▼ 04

「この部屋は一体」
「え? 何が?」
「いや広すぎません?」
「そうかな」

と涼しい顔で答える先輩に連れてこられたのは、このあたりで一番有名なホテルの最上階だった。こんな部屋がこの町に必要なのかと思ってしまうような高級そうな部屋で、驚きのあまり緊張はどこかへ吹き飛んでしまった。大きな窓から見える夜景は、まあ眼下の町が町なので別に絶景というわけではないけれどもそれでもそこそこ綺麗だった。
高級そうな部屋が似合う先輩は、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを2本取り出すと1つを俺に渡してくれた。水も高そう、と怖気づきながら一口飲むが、味はさすがにただの水だった。

「明日結局どこ行くの?」
「あーどうしようかな。あんまり広い所だと誰かはぐれそうだし無難に近所の公園とかがいいんですけど」
「何人いるの?」
「5人です。全員女。めちゃくちゃうるさい」
「偏るなあ」

先輩は笑い、やたら大きいサイズのベッドの横、これまたやたら大きいサイズのテーブルに鍵と携帯を置き、椅子に腰を下ろした。部屋の衝撃と姪っ子の話でどこかに行ってしまった緊張は、しかし先輩が次に「先に風呂入る?」と言ったことで急速に戻ってきた。

「風呂……」
「あ、入ったんだっけ。皆で」
「ああ、まあ……」

入ったと言えば入ったが、チビ達の面倒を見ながらだったのでかなり適当な入浴だった。
しかも、ここに来て一つ大きな問題があった。少し考えて、覚悟を決めた。

「元哉さん先に入ってください。その後借ります」
「入るんだったら先に入ってきていいよ」
「いや、俺準備もあるし……」
「え?」

先輩が驚いたように目を丸くする。つっ立ったままの俺を椅子から見上げるその視線に、思わず焦ってしまった。

「ちょっと勉強してきたので、いや勉強っていうか、小島に聞いて、準備とかやり方とか」
「……」
「だからあの、でも練習したわけじゃないからちょっと時間かかるかもしれないので、お先にどうぞ」
「……そっか」

沈黙していた先輩はふわりと笑い、そして立ち上がった。

「じゃあ先に入ってくるね」

すれ違いざま、俺の頭をぽんと一つ撫で、バスルームらしき扉に消える。その背中を見送った俺は、言わなくていいことまで言ってしまった恥ずかしさにベッドに沈んだのだった。





時は少しさかのぼる。
夏休み前、先輩とすれ違っていた一週間と少しの間のことだ。
俺は悩みに悩んだ末、かねてからの懸念事項だった男同士の行為の詳細について小島に尋ねたのだった。
俺と先輩の関係を知っている小島は、うらやましいだのまだ手出してないなんて会長様紳士だねだの色々言いつつも、関係を知っているからこそちょっと生々しくて嫌だと言っていた。
だからはたして人選が正しかったのかは微妙だったが、しかし他に頼れる人はいなかったのも事実だった。実際小島は複雑な顔をしながらも、必要な事前準備と心構えを事細かにレクチャーしてくれた。

さて話は戻る。
詳しくは省略したいが、ホテル備え付けのバスローブを着て出てきた先輩と交代でバスルームを借り小島に教わったあれこれを終えた俺は、その時点で正直疲れてしまっていた。
が、バスルームを出たところで待ち構えていた先輩があまりにも嬉しそうな顔で抱きしめてくれたから、疲れも吹っ飛んだ。
俺をベッドに連れ込んだ先輩は、甘ったるい笑顔と甘ったるい言葉で俺を甘やかしながらキスを繰り返す。
好きと言われ俺も返し、Tシャツを脱がされ抱きしめられ、俺も先輩のバスローブに手をかけたところで、

「……ん?」
「え?」

先輩の手が俺の尻ポケットをまさぐった。

「あっ!」

と思わず声を上げてしまったのは、そこにねじ込まれたまますっかり忘れていた物の存在をようやく思い出したからだ。しかし時既に遅し。太一くんに押し付けられたコンドームのパッケージを引っ張り出した先輩は目を丸くしてそれを見つめ、そして笑った。

「準備万端だなあ」
「いやっちが、違う、それは太一くんが」
「タイチくん?」
「あの、姉ちゃんの旦那さんが、いらないって言ったんですけど持ってけって無理矢理」
「もしかして例の? ローションくれた人?」
「です、あー……すいません……」
「はは、何で謝るの」
「だってなんか、こんなの持ってたら期待してたみたいじゃないですか……」

恥ずかしくなって顔を隠すと、先輩は俺の手を取り微笑んだ。

「俺は期待してたよ」
「えっ……、そ、そうですか……」
「宏樹は? したくなかった?」
「……」

いや恥ずかしい。察しているだろうにいちいちそういうことを言わせないでほしい。
と思ったものの、先輩に見つめられると俺の口はつい素直になってしまうのだった。

「したくなかったら小島に色々教えてもらったりしないです……」
「……そっか」

先輩は不意に、俺の胸元に額を押し付けた。ぎゅっと強く抱きしめられる。
そして、ぽつりと呟いた。

「なんか夢みたいだな」
「え?」
「最初に宏樹に会った時はさあ、まさかこうなれるとは思ってなかったから」

それは確かに、俺もまさか放課後に森の中のベンチで顔を合わせるだけの関係だった頃は、先輩とこんな関係になるだなんて思いもしていなかった。なにせ最初のうちは名前さえ知らなかったのだ。それが今や一番近い人になって、好きと言ったり言われたり、キスをしたり、こうやってベッドでくっついて肌を合わせていたりする。改めて考えると、奇跡みたいだなと思った。

「俺のこと好きになってくれてありがとう……」

先輩の言葉は、むしろ俺の台詞だった。
先輩が俺に好きと言ってくれなければ多分俺は自分の気持ちに気づかないまま、いやいくら俺が奥手とは言えいつかは気がついていたのかもしれないけれど、どのみち俺からは何も言えなかっただろう。

しかし、返事をする前に先輩は顔を上げ、両手で俺の頬を撫でた。先輩があまりにも優しい顔をするから何も言えなくなって、なんだか泣きそうになってしまった。
目を閉じると、そのままキスをされた。口を開いて、柔らかい舌を受け入れる。
舌が絡まると、もう何も言えなくなった。先輩の手は俺のズボンをずり下ろす。
俺も先輩のバスローブに手をかけた。腰の紐を引くと、胸元がはだける。胸がふくらんでいるわけでもない、俺と同じような体なのに、なんだか直視できない。
けれど触ってみたくて手を伸ばすと、先輩の心臓の音がどくどくと伝わってきた。多分俺と同じくらい早いその感触に、胸がいっぱいになった。
先輩はどこか照れたような顔をして、同じように俺の胸に手を当てた。俺の緊張もバレているだろう。恥ずかしくなって目を伏せる。
と、そのまま俺の胸を滑った先輩の手が、乳首をかすめた。

「っ……」

とっさに唇を噛んだ。女の子じゃないんだからそこは別に性感帯ではないと思っていたが、というか今まで特にそこを意識したことはなかったのだが、もしかしてそうではないんだろうか。
今の反応がバレていなければいいけど、と思いながらおそるおそる見上げると、視線が合った先輩は唇を引き上げた。

「もしかして乳首感じるの?」
「いや、そんなはずは……」
「そうなの?」

首を傾げた先輩は今度は意思を持って俺の乳首を触りにきた。
指先で何度か撫でられ、それから先をそっとつままれる。

「あ……っ」

もうごまかしきれなかった。声がもれ、慌てて口をふさぐと、先輩は甘い声で「ダメ」と言って俺の手を押さえた。

「声だして」
「いや待っ、っ、あ……!」
「すごいな、どこもかしこも感じるんだね」
「ちが、ぁ、っ……先輩が、さわるから……!」

とっさに出た言葉は、我ながら何の言い訳にもなっていなかった。
一瞬動きを止めた先輩も、きっとそう思ったのだろう。少し意地悪そうな顔で笑って、俺の胸元に顔をうずめた。
柔らかい舌が先をくすぐる。唇にはさまれ、ちゅっと音を立てて吸い上げられ、もう片方を指で触られたらもうどうしようもなかった。

「ぁ、あっ、やめ……!」

ダメといいつつ俺の背中は勝手に沿って、先輩に体を押しつけるようにしてしまう。羞恥心には変わりないけれど、それはそれとして快感には抗えそうになかった。
腰に回った先輩の手は、いつの間にか俺の下着も取っ払っていた。背中を撫でた手が下におりてきて腰をくすぐり、さらに下、足の間を撫でる。
一度離れた手は、一体どこに準備していたのかローションらしき感触をまとって戻ってきた。濡れた指先は、前回よりスムーズに体内に入り込んできた。
乳首だけでこんなに気持ちいいのに、中の気持ちいい場所を触られたら一体どうなってしまうんだろう。怖くなって先輩の手を押さえたが、俺の力ではかなわなかった。力の抜けた俺の手は、ただ先輩の腕にすがるだけになってしまう。

「っ、ま、待って」
「痛い?」
「痛くは、ない、けど……っ」
「気持ちいいだけなら待てない」
「ん、あ、ぁ……っ」

先輩の指が、中の気持ちいいところを探り当てた。同時に乳首も吸われ、強すぎる快感に腰がひける。

「待って無理無理、どっちかにしてください……!」
「どっちかって? どっち?」
「えっ? えっと、ん、あっ」
「どっちが気持ちいいの?」
「う、ぁ、わかんな、どっちも……」
「どっちも気持ちいい?」

不意に入り口を広げられる感覚がした。見えないのでどうなっているかはっきりは分からなかったが、おそらく体内の指が2本に増えたのだろう。圧迫感で息が止まりそうになる。そもそもろくに呼吸はできなかった。変な声と一緒に吐き出すばかりで、うまく吸えない。酸欠と快感で視界がかすむ。2本になった指が、中を優しく押し上げる。

「っ、あ、もう無理、もうだめ先輩……!」
「イきそう?」
「ーーっ!」

必死に首を振った。乳首も中も、ものすごく気持ちいいのにそれだけでは決定打にならなかった。快感だけが際限なく高まっていって、終わりが見えなくてこわくなる。先輩の首に手を回してしがみつく。
呼吸の合間、触ってくださいとなんとか言葉を絞り出すと、ようやく先輩は俺のものを握ってくれた。親指の腹が、先端を擦る。そのほんの少しの刺激がとどめになった。先輩の手を汚してしまうなんて考える余裕はもうなかった。綺麗な手の中に全部出して、ぐったり力の抜けた体を大きなベッドに投げ出した。

「み、水ください……」

俺の第一声は自分でも笑えるほどがらがらにかすれていた。先輩は俺の中から手を抜くと、頬に一つキスをしてくれた後体を起こした。テーブルに放置していたミネラルウォーターのペットボトルを手渡される。

「大丈夫?」
「死ぬかと思いました……」

水がこんなにおいしいと思ったのは初めてだった。体はまだふわふわしていたけれど、出すものを出したので頭は少し冷え始めていた。そうしてやや冷静になると、途端にさっきまでの醜態が恥ずかしくなる。思わず頭を抱えてうめくと、先輩は俺の頭をぽんと撫でた。

「かわいかったよ」
「いやかわいくは……」
「というかめちゃくちゃエロかった。興奮した。入れてもいい?」

ベッドに押し倒され、まだ元気ある?と聞かれ、頷いた。正直元気はなかったが、やっぱり入れてほしいと思ってしまったのだった。

しかし。もう一度改めてキスから行為が再開されようとした途端、テーブルの上の先輩の携帯の着信音がなり始めた。

「……」
「……」

思わず顔を見合わせた。初期設定のままのその音は、おそらくメールやメッセージではなく電話だろう。出ます?と尋ねると、先輩は首を横に振った。

「いいよ、後回し」

キスの間に着信音は途切れた。一度出したことで冷めかけていた熱は、キスをしたらすぐにまた高ぶってしまった。もう一度着信音が鳴り始めたけれど、先輩は完全に無視することに決めたようだったので俺ももう何も言わなかった。
足を開かれ、その間に先輩が入り込んでくる。羽織っていたバスローブを脱いだ先輩の体はやっぱり直視できなかった。ローションのボトルを引き寄せた先輩は、次いでコンドームのパッケージを開けようとし、そこでついに耐えかねたように舌打ちをした。
二度、三度、途切れては再開する着信音をどうやら無視しきれなくなったらしい。

「ごめん、ちょっと待ってて」

先輩はため息をついて俺を一瞬抱きしめると、体を起こした。つられて俺も体を起こす。
一度脱いだバスローブを羽織りながらベッドを降りた先輩は、携帯を手にとり戻ってきた。誰からだろう、こんな時間に何度も。急用だろうか。
画面表示を確かめた先輩は「弟」と端的に相手を教えてくれた後、携帯を耳に当てながらさりげなく俺をもう一度押し倒した。

「何? しつけえんだけど」

俺と話す時より雑な口調に、少し驚いてしまった。身内相手だからだろうか。でもそういえば以前、風紀委員長と話していた時もこんな感じだったような気がする。俺と話す時はもっと優しい感じなのに、こっちが本来の先輩なんだろうか。
優しい先輩も好きだけれどこっちはこっちでいいなあと思いながら見上げていたら、先輩は電話の向こうの声に耳を傾けながらもこっそりキスをしてくれた。
が、そうして近づいた電話からは、焦ったような大声が漏れ聞こえてきた。

『だから早く戻ってこいって! 今すぐ!』
「無理だって。だから何でーーは? マジで?」

大声に顔をしかめて体を起こした先輩が、目を丸くする。
それから電話の向こうに二、三頷き、携帯を放り投げると大きなため息をついてうなだれた。

「宏樹、ごめん……」
「急用ですか?」
「うん、ちょっと親戚……ひいばあちゃんが危ないらしくて」
「えっ大ごとじゃないですか」
「あー……ごめん、本当にごめん。ちょっと病院行ってくる」

立ち上がり着替えを始めた先輩をぼんやり見上げていたが、じゃあ俺も帰らないと、とふと気がついた。ベッドの足元に散らばっている服を集め、立ち上がる。が、力が入らずまたベッドに沈んだ。

「あれっ」
「えっ、大丈夫?」
「あーいや、俺のことは気にせず早く行ってください」
「マジか、立てない? 泊まってってもいいからね」
「はい、いやちょっと休憩して帰ります」

手早く身支度を整え荷物をまとめた先輩は、横になったままの俺を抱きしめごめんごめんと繰り返した後、名残惜しそうに帰っていった。
事情が事情なので仕方がないが、大きすぎるホテルに中途半端に一人取り残された俺は思わず大きなため息をついたのだった。

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