷かれそうだなあと思ってしまった。大体父親からしてそのタイプだし、大谷家の女にはそういう人が合うのかもしれない。

「驚きませんでしたか、こんな大人数で」
「うん、びっくりした。兄弟がちょっと多めとは聞いてたんだけど、人数は教えてもらえてなかったから予想以上だった」
「姉さん黙ってたんですか? すげーな」
「言いたくないって言ってたよ、ずっと」
「まあ気持ちは分かります。でもすいません」
「いやいや、宏樹くんが謝ることではないけど」

人が良さそうというか、なんだかほっとする人だった。
それを感じ取ったのだろうか、食事に夢中ながらも俺達の会話を聞いていたらしい翔子が興味津々な顔で口をはさんできた。

「ねーねー透くんは何歳なの?」
「俺? 23歳だよ」
「じゃあ夏子ちゃんより年下?」「夏子ちゃんって何歳?」「えー分かんない、桜のママより年上?」「知香、ママの年齢しらなーい」「翔子のママのお姉ちゃんだよね?」
「えーっと、誰と誰が誰の子どもなのかな……?」
「えー透くん知らないのー?」
「覚えてもらえるように皆自己紹介しな」

ちょうどいいタイミングだったので、全員一斉に自己紹介を始めたチビ達を「ちょっと見ててください」と松坂さんにまかせ立ち上がった。

レストラン入り口に灰皿があるのは確認済だった。一服しながら、携帯を確認する。しばらく忙しくなりそう、と先輩からのメッセージが一つ。
電話をかけようか迷ったが、迷惑になってもいけなかったので結局やめた。代わりに時間ある時また連絡ください、と送信する。
携帯をポケットにしまったところで、タイミングよく携帯が鳴った。早速折り返しか、と思いきや、画面に出た名前は慎二さんのものだった。

「もしもし?」

何だろう、と出た電話で、開口一番慎二さんは言った。

『宏樹夏休みヒマ? バイトする気ねえ?』
「バイト? 何のですか?」
『店番! 暇な日だけでいいからさ、時給千円、給料その日払い!』

生憎夏休みの予定は丸々空いていた。先輩もしばらくは忙しいとのことだし、今さら寮に帰るのも面倒だし。アルバイトは考えたことがなかったが、確かに渡りに船だった。
頷いた俺に慎二さんは『じゃあ地図送るから明日9時よろしく!』と告げ、慌ただしく電話は切れた。煙草をもみ消し、今度こそ携帯をしまう。レストランに戻ると、チビ達に囲まれた松坂さんが困ったような顔で振り返った。

「全然覚えきれないよ……」
「えー信じらんない!」「じゃあもう1回言うよ!優香ちゃんと知香ちゃんのママが春香ちゃんで」「えーっと、君が優香ちゃんで君が知香ちゃんだよね?」「ちがーう、あたし桜!」「ああ、そっか……」

なかなか前途多難だった。





さて翌日。
電車で二駅、そこからバスに乗って2つめのバス停で下り少し歩くと、指定された店の前で慎二さんがしゃがみこんで煙草をくわえていた。
学校では一見綺麗なお人形さんのように見えるが、休日モードの彼は相変わらずのヤンキーファッションに加え、夏休み仕様なのか後ろが短く刈り上げられた髪はところどころ金色に染まっていた。思わず言ってしまった。

「なんかめちゃくちゃガラ悪そうですね」
「ふはは、なーに言ってんだよいきなり!」

爆笑した慎二さんは立ち上がりながら俺をはたいた。痛い。

「悪ぃね休みんとこ。忙しくなかった?」
「いや全然。ヒマです」
「ならいいけど。ここ兄貴の店なんだけどさ、サーフィン行きてえから店番してって言われて」
「サーフィン? あ、例の?」
「そうそう家出少年。家出しといてこんな近くで店始めんなよって話だけど」
「家近いんですか?」
「徒歩1分。笑ったわ」

笑うと言いながら呆れたような顔をした慎二さんは、で、と続けた。

「店番頼まれたはいいんだけど俺も美波と遊びてえからさ。なんか来年から留学とか言うし」
「え、海外ですか?」
「そう、なんか家の?決まりとかで?代々? 知らねーっつうの。でも逃げらんねーって泣くからさあ、まあ時間あるうちに遊んどこうと思って」
「へえ」

泣いちゃうんだ、と思ったけれど、深く突っ込むのはやめた。前に見た副会長の姿からは想像できなかったけれど。

「でも宏樹大丈夫? 元哉は?」
「あーなんか家のことで忙しいみたいなんで」
「そ、ならちょうどいいか」

ほっとしたような顔をして、慎二さんは店の扉を開けた。からんとドアベルが鳴り、クーラーの効いたひんやりした空気が漂ってくる。左手にサーフボードやよく分からない道具が並ぶ棚があり、右手にはカウンターと椅子が5脚。一番手前にレジが一つ。コーヒーのいい香りが漂っている。

「喫茶店ですか?」
「兼サーフィンショップ。まあたいして繁盛してなさそうだからヒマだろ」
「コーヒー淹れたりできませんよ俺」
「どうせインスタントにお湯をジャーよ。余裕余裕」

本当か?と不安になりながら店内を見回していると、店の奥から慎二さんとの血のつながりをものすごく感じさせる人がでてきた。ただし時にお人形さん、時にヤンキー兄ちゃんに見える慎二さんとは違い、日焼けした肌と長めの髪にアロハシャツと短パンといういでたちは、いかにもサーファー、あるいはギャル男という感じだった。

「おっ噂の宏樹くん? よろしく、俺健一!」

ただし声も話した感じもほぼ慎二さんと同じ。どう見ても兄弟だった。
よろしくお願いします、と頭を下げた俺の肩をバンバンと叩き、お兄さん、健一さんは壁に立てかけてあったサーフボードをかついだ。

「じゃあ俺行くから慎二あとよろしく。あっ宏樹くん明日も来れる?」
「えっ、あ、はい」
「おい仕事教えていけよ」
「お前適当に教えといて。俺今日泊まって朝海入って帰ってくるから適当に店じまいしていいからね!」
「はい、えっ?」

適当に? っていつ?
と聞き返そうとした時には既に健一さんの姿はなかった。慎二さんが舌打ちをする。

「あーもうあいつ! 悪いな、ああいうやつなんだよ昔から」
「いえ……」
「あーあ、じゃあ今日は適当に一緒にやるか。美波も呼ぼうかな」
「はあ……」

こうして俺のバイト初日が始まった。俺も前途多難だった。


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